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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第七話 鏡

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7-06.海の水

「エイクレッドが見えないのは、相手が魔力を使っている訳じゃないからだね。擬態や同化されると景色になじんでしまうから、見えないと言うよりわかりにくくなるんだ」

 人間界でも、岩や木に擬態する動物や虫がいる。現れたのは、魔力を使わずにそういった擬態で隠れられる魔物だ。

 資料には、本当にカメレオンっぽい姿の魔物が載っていた。だが、パラレル魔界にいるのだから、その大きさが違う。しっぽを入れて、一メートル以上ある。

 そんな大きな魔物が擬態で姿を隠し、襲って来るのだから、この辺りに生息していることを知らなければパニック状態になりそうだ。

 どうして、パラレル魔界にいるちょっとトカゲみたいな魔物はみんな、イグアナっぽく見えるのかしら。

 この辺りにいる魔物について一応予習していたものの、ルナーティアはこっそりため息をついた。この件が無事に片付いたら、どこかのアニマルカフェにでも行って癒やされたい気分だ。

 それはともかく。

 今の攻撃は、その予習していた魔物の仕業だろう。気配はあっても見えないので、相手の姿や数ははっきりとわからない。

 正直なところ、イグアナっぽい魔物の顔なんて見たくはないのだが、襲って来る魔物の姿が見えないのは困る。

 炎馬達にも相手の居場所があいまいにしかわからないため、ピンポイントでの攻撃は難しかった。

「エイクレッド、隠れて」

 ルナーティアは、急いでポケットにエイクレッドを隠した。

「この竹林を破壊するつもりはないけれど、遠慮していたらぼく達が帰れなくなるからね」

「じゃあ、この辺りを火の海にしちゃう?」

 ディージュが、物騒な提案をする。リクリスは苦笑しながら、首を振った。

「さすがに、そこまではね。パラレル魔界だからって、環境破壊はよくないよ。レシュウェル、風で吹き飛ばそうか。巨大竜巻でもない限り、竹が折れることはないだろうから」

「そうですね」

 風を全体に吹き渡らせれば、魔物がどこにいようが攻撃できる。

 普通の木と違い、竹はしなるから風が吹いてもそう簡単には折れない。つまり、被害はあまり出ないはず。こちらとしても、心置きなく魔法が使えるのだ。

 レシュウェルがルナーティアの前に、リクリスが後ろに立った。さらに右側にはログバーン、左側にディージュが来て、ルナーティアは完全に四方を守られた状態だ。

 もちろん、彼らはルナーティアだけではなく、ルナーティアと一緒にいるエイクレッドを守るために囲んでいる。

 周囲にいる魔物達が、テリトリーに現れた侵入者に対する威嚇をしているのか、他の魔物と同じようにエイクレッド狙いかどうかはわからない。

 竜狙いであればエイクレッドを、そしてエイクレッドを守るように、自分のポケットに入れたルナーティアを襲って来ると予測できる。

「ルナーティア、自分だけでいいから結界を自分の限界まで強めろ」

「うん」

 来る前と、さっきリクリスが張ってくれた結界がある。なので、すでに結界は二重になっているが、相手の姿が見えない以上、防御を固めすぎる、ということはない。

「火はいいのだな?」

「ああ。風だけで吹き飛ばす。ログバーンとディージュは、ここからすぐに離れられるようにしておいてくれ」

「こちらは、いつでもいいぞ」

「ああ。イラクウフイタ レコオゼカ」

 レシュウェルとリクリスが、風を起こす呪文を唱える。自分達を守るように存在している結界の周囲で、風が新たな結界のように吹き始めた。

 攻撃の気配を悟ったのか、笹の葉が刃物のようになってまた飛んで来る。だが、結界にすら届かない。全て風で弾き飛ばされた。

 風が吹く音の向こうから、ざざっと笹が揺れる音が聞こえる。見えない魔物は、竹を伝って上下に移動しているようだ。

 笹の葉の攻撃が通じないとわかれば、別の手段を使うかも知れない。その前に、相手の戦意を、もしくは魔物そのものを吹き飛ばさなくては。

「ウツキトッモ ヤレタイフ」

 二人が、風の力を強める呪文を唱える。

 地面に落ちている枯れた笹の葉が、大量に舞い上がった。ルナーティア達は、竜巻の中心にいるような形になる。

 この状態では、魔物達も獲物がどこにいるかは見えないだろう。

 結界の中にいるので風の影響は受けないはずだが、ルナーティアは髪が舞い上がるような気がした。

「レシュウェル、いくよ」

「はい」

 その合図で、結界の周囲を取り巻いていた風が一気に周りへ広がる。結界を中心にして、外側へと向かったのだ。

 周囲に立っていた竹は、その強い風で一斉にしなる。

 彼らがいた場所は元々開けていたが、竹が倒れるようにしなることで上方の笹が作っていた影がなくなり、さらに明るくなった。

「あ、飛ばされてったわ」

 見えなくても、魔獣にはその気配で何となくわかる。

 風の勢いに負け、竹に掴まっていた魔物達は飛ばされた。気配が一つ二つとなくなっていく。

「いなくなったぞ」

 周囲に点々とあった魔物の気配は、魔法使いが起こした強い風に耐えきれず、全てが消えた。

 ログバーンの言葉を聞き、二人は力を抜く。

 途端に、周囲には静寂が戻って来た。攻撃を向けよう、という気配はもうない。

「ケガがなくて、何より。さ、出発しよう」

 のんびりしている場合ではない。

 飛ばされた魔物の移動速度がどれだけのものかわからないのだから、ゆっくりしていたらすぐに戻って来て同じ状況に、ということにだってなりえる。

 今の強い風で何かの気配を感じ、他の魔物が現れるということもあるだろう。

 リクリスに言われるまでもなく、レシュウェルはログバーンの背に乗るとルナーティアを引き上げる。

 リクリスもディージュにまたがると、炎馬達は一気にその場を離れた。

☆☆☆

 次に向かうのは、北地区の最北となるマイヅールだ。

 西地区の北部から出て北地区へ行くだけならそんなに遠くではないのだが、最北となると、やはりそれなりの距離がある。

「北へ向かうと……海だな」

「あの果てしない水たまりね」

 炎馬にすれば、水の近くにはあまり行きたくないだろう。

 それでも、今まで川や滝の近くまで、ちゃんと向かってくれた。今もこうして、目指してくれている。ひたすら感謝だ。

「これで最後になるのか?」

「ああ。今回は二つで、これが本当に最後の採集物だ」

「海で何を探すの? また貝とか魚?」

 ディージュが、ありえそうな物を並べる。

「今回は、海の水なの」

「え? そんな簡単なものでいいの?」

 ディージュが目を丸くする。

 これまでは程度の差こそあれ、面倒なことが多かっただけに「海の水を手に入れたら終わり」と聞けば、意外に思うようだ。

「んー、単なる海水だったら、よかったんだけどねぇ」

「あ、やっぱり面倒なものなのね」

 同じように聞いていたログバーンも「だろうな」と言いたげに、苦笑していた。単なる海水であればどんなに楽だろう、とルナーティア達も思う。

 マイヅールで必要なのは「月が映った海水」である。

 それなら、海のどこから水を汲み上げても同じなのでは、とルナーティアは聞いた時に思ったのだが……。

 やはりと言おうか、そう単純なものではなかった。

 マイヅールは、海沿いのエリアだ。湾になっていて波は穏やかなのだが、この周辺は岩礁が多い。この岩礁には、月の光を吸収する性質があるのだ。

 そんな岩礁だが、海面からひときわ高く出ているものが所々にある。だいたいが先の尖った杭のようになっているが、その先端がすり鉢状にへこんでいるものがあるらしい。

 波しぶきで海水がその中へ入ると、岩の先端が器のようになっているので外へ全て流れてしまうことがない。

 結果として、月の光を受けた海水の力が同じ場所で保たれる状態になるのだ。

 必要なのは、その海水である。

「それはつまり、海面からぼこぼこ出ている岩の中から、先端がくぼんでいるものを探せってことなの?」

「うん、そういうことだよ。岩が小さいと満ち潮の時に先端まで浸かってしまうから、ある程度高さのある岩を見ていくことになるんだけれど……今の時間が満ち潮かどうか、わからないんだよね」

 人間界のように、潮の満ち引きする時間がはっきりしていればいいのだが。パラレル魔界ではそれがランダムらしいので、行ってみなければわからない。

 潮がどうであれ、海の中へ入ってそういった岩礁を探す、というのは危険だ。

「海の上を走れ、ということだな」

 それも、なるたけ海面近くで、だ。あまり高いと、岩がくぼんでいるのかが人間の目ではなかなかわからないから。

 炎馬にとっては、最後が一番厄介な探し物だろう。

「さっきは、太陽の光を集めた石だったな。で、今度は月の光を集めた水、ということか」

「ああ。昼と夜の光を使うってところだな」

 これまで(もく)()()(ごん)(すい)の魔珠を作り、最後に昼と夜、つまり光と闇を使う訳だ。

 魔力を集めるのも、本当に一苦労である。これを考えた魔法使いは、なぜこんな面倒な術を編み出したのだろう。

 ルナーティア達は過去の資料を使っているので、必要な素材もすぐにわかるし、何とか集められている。

 だが、術を編み出された当時は、かなり手探りだったはずだ。術の開発者は相当な凝り性だったのだろうか。

 会えるものなら、聞いてみたいものだ。

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