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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第七話 鏡

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7-10.魔珠鏡の術

 レシュウェルがパフィオから、呪文を書いた紙を受け取った。

 魔珠鏡の術そのものの呪文だ。最後の、そして一番重要な呪文である。

 ルナーティアは肩にいるエイクレッドを、レシュウェルの隣に置く。それから、自分はレシュウェルの斜め後ろに立った。

 後方で見ているクラスメイトの視線が痛いように感じたが、それは実際に術を発動させようとしているレシュウェルも同じだろう。

 いや、集中しているから、案外気にしている余裕はもうないかも知れない。

 術を行う様子を、リクリスはビデオで、パフィオは魔法の水晶で撮っている。

 今後の資料のためでもあり、今回もし失敗した時にどの点を改善すべきかを見直すための記録だ。

 どちらかの媒体だと、特にビデオだけだと写らないかも知れない。肝心なシーンに限って、見切れたりするのだ。

 ということで、パフィオが二つの媒体を用意しておいたのである。

 最悪、どちらの媒体でも記録が残らなかったとしても、ここには二十人以上の魔法を扱う人間がいるのだ。それぞれの記憶をつなぎ合わせれば、何とかなるはず。

 緊張感が漂う中、レシュウェルが一度大きく息を吐き、呪文を唱えた。

「ニンヘノソ ルテッヨダタ クリョマ トサッサ ニツトヒ レハナリナ」

 お願い、うまくいって。

 ルナーティアは、レシュウェルの声を聞きながら懸命に祈る。自分の実技の試験の時でも、こんなに術の成功を祈ったことはない。

 レシュウェルの呪文が終わると、それぞれの珠から光があふれ出した。

 木の茶色。火の赤。土の黒。金の黄色。水の青。

 光は珠を包み込むように出ていたが、やがて太い一本の線となって空を目指して伸びる。カラフルなサーチライトみたいだ。

 その光の線が徐々に角度を変え、鏡の真上を照らすように動いた。

 五つの光の線が鏡の真上で交差し、その交差点から白い光が現れると、鏡へ向かって伸びていく。

 光は鏡の中へと吸い込まれ、しばらく見ていると五つの珠の光がゆっくりと消えた。

 代わりに、鏡から白い光の珠が現れる。ルナーティアの拳大だった集陽石(しゅうようせき)の光が、人間の頭くらいのサイズにまでなって現れたみたいだ。

「エイクレッド、あの光を取り込むんだ」

「う……うん、わかった」

 リクリスに言われ、エイクレッドは光に向かって呪文ではなく、メロディを口ずさむ。こうするように、と教えた訳でもないのに、ごく自然に。

 普段のエイクレッドの声とは少し違い、少年とも少女ともとれる、きれいな声だ。その声で紡がれるのは誰も聞いたことのないメロディだが、耳に心地いい。

 鏡の上に現れた光の珠は、そのメロディに吸い寄せられるようにして、エイクレッドへと近付く。レシュウェルは、エイクレッドから少し距離を取った。

 光が、エイクレッドの上に降りてくる。誰もが固唾を呑んで、なりゆきを見詰めた。

 やがて、光は静かに消えてゆく。エイクレッドが光を飲み込んだのか、光がエイクレッドを取り込んだのか。

 残されたエイクレッドの周囲には、小さな光の粒がきらめいていた。さっきの光と同じ色だ。

 具合はどうなのか、とレシュウェルが尋ねようとした時、エイクレッドの身体が変化しだす。

 姿形はそのままに、どんどん大きくなっていくのだ。竜の絵をその場で何倍にも拡大してるかのように、見ている間にサイズが変わる。

「でか……」

 誰かが、そうつぶやいた。きっと誰もが、同じことを思っているはず。

 ルナーティアの手のひらに乗るくらいだった、小さな竜の身体。

 ようやくエイクレッドの変化が止まった時、その身体は自動車並に大きくなっていた。ここに普通の馬より大きいログバーンがいても、引けを取らないサイズだろう。

 オウレンを知っているルナーティアやレシュウェルでさえも、大きいと思ってしまう。今までが小さすぎて、目の前にいる竜と差がありすぎるせいだ。

 生まれたての竜が、一気におとなになったかのような。

 その竜は、一度頭を軽く振ると、自分の身体を見る。ルビーのような赤く美しい身体をチェックするように、首を曲げた。

 その様子はルナーティアと出会い、リクリスの研究室で目を覚ました時のエイクレッドに似ている気がする。

 今までは小さくてわからなかった細部が、大きくなったことでよくわかるようになった。

 うろこの形もはっきり見えるし、四肢も太くたくましくなり、赤い瞳はこれまで食べていた魔果よりも大きい。小さかった時は爪楊枝の先みたいだった角も、今は太く立派だ。

「エイクレッド、具合はどう?」

 ルナーティアの声で、大勢の人間に見られていることを思い出したかのように、エイクレッドはこちらを向いた。

「うん……かなり前の感じに戻ったみたい」

「完全にって訳にはいかないだろうな。その身体があんな小さくなるくらいまで魔力が抜かれたんだとしたら、今のは応急処置くらいだ。いきなり戻って、おかしな部分はないか? 気持ち悪いとかは」

 本来自分のものではない力を、恐らく大量に取り込んだのだ。人間なら、複数の魔法使いに分配されるだけの魔力量を。

 竜とは言っても、絶対に何も問題がない、とは言い切れない。

「ないよ。いつもと同じ、かな」

 今のところ、おかしいと感じる部分はなさそうだ。何かを我慢をしている様子もない。

 それを聞いてレシュウェルは、そして術に関わったルナーティアとリクリス、そしてパフィオはほっとした。

「エイクレッドの身体は、これくらいの大きさだったの?」

「えっと……もう少し大きいかな」

 今でも十分に大きいとは思うが、まだ全ての魔力が戻っていないということだろう。それでも、人間の魔法一回で、本来に近い大きさまで戻れたのだ。

「そう。竜の世界へ戻れそう?」

「たぶん……行けると思う」

 力が戻ったばかりでエイクレッド自身もまだしっくりこないのだろうが、だいたいの予測はできるだろう。

 戻ることさえできれば、あとは竜の世界で完全復活するのを待てばいい。

 術は成功したのだ。

「よかったね、エイクレッド!」

「うん。ありがとう、ルナーティア」

 ルナーティアは、エイクレッドの頭を抱きしめた。その頭は、小柄なルナーティアの身体の半分近くもある。

 ずっと、何度もこうしたかった。してあげたかった。

 エイクレッドが落ち込んだ時も、パラレル魔界で魔力を使い果たす程に無理をして助けてくれた時も。

「大丈夫だよ」や「ありがとう」を言いながら、ルナーティアはこうしてエイクレッドを強く抱きしめたかったのだ。

 それがかなって、涙が浮かぶ。

 術が終わり、エイクレッドが大きくなったのを見てじわじわとこちらへ寄って来ていたクラスメイト達は、エイクレッドの「行けると思う」という言葉に、わっと沸いていた。

「じゃあ、家に帰れるんだな」

「よかった。それなら、術は成功よね」

「見届けられてよかった。来た甲斐があったぜ」

「感動だぁっ」

「お別れは淋しいけど、本当によかったわ」

 リクリスやパフィオも、エイクレッドの様子を見てほっとしていた。

「ちょっと待って!」

 誰もが喜びの言葉を口にする中、それらを制止する声が上がる。

「……誰?」

 その声に、エイクレッドを含めた全員が周囲を見回す。誰も聞き覚えのない声だったのだ。

 少女のような感じだが、ルナーティアや他のクラスメイトとは違う。もう少し幼い感じだった。

「あれ?」

 エイクレッドの声で、全員がそちらを見た。

 竜の顔の前に、空飛ぶ小人のような姿がある。

 さっきまでのエイクレッドくらいのサイズで、人間なら五、六歳くらいに見える女の子。羽はないが、妖精だろうか。

 ひらひらした赤のミニワンピースは、どこか火を連想させた。紅竜の前に現れるくらいだから、火の妖精だと思われる。

 真っ直ぐな赤い髪は肩の辺りで切り揃えられ、意志の強そうな瞳はワインレッドで丸く大きい。

 どこで見たことがあるような……。でも、あたしは妖精を見たことがまだないから、そんなはずはないよね。

 そう思った次の瞬間、気が付いた。

 誰かに似ていると思ったが、成長したらエイクレッドの姉ウィスタリアのようになりそうな顔立ちなのだ。

 竜と妖精が姉妹のはずはないが、ウィスタリアが小さかった頃に人間の姿になれば、この妖精のような感じだったのではないか、と思いたくなる。

「エイクレッド、知ってるの?」

「ううん、知らない。けど……」

 否定はしたものの、エイクレッドはどこか心当たりがありそうな様子だ。

「さっき、待ってと声を上げたのは、きみかい?」

 代表して、リクリスが尋ねる。

「そうよ」

 予想違わず、妖精はうなずいた。

「待つって言うのは、誰が何を待てばいいのかな。あ、それと、きみが誰か教えてくれるかい」

「私に名前はないの。私は、竜の念で生み出された存在だから」

 少女の言葉に、誰もが口々に「竜の念?」と聞き返す。では、妖精ではない、ということか。

「もしかして……お母さん?」

 エイクレッドが、おずおずと尋ねた。

「そうよ」

 少女は隠すことなく、うなずいた。それを聞いて、人間達はどよめく。

「きみのこと、もう少し詳しく教えてもらえるかい」

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