第5話 土の記憶と忘れられた歴史
朝の空気は澄んでいたが、藍の胸には不安と期待が入り混じっていた。
「今日こそ……あの伝承を試してみる。」
古窯の守り手・長老が藍に示したのは、伝説の焼き方――土の記憶を引き出す方法だった。焼き上げる器には、過去の出来事や感情、忘れられた歴史が映し出されるという。
藍は深呼吸し、手を土に伸ばした。手元の土はひんやりとしながらも柔らかく、まるで呼吸しているかのように震えている。これまでの経験、村人たちとの交流、文化祭での出会い……すべての想いを、土に込めるように成形を始めた。
窯に器を入れると、炎が淡く揺らめき、土が微かに光を帯びる。藍の目の前に、不思議な映像が浮かんだ——
壊れた器を修復するたびに、過去の持ち主の笑顔や、戦乱で失われた窯職人たちの姿が映る。土の奥に眠る声が、藍に語りかける。
「私たちの技術を、未来へ……」
涙がこぼれた。見知らぬ時代の職人たちの想い、村人たちの生活への祈り、そして国の文化を守ろうとする力。すべてが、藍の手に伝わってくる。
窯から器を取り出すと、表面に微細な文様が浮かんでいた。見たことのない模様——だが、確かに何かを語る形だ。藍はそれを静かに手に取り、心に決める。
「この技術を、もっと多くの人に伝えよう……。」
翌日、村人や街の商人たちに器を披露すると、誰もが驚きと感嘆の声を上げた。器には土の温もりだけでなく、過去の物語や教訓が刻まれていたのだ。
クラリスも駆けつけ、微笑む。
「藍さん……これは、ただの器じゃないわ。歴史そのものね。」
藍は小さく頷き、心の奥で新たな決意を固めた。
「この国の文化も、暮らしも、全部、土と手で守っていく。」
小さな窯で始まった日々は、今や村を、街を、そして国を少しずつ変え始めている。藍はまだ知らない——この先、土の記憶がさらなる試練や秘密を明かすことを。しかし、確かなことがひとつある。
手仕事で未来は作れる——それを、藍は強く信じていた。
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