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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第七話 鏡

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7-07.炎馬と魔法使い

 目的地までの長距離を移動する間に、またエイクレッド狙いの魔物が何度も現れた。

 竜の力が衰えているとは言え、その力がそうやすやすと自分の物にはならない、とどうして思えないのか不思議だ。

 いちいち相手をするつもりはない。ランザーンへ向かう時と同じように、面倒そうな魔物だけ相手をし、振り切れそうな魔物はさっさとまいてしまう。

「全然関係のない魔法使いが、炎馬を呼び出してパラレル魔界のどこかを移動していたら……もしかすると同じ目に遭ってるかも知れないよね。事情はもちろんわからないだろうし、悪い気がする」

 ルナーティア達に対してだけでも申し訳なく思っているエイクレッドだが、それが無関係の魔法使いにまで迷惑をかけているんじゃないか、と思うと、さらに申し訳なくなる。

「事情を触れ回る訳にもいかないし、どうしようもない話だ。それに、遊びでここへ来た奴なら、こんな目に遭えばすぐに帰るだろ」

「そうだといいけど……」

「研究者でもなければ、パラレル魔界へ来る魔法使いはそう多くないよ。それ以外で来るとすれば、実地訓練が目的の人くらいかな」

 リクリスもフォローする。

「炎馬を呼び出せるくらいの力があるなら、どうにでもなるわ」

 ディージュが、あっさり言った。

 炎馬を呼び出せるくらいの魔法使いなら、こんな事情を知らなくてもピンチは回避できる、という訳だ。

 さりげに炎馬の自分達を持ち上げているようにも聞こえるが、事実でもある。

「エイクレッドが思いわずらう必要はない。エイクレッドのことがなくても、人間にちょっかいをかける魔物など、パラレル魔界にはいくらでもいるからな」

 ログバーンは淡々と言うが、これもまた事実だ。

「他の魔法使いを憂えている場合ではないぞ。次が近付いて来た」

 ログバーンの警告に、ルナーティアは眉をひそめる。

「またなのぉ」

 ルナーティアは、自分に結界を張るくらいしかできない。魔物が現れれば怖いと思うし、一方でほとんど活躍できないのがもどかしかった。

「エイクレッド、隠れて」

 大きな動きこそできないが「エイクレッドを守る」という一番大変な役目を担っていることに、全く気付いていないルナーティアである。

 新たに現れた影に備え、各々が戦闘態勢に入った。

☆☆☆

 海が見えた。人間界と同じく、青い海である。

「わぁ……パラレル魔界にも、きれいな海があるんだぁ」

 パラレル魔界の海はおどろおどろしい色をしているんじゃないか、とルナーティア少し不安だった。前に行ったミドローの池みたいに、毒々しい色をしているのではないか、と。

 だが、実際に見れば、きれいな青い海で安心した。もちろん、棲んでいる生物は全然違うのだろうが、少なくとも見た目は同じ。

 人間界のマイヅールへ行ったことはないが、こうして炎馬の背から見るパラレル魔界の海はきれいだ。

 普段見ることがないから、海というだけで少しわくわくする。パラレル魔界でこうなら、人間界もきれいなはず。

 もしくは……人間界の方が汚れていて、プラスチックゴミなどが浮かんでいたりするのだろうか。

 今はそういうことは考えないことにして。目的地のエリアへ、ようやく着いたのだ。

「わ……海からトゲが出てるみたい」

 焦げ茶の岩が、海面からトゲのように突き出ている。波打ち際より少し沖へ向かった所に、大小の岩が細長く突き出ていた。

 資料で読んだからだいたいの景色は予想していたものの、岩が思っていたより多い。どうやら今は引き潮で、普段は海面下にある岩もこうして見えているようだ。

 極端に小さい岩は除外するとしても、目に入る岩が多すぎて逆に探しにくい。

「潮が引いてるようだから、近くまで降りても濡れないよ」

 炎馬にすれば、海へ近付くだけでもあまり嬉しくないので大した慰めにはならないのだが、確かに満ち潮の時に比べれば気分的にはましと言える。

 先端がすり鉢状になっている岩を探すため、二頭は海面近くまで降りてぎりぎりの低空飛行を始めた。

 ルナーティア達は、少しでも早くログバーンとディージュが海面から離れられるよう、懸命に海水のたまった岩を探す。

 今はエイクレッドもルナーティアのポケットから出て肩に乗り、一緒になって周囲を見回した。

「ねぇ、あっちの方に何か感じるよ」

 エイクレッドが、進行方向にある岩を指す。ログバーンが言われた方へ向かった。

「あ、先端がへこんでるわ」

 海面から杭のように出ている、細い岩。そんなに大きな岩ではないが、他よりも高さがあり、確かに先端がすり鉢状になっている。

 もちろん、その中には海水がたまっていた。

「すごいな。エイクレッド、月の力を感じたのか?」

「え? うーん、お月様の力かどうかはわかんないけど、何となく」

 竜には、この水から何かしらの魔力が感じられるのだろう。

 とにかく、求めていた水が見付かったのだ。

 ルナーティアが、別方向を探していたリクリスとディージュを呼ぶ。

「時間がかからずに済んで、よかったよ。ここなら、降りて汲んだ方がよさそうかな」

 中空に浮かんだままの位置から汲もうとすれば、ログバーンの足が濡れる。今でも、海面ぎりぎりの高さなのだ。

 ログバーンが濡れない位置まで上昇すると海面から離れてしまうので、乗り手にとってはかなり無理な体勢で汲むことになってしまう。

 そこから数メートルも行けば、波の来ない岩場がある。これなら、ログバーンから降りてその岩まで行けば、直接汲めるだろう。

 リクリスに言われ、ルナーティア達は一旦岩場へ降りた。

 目的の岩まで数メートルとは言え、そこは波打ち際なので、そのまま歩くと靴が濡れてしまう。

 なので、レシュウェルが目的の岩と降りた岩場の間に、一時的な氷の道を造った。滑らないよう、表面はあえてでこぼこにしている。

 その氷の道周辺にある岩に、リクリスが軽く風の刃を当てた。

「先生、何かいたんですか?」

 ルナーティアには、何かいるようには見えなかった。それに、何かいたとして、今の風の刃だとあまりダメージがなさそうに思える。

「こういう所では、岩に擬態している魔物がいたりするからね。安全確認だよ」

 何かに擬態する生物は、どこにでもいる。一つでも危険を排除するための確認行動だ。

 二人が向かう準備をしている間に、ルナーティアがリュックから空き瓶を出した。

 おかしな成分さえなければ何でもいい、ということだったので、顆粒だしが入っていた瓶をきれいに洗って持って来たのだ。

 本当なら、ペットボトルを持参するつもりだった。それがタイミング悪く、金曜日がペットボトル回収日だったため、昨夜にいざ用意しようと思ったら何もなかったのだ。

 で、これが代役になった。

 こういう瓶は顆粒が湿らないように設計されているはずだから、水を入れてもそう簡単にはこぼれないはずだ。

 一応、こぼれてもいいように、ジッパー付きのビニール袋も持って来ている。それも、さらに用心して二枚重ねてあるのだ。

 それを持って、三人はさっき見付けた岩礁の方へ向かう。炎馬達は、波が来ない岩場で見守った。

 エイクレッドも炎馬達と同じく、火に属する。だが、ルナーティアの肩に乗っていれば、落ちない限り水に濡れることはない。

 なので、最後の素材回収に同行していた。

「こうして見ると、高さはそんなにないけど、岩の森みたい」

 あちこちに焦げた木のような色の岩が、林立している。ぬれているはずなのに、色だけなら火事の後の森みたいだ。

 爆裂の実を採りに行った時、こんな感じになったっけ……と、ルナーティアは回想する。

 最初に「全部で十七個の素材が必要」とわかった時は気が遠くなりそうだったが、とうとう最後の一つにまでこぎつけた。今だから言えるが、あっという間だった気がする。

 もうすぐ目的の岩の前に、という時、エイクレッドがふと顔を上げた。

「ねぇ、何か音がするよ」

「音って、波の音じゃなくて?」

 ここで聞こえるのは、海の音。寄せては返す、静かな波の音だけだ。

 空を見た限り、かもめや海鳥の類はいないようだし、自分達以外に生き物の姿は周囲に見当たらない。

 さっき、リクリスが擬態している魔物がいないかを確認したから、そういうものでもないはず。

 だが、竜であるエイクレッドが間違えるとは思えなかった。

「エイクレッド、どっちからだ?」

「えっと……あっち」

 エイクレッドが小さな前脚で指し示すのは、進行方向の右手側。一行から見て、エイクレッドは右側の沖の方を指しているのだ。

「レシュウェル、何か来るぞっ」

 エイクレッドが指し示したと同時に、砂浜の方からログバーンの声が飛んだ。

 岩場の方を振り返れば、ログバーンとディージュがエイクレッドの指した方を見ていた。

「やっぱり、平穏にはいかないってことなのね」

 覚悟はしていた、だが、目的の岩礁を探していた時は何もなかったし、リクリスが安全確認してくれたので「このまま、おかしなのが出て来ませんように」とルナーティアは祈っていたのだが……。

 パラレル魔界という場所では、それもかなわないようだ。

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