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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第七話 鏡

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7-11.見守る存在

 教授の魔法使い二人も、教師の魔法使いも、竜の念が妖精のような存在を生み出す、なんて聞いたことがなかった。当然、見習いの誰もが知らない話だ。

「私はエイクレッドの母テレイアが生み出した、エイクレッドを見守る存在よ」

「エイクレッドを見守る……あ」

 少女の言葉に、レシュウェルはふいに思い出した。

「ログバーン達が言っていた、こちらを見ている何かって、もしかしてきみだったのか」

「ええ、そうよ」

 レシュウェルの問いに、少女はにっこり笑う。

「そうか……だから、エイクレッドが力を使い果たした時、動きがあったってログバーンが言っていたんだ」

 パラレル魔界へ行くたび「自分達を見ている目がある」とログバーンは話していた。

 エイクレッドが魔物に襲われたルナーティアを助けるため、力を出し尽くすように火を吐いて気を失った時、慌てたような動きがあった、とも。

 それがエイクレッドを見守るこの少女だったのなら、慌てたのも納得。エイクレッドのあの行為で命を脅かされたのだから、見守る方としては気が気でなかっただろう。

「一応、姿や気配は可能な限り消していたんだけれどね。やはり気配に鋭い魔獣には、気付かれてしまったわ。人間界では、誰も気付かなかったけれど」

「えっ、こっちでも見られてたの?」

 驚いたエイクレッドが聞き返す。

「エイクレッドがいるのだから、当然よ。エイクレッドにも気付かれないようにしていたから、あまりわからなかったでしょ」

「うん。犬やねことかかなって。ルナーティアと移動していても、動物がこっちを見るから」

 それらの視線と混じってしまい、エイクレッドはこの少女の存在に気付かなかった。

 パラレル魔界でも目が向けられているのは感じていたが、こちらはこちらで魔物が物珍しさで見ているのだ、と。

 言ってみれば、思い込み。本気でその気配を探ろうと思えば、何となくでも掴めていたはずなのだ。

「親が見守っているとわかれば、緊張感がなくなるでしょ。だから、気配は可能な限り消すようにしていたの」

「見守る存在って、エイクレッドに危険が及ばないようになの?」

「ええ。それと、あなた達に危険が及ばないように」

「それは、ルナーティアだけでなく、俺もってことか?」

「もちろん。エイクレッドのことに気付いて襲って来る誰かがいては、大変だもの。そちらの魔法使いも、パラレル魔界で一緒の時は見ていたわ」

 見守る中に、リクリスまでもが含まれていたのだ。

「そうだったんだね。竜のいわば分身に見守られていたなんて、光栄だなぁ。それじゃあ、エイクレッドのピンチに炎馬達の助けがなかったら、きみは現れていたということかい」

「ええ。その時は、私の存在全てをかけて助けることになっていたの」

「母の愛ね」

 パフィオがつぶやく。

 父のオウレンが放って帰ったことは聞いていたが、母はどうしているのだろう、と思っていた。

 放任主義がこの竜の家庭のルールなら来なくても仕方ないのか、と自分に言い聞かせようとしていたが「今は事態が事態なのに」と少し納得できかねる部分もあったのだ。

 しかし、母は見えないところで助けようとしてくれていたのだ、とわかってほっとする。

「私はテレイアの念から生まれているけれど、オウレンともつながっている。つまり、私はエイクレッドの両親の心でもあるの」

 愚息は放っておいて構わない、と言い捨てて帰ってしまったオウレン。だが、ちゃんと息子のことを見放さずにいたのだ。

 小さくなったエイクレッドを目の前でスルーされたルナーティアは、ショックと憤りを感じていたのだが、そうではなかったことを知って胸をなでおろした。

 淡々と話してクールな雰囲気のオウレンだったが、エイクレッドがピンチになった時はやはり慌てていたのだろうか。

 それからふと、ルナーティアは昨日会った風竜のブラーゼスが口にした言葉を思い出す。

 彼は「オウレンが自分で何とかする」といったことを話していた。

 その意味が掴み切れず、どこか引っ掛かっていたのだが、もしかしたら暗にこのことを言っていたのかも知れない。

 何かあった時にはちゃんと動けるようにしている、ということを。

「きみが誰かわかったところで、最初の質問に戻っていいかい。待つっていうのは、何を待てばいいのかな」

 少女の正体がわかったので、リクリスはもう一度尋ねた。

「今、あなた達の術でエイクレッドに魔力が注がれた。あの量であれば、竜の世界へ戻ることは可能よ。でも、まだ早いの」

「もしかして、帰るのは早いってオウレンが言ってるとか……なの?」

 オウレンを呼び出した時「自力で回復させて」というようなことを言っていた。

 だが、今エイクレッドが得た魔力は、人間の魔法によるものだ。

 もしかして「自力」ではないから、帰る許可が下りないのでは。

 ルナーティアはそんなことを思ったが、少女は首を横に振る。

「そういうことではないわ。今注がれた魔力は、言うなら付け焼き刃。それで戻れる程に、簡単ではないの」

「簡単ではないって、どういうこと?」

「この世界と竜の世界の間には、ある種の力が流れているの。あなた達人間が竜の世界へ簡単に行けないのは、その力が入ろうとするものを弾いてしまうから。自然の力でできた、結界みたいなものね」

「はぁ……そういう力が働いているんだね。初めて聞いたよ」

 リクリスやパフィオは、興味深そうに少女の言葉を聞いている。

 エイクレッドを見付けた日、リクリスが「竜の世界へ送ってあげられない」ということを話していたが、そういった力の存在があったからだ。

「竜なら問題なく通り抜けられるけれど、今のエイクレッドでは難しいわ。弾かれて、その拍子にまた魔力を失っては困るでしょ。だから、もう少しその魔力が身体になじんでからにしなさい、ということよ」

 帰って来るな、という訳ではない。

 それがわかって、ルナーティアは、そしてエイクレッドもほっとした。ここまでやって、帰れなかったら悲しすぎる。

「どれくらいの時間があれば、エイクレッドの身体になじむんだ?」

「十日もあれば、確実ね。その間に魔果を食べれば、ほぼ心配いらないわ」

「十日っ?」

 少女以外の全員が、聞き返した。

「エイクレッドも、今以上にしっくりするように感じるはずよ。それから帰っても、遅くはないわ。十日なんて、すぐよ」

 少女はエイクレッドににっこり笑いかけ、すっと姿を消した。

 後には、呆然としたエイクレッドと人間達が残される。

「十日って言うと、年を越すな」

「うん。でも……」

 あっけにとられたような様子のエイクレッドを見て、ルナーティアはまたその頭を抱きしめた。

「あと十日、エイクレッドといられるのね」

「え、ルナーティア……いいの?」

「どうしてダメだって思うの? あたしは嬉しいわ」

 ついにお別れの時が来た……と思ったら、先延ばしされた。こんな延長なら、大歓迎だ。

「……うん。ありがとう」

「あ、でもその大きさだと、家に入るのは難しいわね」

 家の中に、自動車や馬サイズの動物は入らない。ルナーティアの家は、そんな豪邸ではないのだ。

「あ、それなら」

 エイクレッドの姿がふっと消え、次に現れたのは小学校低学年くらいの男の子だ。

 ウィスタリアやさっきの少女のように、赤い髪とワインレッドの丸い瞳。髪は短く、服はレシュウェルがいつも着ているようなパーカーとデニム。

 たぶん、彼が着ているものを参考にしているのだろう。

「かわいいっ」

 この姿を見て、ルナーティアだけでなくクラスメイトの女子達が、あっという間にエイクレッドを囲んだ。

「変身して平気なのか、エイクレッド」

 女子の輪の外から、レシュウェルが尋ねる。この輪の中にはちょっと……かなり入りにくい。

「これくらいなら、そんなに魔力を使わないから平気だよ」

 もみくちゃにされながら、何とかエイクレッドが返事をする。

 その姿に、他の男性陣とパフィオはくすっと笑った。

「うらやましいような、うらやましくないような」

 誰かがそんなことをつぶやき、また笑いがもれた。

「これなら、家に帰っても平気ね。あ、でも姿が変わったら、お母さん達が驚くかな」

「今までの姿にもなれるよ。ちょっと大きくなるかもだけど」

 それなら問題ないわよね、などという会話が聞こえる。

「先生、またお別れ会しようよ」

 ジュークが提案する。

「昨日は急だったから、出られなかった奴もいるだろ。今度は全員が参加できるようにさ」

「そうだな。二度やっても、反対する奴はいないだろうし」

 昨日、お別れ会に参加できなかったクラスメイトは、本当に残念そうだった。今度は時間に余裕があるから、全員参加も可能だろう。

「じゃあ、その時はぼく達も混ぜてもらって構わないかな」

「そうね。そんな会があるなら行きたいわ」

「ええ、是非」

 クフェアが主催ではないのだが、この際誰が主催者になっても構わないだろう。

 小さな竜は、もう少し人間界で時を過ごすことになった。だが、そこに不安はもうない。

 大好きな人間達と楽しく過ごせる、貴重な時間だ。

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