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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第一話 魔力を失った竜

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1-09.何もしないでいるよりは

 リクリスもそうだったようだが、ルナーティアもどこから手を付けていいかわからなかった。

 自分で何とかしろ、と言われても、当分……いや、このままずっと方法が見付からない、ということだってある。

「この方法が見付かっただけでも、早いくらいだよ。もちろん、本腰を入れて探せば、もっと早く戻せる方法があるかも知れないけれど、その方法を見付けるまでにまた時間がかかるかも知れない。エイクレッドを直接竜の世界へ送り返すって方法は、まず無理だろうしね」

「じゃあ、その方法をやってみます」

 リクリスの言葉が終わると同時に、ルナーティアはそう答えていた。

「即決ね。情報を提供した私が言うのも何だけど、もう少し待ってみてもいいと思うわよ」

「だけど、待って何も見付からなかったら、待っている時間がもったいないです」

 ルナーティアは普段、こんなすぐに結論を出すような性格ではない。優柔不断ではないが「どうしようかな」と、いつもならもう少し考えるだろう。

「ちょっと待て、ルナーティア。先生、さっきルナーティアがこういう方法を見付けているんですが」

 レシュウェルが、リクリスに紙を渡す。さっき図書館でルナーティアが見付けた「魔法の木」についてを書き記したメモだ。

「ああ、なるほどね。魔果(まか)か。これは絶対、無駄にはならないよ。他にいい方法が見付からなくても、これで魔力を補っていれば、何もしないでいるより絶対にいいからね」

 魔法生物を研究している教授だけあって、リクリスはこの魔法を知っていた。

 竜や魔獣を元気にさせる、といった状況がほとんどないため、教科書に載ることはないし、授業で話が出たとしても雑談程度。

 リクリスも自分でこの魔法を使ったことはないが、魔法植物の一つとして知っているのだ。

「魔法の水をその木に注ぐと、一日に一つ実ができる。それを食べると、竜や魔獣の魔力を回復させるんだ」

「そっか。だから、元気が出るって書かれてたんだ」

 魔力がフルの状態で食べてもそれ以上にはならないが、少しでも魔力が減っている状態で食べれば、ほぼ満タンまで回復する、という訳だ。

 ただ、エイクレッドの場合はかなり魔力を抜かれていると考えられるし、竜の魔力量は半端ではない。二つや三つでは、いわゆる腹の足しにもならないだろう。

 それでも、塵も積もれば……だ。自然回復の手助けにもなるはず。

「みかんくらいのサイズで、赤い実ができるんだ。人間の口には合わないようだけれど、本によると甘酸っぱいそうだよ。……ただ、これも素材が必要だね」

 メモには、三つの素材名が書かれていた。

 純白の羽 蜜のかけら 鉄の木の枝

 これらは、パラレル魔界へ行かなければ揃わない。

 魔珠鏡の術をするとなれば、珠や鏡の素材も同じく。

「収集先がわかれば、俺が行きます」

「え?」

 レシュウェルの言葉に、ルナーティアは目を見開く。この方法をやる、と言い出したのは自分なのに。

「ぼくも一緒に行きたいけれど、あんまり時間が取れないしなぁ。レシュウェルは二年生だね。実技の成績は?」

「トータルで、Aのトリプルプラスです」

 ちゃんと聞いたことがなかったが、レシュウェルの成績のよさにルナーティアは驚く。

 腕はいいんだろうな、とはおぼろげに思っていたものの、Sに近いとは思っていなかった。あと一歩で、上の上レベルだ。

「それなら、大丈夫かな。ルナーティアも一緒に行くつもりでしょ。指導者としては止めたいところだけれど、事情が事情だしね。あちらで何かあっても自己責任になるけれど、本当に構わない?」

「は、はい」

 パラレル魔界へは、ケフトの国のあちこちに通じる道があって、そこから呪文を唱えて入る。

 しかし、高等部でも大学部でも、あえてその呪文は教えない。

 平行(パラレル)と言うだけあって地形はケフトと同じだが、確かにそこは「魔界」なのだ。魔物もいるし、魔獣もいる。

 行くことは禁止されていないが、見習いであるうちはやめておくように、と言われる場所だ。何かあっても、リクリスが言うように自己責任。

 遊び半分で行った見習いがケガをして帰って来た、ということは過去に何度もあるが、実力もないのに行く方が悪いのだ、となる。

「まさか、今からは行かないでしょう? ルナーティア、私が昔使っていた防御マントを貸してあげるわ。家に置いてあるの。持って来ておくから、今度取りにいらっしゃい」

「はい、ありがとうございます」

 結界や防御の壁のように強い力はないが、多少なりとも使用者を護ってくれる魔法()だ。まだ簡単な防御しかできないルナーティアには、心強い防護服である。

「じゃ、ぼくは魔界の地図を探しておくよ。たぶん、どこかにしまいこんでいると思うんだけれど」

 見付けたらまた連絡する、ということで、ルナーティアとレシュウェルはリクリスの研究室を後にした。

☆☆☆

 火曜日。

 レシュウェルと待ち合わせて、ルナーティアは放課後にまた図書館へ向かった。

 エイクレッドが竜の世界へ帰れるためのいい方法がないか、もう一度時間をかけて探してみるためだ。

 パフィオはたまたますぐにいい方法を見付けてくれたが、同じように「これもいいんじゃないか」と思えるようなものは、残念ながら出て来ない。

 レシュウェルはエイクレッドが魔力を取り戻す方法を模索し、ルナーティアは「魔果を作るための素材がどこで手に入るか」を探すことにした。

 こちらは資料があるので、特に苦労はない。だが、聞いていた通り、収集場所が散らばっていて苦労しそうだ。

 リクリスの研究室へ行ってから二日後の、水曜日。

 パフィオからルナーティアの元に、伝達紙が届く。書かれているパフィオの研究室へ出向き(何とか迷わずに行けた)話に出ていた防御マントを借りた。

 状態よく保管されていたので、そんなに古い物とは思えない。パフィオが大学時代に使っていた物らしいが、お尻より少し下まである丈の黒いマントは光沢があってきれいだ。丈が長いのは、ルナーティアとパフィオの身長差。

 魔法を習い始めて二年目だが、こういう物を身に着けると本当に魔法使いになったような気がする。

 一方でレシュウェルは、リクリスからパラレル魔界の地図を借りた。

 平行世界なので地形は同じだが、パラレル魔界には人間界の街中のような建物や人工物は、当然ながら一つもない。目印となる物がないから、現在位置がわからなくなるのだ。

 一見すると普通の紙にしか見えない地図だが、自分達の現在位置を赤い点で示してくれる。

 エイクレッドについては、学校にも少しずつ慣れてきたようだ。クラスメイトに話しかけられても、普通に話している。

 初日は「戻れない」というショックと、あれこれできないことが自分の上にのしかかってめそめそすることも多かったが、開き直ってきたようにも見える。

 いい意味で子どもの図太さなのか、竜はだいたいにしてメンタルが強いのか。

 ルナーティア達が帰れるようにがんばってくれていることがわかって、安心している部分もあるのだろう。

 何にしろ、人間を怖がらない、拒絶しないでいてくれれば、ルナーティアとしても世話をしやすい。こちらへ来て魔力が奪われた、という点以外では、体調に問題もないようだ。

 その後も「これなら」という、エイクレッドが帰れる方法はまだ見付からない。とにかく「魔果の魔法だけでも仕上げてしまおう」ということをレシュウェルと話した。

 そして、今度の日曜日に、パラレル魔界へ素材収集に向かうことを決める。

 レシュウェルは、リクリスにも前日にそのことを伝えておいた。

「そう。思ったより行動が早いなぁ」

「エイクレッドの様子が全然変わらないですし、少しでも何かしておきたいとルナーティアが言うので」

「そう。優しい子だね」

「自分が見付けた、という責任感があるみたいです。明日、先生はこちらにいらっしゃいますか?」

 たぶんいるだろう、と見越しながら、レシュウェルは一応の確認をしておく。

「うん。資料の整理がたまっているからね」

「じゃあ、戻って来たら報告に来ます」

 同行までは望まない。この一週間ですっかり巻き込んでしまった感じだが、こうなったらとことん巻き込まれてもらおう、というレシュウェルの魂胆である。

 それに、もし何らかのアクシデントで戻れなくなってしまっても、こちらの世界で一人でも行き先を知っている人がいれば安心だ。

「わかった。もしここにいなかったら、伝達紙を飛ばして。で、パラレル魔界へは、どこから入るつもりでいるのかな」

「イナリーです」

 ルナーティアは南地区のイナリーに、レシュウェルはそこからさらに南のモーモヤマにそれぞれ住んでいる。

 当日はレシュウェルがイナリーまで行き、そこでルナーティアと合流してからパラレル魔界へ入ることに決めていた。

 北地区に比べて南地区はパラレル魔界へ通じる道が少ないのだが、その数少ない道の一つがイナリーにあるのだ。

 日曜日の、昼には少し早い時間。

 イナリーの駅で待ち合わせた二人は、パラレル魔界へ続く道のある場所へ向かった。

「その格好で……行くんだよな?」

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