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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第七話 鏡

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7-08.蟹とかタコとか

 ディージュが先制攻撃のつもりか、見ている方向へ火の弾を吐いた。

 何もない空中へ吐いているので、その火が何かに当たることはないが、火が通った周囲には熱がしっかり伝わっているはずだ。

 エイクレッドやログバーンが気付いた「何か」にも、その熱が伝わったのだろう。ぎぎぎっと何か固い物がこすり合わさるような音が聞こえた。

 岩礁や海水がこんな音をたてるとも思えないし、だとすればこの周辺に潜んでいる「何か」がたてた音だ。

 リクリスが安全確認したが、その「何か」は擬態ではなく、岩陰にうまく隠れていたのだろう。

 その音の後、岩礁の間から影が現れた。

「えーっと、形は見知ったものだけど……」

「サイズがかなり違うな」

 ルナーティアのつぶやきに、レシュウェルが続けた。

「魔物でなければ、何人前になるだろうねぇ」

 リクリスと同じことを、二人も考えた。

 現れたのは、巨大な蟹だった。炎馬の倍以上はありそうな蟹が、岩礁と岩礁の間から顔を出したのだ。

 形は、ほとんど人間界のものと変わらない。黒っぽい甲羅に、長い足と大きなハサミ。そのハサミは、人間よりも大きな蟹爪である。

「あんな大きいのに、どうしてわざわざこんな動きにくい場所へ来たのかしら」

 あのサイズなら、この周辺の岩礁は邪魔でしかないはず。動きが制限されるし、下手すると岩と岩との間に挟まってしまうかも知れないのに。

 余程魅力的な獲物に思われたのだろうか。

「海だから、海獣系の魔物がいることは本に書いていましたが、ああいうのもいるんですね」

 海の中へ入るつもりはなかったし、現れてもせいぜい巨大なウミウシくらいかと思っていたのだが。

「うん。固そうに見えて、実は身体の大きさをある程度変えられるから、この辺りにいても特に不都合はないんだよ」

 エイクレッドが聞いたのは、あの蟹が海面から出たか、海面近くで身体のサイズを変えた時に出た音だろう。

 そのわずかな音は、波の音にかき消される程に小さかったので、人間には聞こえなかったのだ。

 その大きな身体を見せたのは、ディージュの火にびっくりしたのか。もしくは、気付かれたので逆に自分の大きさを見せ付けて驚かしてやろう、という魂胆かも知れない。

 蟹が近くの岩礁に、自分のはさみをいきなり叩き付けた。大きな音が響き、それに驚いたルナーティアは小さく悲鳴を上げる。

 岩を叩いても、そのはさみが割れたりする様子はない。むしろ、岩礁の方がその力に耐えられなかったようで、先端部分が砕けて海へ落ちた。

「疑うまでもなく、こちらを狙ってるね。ルナーティア、海水を汲む役、頼んでもいいかい」

「は、はい。わかりました」

 蟹がどれだけ手強いかはわからないし、海水を得るためにはとにかく動きを止めなければならない。

 となれば、そちらの担当はレシュウェルとリクリス。必然的に、ルナーティアは水汲みの係になる。

 岩の前まで来たらレシュウェルに渡すつもりだった瓶を、ルナーティアは抱きしめるようにしてうなずいた。

 そして、そちらへ動こうとした時。

 突然、蟹がこちらへ向かって、白い泡を吹いた。

 本体が大きい分、出て来る泡も大きい。一つが人間の頭くらいありそうだ。そんな泡が、何十個と飛んで来た。

 この泡がどんな効果をもたらすか知らないが、その効果を自分達の身体で体験する必要はない。

「ナンクチッコ ケイチッア」

 レシュウェルが風を起こし、その泡を吹き飛ばす。大きくても泡はやはり泡のようで、軽く風に巻き上げられて弾けた。

 自分の攻撃を無効化されて気分を害したのか、蟹はまたはさみで近くの岩礁を叩く。

 さっきより大きな音が響き、海面から突き出たトゲのような岩礁がいくつか崩れ落ちた。

 防御されたことへの八つ当たりも入っているだろうが、この破壊力でこちらを怖がらせる意図もありそうだ。

 しかし、そんなことでひるむ魔法使いと炎馬ではない。

「リビリビ デンス」

 レシュウェルとリクリスは、続けて蟹に雷を落とす。元々甲羅が黒いのでわからないが、たぶん表面は焦げているだろう。

 それに、水系の魔物だから、雷はかなり効いているはずだ。

 実際、蟹はショックのためか、動けないでいる。細かく震えているのは、しびれているのか。

 そこへ、岩場から炎馬二頭が揃って火を吐く。

 火は水に弱いが、それは同じレベルであれば、だ。本来強い炎馬が、二頭同時に火を吐けば、水の力など軽く凌駕する。

 それを補助するように、二人の魔法使いも火を放った。ここに鉄板や網はないが、まさに地獄焼きの様相を呈している。

 蟹はまだしびれて自由があまり利かない脚を必死に動かし、海の中へと逃げた。焼き蟹にされかけ、さすがに相手が悪いと判断したのだろう。

 レシュウェル達は周囲に目を配るが、似たような姿はない。

 二人がほっとした直後、ルナーティアの悲鳴が上がる。

 驚いたレシュウェルとリクリスがそちらを見ると、海から現れたらしい何かが水を汲もうとしたルナーティアの手首に巻き付いていた。

 タコのような軟体生物が、ルナーティアを捕まえているのだ。

「ルナーティアをはなせっ」

 火を使えないエイクレッドが、ルナーティアの腕に絡んでいる触手に噛みついた。

 小さくても竜が本気で噛みつけばダメージがあるのか、触手はびくっとなってルナーティアから離れる。

 エイクレッドも触手から離れ、そのために落ちそうになったところをルナーティアが受け止めた。

 自分の身体に何が起きたかを確かめようとしたのか、触手の主が顔を出す。やはり、タコに似た魔物だ。

 身体そのものがルナーティアの二倍はあり、触手だけでも軽く三倍はありそうなサイズだ。

「ナリイエ リマタカノリオコ レトケウ」

 そんな魔物へ、尖った氷のつぶてをレシュウェルが容赦なく向けた。

「引き潮だからって、陸へ出て来るなっ」

 氷はタコの目のすぐ上辺りに刺さり、その勢いもあってタコはのけぞった。致命傷にはならなかったようだが、ダメージはそれなりに大きかったらしい。

 人間ならよたよたと表現されそうな動きで、海へと沈んで行く。

「ルナーティア、大丈夫かっ」

 レシュウェルが駆け寄る。

 そう離れていなかったのに、魔物の存在に気付かなかった。海の軟体生物らしく、静かに近付いて来たからだろう。自分達が蟹に集中していたせいもある。

 とは言うものの、目を離すならもっと結界を強化しておくべきだった、と後悔の念にかられた。

 結界は魔力攻撃を防ぐが、さっきのような直接攻撃に対しては弱い。それに、結界を張ってから時間が経っているので、弱まっていたせいもあるだろう。

「ごめん、防御をおろそかにした」

 触手が触れたルナーティアの手首部分は、服の上からにも関わらず、赤く跡が付いていた。

「ううん、あたしがぼーっとしてたのが悪いんだし」

「どれ……毒に(あた)ってはいないね。レシュウェル、治癒をかけてあげて。水はぼくが汲むよ」

「あ、先生。瓶……落としちゃった」

 瓶を持った手を捕まえられたので、その時の衝撃で瓶が手から離れてしまった。割と厚めの瓶だったが、岩に当たっては無傷でいられない。ひびが入っていた。

 まともな形で残っているのは、プラスチックのふただけだ。

「ああ……でも、この袋があるよ。これに入れるから」

 ルナーティアが落としてしまったジッパー付きの袋を、リクリスが拾う。見たところ、穴はあいていない。

 必要な水がある岩の所へ行くと、リクリスはくぼんだ岩にたまった水を魔法で浮かせる。その水を袋へ入れると、そのまま凍らせた。

 これなら、袋に穴があいていてももれる心配はない。魔法で凍らせているから、そう簡単に溶けることもないのだ。

 リクリスが水を入手している間に、レシュウェルはルナーティアの赤くなった手首に治癒の魔法をかけた。

 掴まれただけなので、すぐに白い手に戻る。魔法のおかげで、もうどこを掴まれていたのかわからない。

 ルナーティアはレシュウェルに礼を言ってから、エイクレッドを見る。

「エイクレッド、口は何ともない?」

 人間は、生のタコを食べる。だから、竜が食べたところで問題はないのだろうが、相手はパラレル魔界の生物だ。

 見た目がタコでも、何かおかしな性質を持っているかも知れない。

「うん、何ともないよ」

「エイクレッド、魔力がなくても大活躍だな」

「えへ……。火で追っ払えないし、何も考えずにああしたんだ」

「ありがと、エイクレッド。二度も助けられたね」

「ルナーティアが無事でよかった」

 もしルナーティアが海の中へ引きずり込まれたら、今のエイクレッドにはどうしようもない。

 その前に何とかできて、ルナーティア本人よりエイクレッドの方がほっとしていた。

「水も手に入ったし、戻ろうか。また新手が来たら、面倒だからね」

「はい」

 ルナーティア達は岩場にいる炎馬達の元へ向かうと、すぐにその背に乗った。

 海を後にして飛び始めた直後、海面から水柱がたつ。

 相手が火属性なら自分が、と思った何者かが、攻撃してきたようだ。

 しかし、時すでに遅く、その攻撃は炎馬達に遠く及ばない。

 そんな攻撃は完全に無視して、一行は帰路へついたのだった。

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