1-08.手掛かりを探す
あれ……さっきからちらちらと見られているような……。
本を探していると、妙に視線を感じる。気のせいかと思ったが、すぐに思い当たった。
そっか。エイクレッドに気付いた人が、こっちを見てるんだ。あたしが見られてるんじゃないのね。何かよくわからないから、遠巻きにして見てるんだろうな。
聞かれれば答えるつもりではいるが、わざわざ自分から「ここに竜がいますよ」なんて宣伝することもない。
とりあえずルナーティアは、多少載っていそうな数冊を持って読書エリアのテーブルについた。
現在わかっている限りで、竜についての基本的なことが書かれていたりするが、そこをスッ飛ばし、とにかく今ほしい情報を探す。
速読ができれば、ここに書かれてることが全部読めるのにな、などと思いながらページをめくっていく。
しばらく進むと、昔のエピソードが書かれたページが出て来た。
ある魔法使いが自分と交流している竜をもてなしたいと考え、何を出せばいいかを模索した、という話だ。
その中に、魔法で作られた木にできる実を出し、竜に喜んでもらった、というくだりがあった。元気が出る実だということで、竜は満足したらしい。
「エイクレッド、これってどうかな。元気が出るんだって」
「元気になるの?」
「きっとなれるよ。もっと詳しく書いてあるページ、ないかな」
ルナーティアはページをめくり続け、それらしいレシピを発見した。
「わ……魔法だけで木を作るんじゃなくて、素材もいるんだ」
攻撃魔法で火や水が出るように、魔法で木が生えるのかと思ったら……違った。
素材を集め、それらを魔法で圧縮することで木にするようだ。
さらに、その木に魔法で水を与え、ようやく実ができる、という少々手間がかかるもの。
読んでゆくと、正直なところ……面倒そうではある。
だけど、こんな手間がかかってるから、竜が元気になる実ができて、竜も喜んだのかな。魔法ではあるけれど、魔法使いの手料理みたいなものかも。
有効かどうかレシュウェルに尋ねるべく、ルナーティアは魔法で栞代わりの印を付けた。
「ルナーティア」
声をかけられ、ルナーティアが顔を上げる。レシュウェルが軽く手を上げて、こちらへ来るところだった。
待ち合わせしていた訳ではない時に会えると、テンションが上がる。
「許可はもらえたか?」
尋ねながら、レシュウェルはルナーティアの隣に座った。
「うん。先生達、びっくりしてた」
「驚かなかったから、魔法使いとして終わってるな」
「こんな間近に竜がいるなんて、普通はないもんね。えっと、それでね、エイクレッドが帰れる方法が本に載ってないかなって思ってたんだけど」
「こんな状況、そうそうないだろう。まして、竜関連は元々蔵書数も少ないからな」
レシュウェルも時間のある時に調べてみたのだが、成果はなし。
「うん。方法ってなると、どう探せばいいのかわからないし。それでね、友達と話していて思ったんだけど、魔力が回復するような食べ物がないかなって探してみたの。ほら、ここ。元気になるんじゃないかって方法、見付けたのよ」
ルナーティアはさっき印を付けたページを開き、レシュウェルに指し示した。
「へぇ。思ったよりまともに書かれてる。やってみる価値はありそうだ。先生に聞いてみるか」
「マロージャ先生に?」
「ああ。時間がかかりそうだけど方法を一つ見付けたって、先生から連絡をもらってる。一緒に話を聞きに行こうと思って、捜しに来たんだ」
昨日の今日だから、ルナーティアならきっとここだろう、と見当を付けて来たレシュウェル。思った通りに、ルナーティアの姿があった。
「ぼく、帰れるの?」
話を聞いていたエイクレッドが、目を輝かせる。
「可能性ってだけだ。それに、その方法が有効だとして、時間がかかりそうだって話だから、すぐって訳にはいかない。俺もまだ内容は聞いてないから、はっきり言えないけどな」
期待を持たせすぎないよう、レシュウェルは補足しておいた。
竜関連の本は貸し出しができないため、ルナーティアが見付けた「木の魔法」についてはメモに書いておく。
レシュウェルも手伝ってくれて取り出した本を棚へ戻すと、二人はリクリスの研究室へ向かった。
ノックして入った研究室は、昨日と同じように雑然としていたが、少し雰囲気が違う。人影が増えていたのだ。
「あれ、テンプール先生?」
「あら、話題の竜の里親さん達ね」
この部屋にはどちらかと言えば似つかわしくない……と言うと失礼か。スタイルのいい美人が部屋の主と一緒にいて、にっこり笑う。
ここケフトの国を含むヒノモト列島の人間は、多少の濃淡はあってもだいたいが黒髪と茶色の瞳。
だが、レシュウェルが「先生」と呼んだパフィオ・テンプールは明るい金の髪だ。
ゆるいウェーブは肩より少し下まで伸び、濃い青の大きな瞳がこちらに向けられて。肌は透き通る白さだ。
彼女の父親が東の海を隔てた所にあるベー国の人で、いわゆるハーフ。だが、外見は完全に父親譲りだ。
本人は母親の実家がある隣国のシーガ出身だが、キョウートの大学部へ通うようになってからは、ずっとケフトに住んでいる。
魔法文学部の教授であり、リクリスの大学時代の後輩だが、一つしか違わないとは思えないくらいに若く見える。
この学校で一番の美人だ、という話はルナーティアも聞いたことがあった。遠目にしか見たことがなかったが、こうして近くで見ても確かにきれいな人だ。でも、つんとした感じはしない。
「サトオヤって何?」
ルナーティアの肩で、エイクレッドが尋ねる。
「んーと、エイクレッドの世話をする人、かな」
竜の里親なんておこがましいので、ルナーティアはそう説明しておく。
「やぁ、二人とも、いらっしゃい。エイクレッド、何も問題はないかな?」
「ぼく、飛べないの」
問題と言われたので、エイクレッドは正直に言う。
「あ……そうか。魔力が足りないから、飛ぶ力が出ないんだね」
「多少の距離ならともかく、地面を歩いての移動に適した身体とはちょっと言いにくいわね」
「昨日はずっと、ルナーティアが連れて歩いていたんだったな」
その件について初耳のレシュウェルは、昨日のことを思い返してみる。
「うん。さっき、そのことがわかったの」
思い出したせいか、またエイクレッドはしゅんとなる。
「今は無理でも、魔力が戻るまでの辛抱だよ。飛ぶ能力がなくなった訳じゃないんだからね」
リクリスが励ます。
「先生、方法を一つ見付けたというメモを受け取りましたが」
高等部のようにクラスがない大学部では、一人の生徒だけに連絡を取る場合、伝達紙という魔法道具を飛ばす。
形は単なるメモだが、確実に指定した相手に届くのだ。事務部に頼んで連絡をつけてもらうより、時間短縮だし間違いがない。
レシュウェルの手元にも、リクリスから来た伝達紙がある。そこに「時間はかかりそうだが、方法が一つ見付かった」ということが書かれているのだ。
「うん。きみ達が帰ってから、パフィオ……テンプール先生にエイクレッドの話をしてね。どこから手を付けたらいいか、相談にのってもらったんだ」
文学に竜はよく登場するものの、それがどこまで役に立つかはわからない。史実より、創作の方が多いだろう。
だが、この学校で教授をするからには、彼女も魔法使いであり、知識も豊富。何かの資料でヒントになりそうなことがないか、聞いてみたのだ。
「竜が間近にいると聞いて、驚いたわ。その話を聞いて、以前解読した古文書のことを思い出したの」
リクリスが伝えてきた「見付かった方法」は、パフィオ経由のようだ。
「五つの珠と一枚の鏡を使って、魔法をかけるの。魔珠鏡という方法よ。周辺を漂うわずかな魔力がそれらによって集結し、増幅されるの。これは強大な魔物が現れた時、対峙する魔法使い達が一時的に魔力を強めるために使った方法らしいわ。その力をエイクレッドが取り込めば、かなりの量の魔力を取り戻せるんじゃないかって」
その術が使われる時は数人の魔法使いに力を分散させ、それぞれの魔力を強化したらしい。
それをエイクレッドだけに集中させれば、竜の世界へ戻れるだけの魔力が戻るのではないか、という訳だ。
「ただ、その時に使う道具を用意するのが大変なんだよね。珠はそれぞれ三つの素材が必要で、鏡は二つ。つまり、全部で十七点。その素材も、見付かる場所がパラレル魔界の各地だから、収集に手間がかかるんだ」
だから、時間がかかりそうだ、とメモに書かれていたのだ。
昔は魔物の出現率が高かったため、貴族の宝物庫などにそれらが常備されていたらしい。現在は魔物もほとんど現れず、こういった魔法具はない。
酔狂なコレクターが持っているかも知れないが、いつに作られたものかはわからない。つまり、術が発動するかが不明。
それ以前に、誰の手元にあるかを探すのが大変だ。
「だけど、今はそれくらいしか、エイクレッドの力を戻す方法はないんですよね」
リクリスの話を聞いて、ルナーティアがつぶやく。
「うん。事情を知ってからまだ一日だし、すぐにはね」