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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第七話 鏡

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7-09.最後のアイテム

 行きと同じく、エイクレッド狙いの魔物が時々現れた。相手をするのは面倒なので、さっさとまいてしまう。

 帰るだけなので気分も軽いのか、炎馬達のスピードがすごい。

 そうして、一行はカラスーマまで戻って来た。

 いつもであれば「協力してくれてありがとう」と礼を言って人間界へ戻るのだが、今日はそうもいかない。

「最初に言ったが、今回で術を行うための素材集めは終わりだ。今回必要な分も、ちゃんと手に入ったからな。俺やルナーティアはともかく、エイクレッドがここへ来るのはこれで最後だ」

 レシュウェルは、ログバーンとディージュに改めて礼を言う。

「あたしは、たかだか三回くらいだもん。大した労力じゃないわ」

 リクリスからも礼を言われ、ディージュは笑う。

「終わってみれば、あっという間だったな。私からすれば、集めて何をするのかと思う物ばかりだが……それでエイクレッドが無事に戻れるのか」

「術が成功すれば、だけどな」

「これまで集めた素材は、レシュウェルの魔法でちゃんと術に使える珠になっているよ。素材は傷むけれど、珠は傷むことがないからね。もし、今回の術だけでエイクレッドの力が戻らなくても、少し時間をあければまたその珠を使うことができるんだ。最初から集めなおす必要はないから、素材探しを目的としてパラレル魔界へ来ることはなくなるよ」

 レシュウェルより術に詳しいリクリスが、説明する。

「ログバーン、ディージュ。ぼくのために、色々ありがとう」

 ルナーティアが手のひらにエイクレッドを乗せて、炎馬達の方へ差し出す。しっかり視線を合わせられるように。

「さっきディージュも言ったが、大した労力ではない。こんな形でパラレル魔界を回るのも、悪くなかった。むしろエイクレッドの方が、これから大変なのではないか? 父親にあれこれ言われるだろうからな」

「う……うん、たぶん。それを言われると、帰りたくなくなるんだけど」

 ルナーティア達は、エイクレッドの父オウレンがあっさりと息子を放って行ったところを見ている。

 確かに、帰ったら帰ったで、また叱られそうな気はしていた。エイクレッドが「帰りたくない」という気持ちも、わからないではない。

「だけど、ぼくのわがままでルナーティア達にたくさん迷惑かけたから、ちゃんと帰らないと」

 エイクレッドの言葉に、ルナーティアは今更ながら「もうすぐエイクレッドと別れる時が来るのだ」と認識した。

 昨日はクラスでお別れ会までして、今日で最後だとわかっていたはずなのに。

「本当にありがとう。忘れないよ」

「自分だけで魔界へ来られるようになったら、またいらっしゃいな。今度は、今までみたいな雑魚が寄って来ることはないでしょうから」

「うん、そうだね」

 エイクレッドと一緒に、ルナーティアもログバーンとディージュに礼と別れを告げた。

 ログバーンはレシュウェルと一緒にいれば何かのきっかけで再会することもあるだろうが、ディージュとは偶然か奇跡でもなければ会うことはないだろう。

 薄気(はっき)の術をかけ、魔法使い達は炎馬に別れを告げると、人間界へ戻った。

☆☆☆

 学校へ向かい、リクリスの研究室へ入る。いつものように、部屋ではパフィオが待っていた。

 リクリスの研究室のはずだが、帰るたびにこの光景だと、ここはパフィオの研究室みたいに思えてくる。

「お帰りなさい」

 成果は聞かず、パフィオはレシュウェルに今回使う呪文を書いた紙を渡す。鏡を作る呪文だ。

「これまでとは、前半部分が少し違うからね」

「わかりました」

 今日はパラレル魔界でどういう様子だったか。

 それを聞きたいのはもちろんだが、まずは術が先だ。

 ルナーティアは、集陽石の入った袋と、凍った海水が入った袋をリュックから取り出した。リクリスの術の効果で、海水は見事に凍ったままだ。

 パフィオは用意していたアルミ製のパッドを机に置き、ルナーティアはその中に海水の氷塊を出す。リクリスが術を解き、氷は元の海水に戻った。

 こうして見ても、特に変わった様子のない水だ。かすかに潮の香りがする程度。

 その横に、ほんのり白く光る石を袋から出して置く。

 素材の準備ができたところで、レシュウェルが呪文を唱えた。

「テコツレコ ナーレキンラモク ミガカノマ レハナシカンヘ レハナリナ」

 途端に、石と水が宙に浮かぶ。石にまとわりつくようにして、海水が次第に石を包み込んだ。それでも光は見えているので、ガラスの容器の中に電球が入っているみたいだ。

 やがて、石を飲み込んだ海水はゆっくりと平たくなっていく。平たくなりながら広がり、ルナーティアの顔より少し大きいくらいにまでなった。厚みは、一センチにも満たないくらいだ。

 石の効果か、平たくなった海水はほんのり光っていたが、片側が次第に黒くなっていく。

 ルナーティアは「まさか失敗したんじゃ」と心配になったが、リクリスもパフィオも騒がないところを見ると、正常に鏡ができつつあるらしい。

 横から見て下半分が黒く、上半分がほんのり光ったままの状態で、宙に浮いていた海水は机に降りた。

「完成だね」

「え、これで?」

「ほら、表面を見て。ちゃんと鏡みたいになっているでしょ」

 ルナーティアが覗き込むと、自分が映る。確かに、ここにあるのは鏡だ。

 しかし、普通の鏡とは違い、表面こそ平らではあるが、水鏡を覗いているような気がする。元が海水だから、そう思うのだろうか。

 映っているのに、どこか心許ないような気がする。これは姿を映すための鏡ではないから、これはこれでいいのだろう。

 リクリスがロッカーから、これまで作ってきた五つの珠を出して来た。それらを見ると、今まで色々あったことが頭をよぎる。

 怖い目にも何度か遭ったが、それでもレシュウェル達に守られて何とか完成させられたのだ。

 エイクレッドのために、この術をしよう。

 そう決めたのが、ずいぶん前のように思える。

「じゃあ、魔導館へ行こうか」

☆☆☆

 エイクレッドは魔力を失い、命を保つために身体が小さくなった。

 魔珠鏡の術で魔力が回復すれば、どこまで戻るかはともかく、今よりは身体が大きくなるはず。

 だが、その大きさが誰も予想できない。

 人間くらいのサイズならいいが、オウレンの大きさが少なく見積もっても三十メートルを超えていたし、子どもと言えども竜のエイクレッドがその半分近くまでなることは十分に考えられる。

 そうなると、研究室では狭い。リクリスの研究室は本だけでなく、色々な物があるから、それらが無事なままでいられらるのはまず無理。

 大きくなったエイクレッドの身体で人間が押しつぶされそうになっても困るし、棚や窓のガラスが割れたりしたら、ケガをしてしまう。

 竜は平気でも、人間はそうもいかない。

 という訳で、魔珠鏡の術は普段見習い魔法使いが魔法の練習をする時に使う、魔導館ですることにしていた。

 エイクレッドと出会った後、オウレンを呼び出したのも、ここである。

「あ、来た来た」

 そんな声とともに、やって来たルナーティア達に手を振る複数の影がある。

「え……みんな、どうして」

 魔導館の入り口付近にいたのは、ルナーティアのクラスメイト達だ。

「だって、エイクレッドの魔力を戻す魔法をするんでしょ。エイクレッドが復活するのを見たいと思って」

 カミルレが、当然のように言う。昨日は「見に来る」なんて言っていなかったのに。

 全員ではないようだが、半分以上はいる。私服のクラスメイト達の中に、クフェアの姿まであった。

「エイクレッドのことも気になるし、後学のために見たいと思いまして。よろしいですか」

 クフェアが、リクリスにお伺いをたてる。

「ええ、構いませんよ。秘術って訳でもないですからね。失敗しても被害が出るような術ではありませんが、みなさんは念のために各自で結界を張っておいてくださいね」

 リクリスの言葉に「はーい」と元気な返事が上がる。

 あっけにとられているのはルナーティアだけでなく、レシュウェルやエイクレッドも同じだ。

 さすがと言おうか、教授二人は動じていない。見物人がたくさんになりましたね、くらいの感覚だろうか。

「まさか、こんな大勢の前でやる羽目になるとは」

「あは……みんな、お別れ会だけじゃ、満足できなかったみたい」

 一応、昨日のお別れ会でさよならの挨拶はしてある。

 だが、今日こういう術をするとわかっているのに、行かない手はない、というところだろう。

「ぼく、緊張してきた」

「エイクレッドが緊張するところはないぞ。むしろ、それは俺の方だ」

 しかし、リクリスが「構わない」と言ってしまっているので、レシュウェルが拒否する訳にもいかない。

 それに、エイクレッドを気にかけているのは、彼らも同じだ。

 まるで実技の授業のように、教授や教師、見習い魔法使い達がぞろぞろと魔導館へと入る。

 クラスメイト達は少し離れた所で待機し、エイクレッドのサイズがどれだけになっても構わない距離を取った所で、リクリスがさっき作ったばかりの鏡をまず地面に置いた。

 その周囲に(もく)()()(ごん)(すい)の珠を等間隔に置く。魔方陣はないが、何かが起こりそうな雰囲気は十分だ。

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