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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第七話 鏡

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7-05.竹林

「本当にあいつらか?」

「炎馬と魔法使いってだけじゃねぇか」

「いいさ、とりあえず襲っておこうぜ」

 声は女性に近いが、口調は男性っぽい。それより、会話の中身だ。

 あちらは、襲う気満々のようである。

「引き離せなくはないが、奴らはしつこいぞ」

 どうやら「しつこい面倒なバカ」が現れた模様である。

「じゃあ、仕方ない。叩き落とすか」

 向こうは「とりあえず」こちらを襲うつもりでいるのだ。反撃しない理由はない。

「ログバーン、スピードを緩めて奴らを引きつけてくれ。近付いたところを、ぶっ飛ばしてやる」

「……ということのようだから、ディージュも頼むよ」

「わかったわ」

 炎馬達が、わずかに速度を下げる。それを好機とみた魔物達は、嬉しそうに奇声を上げながら、こちらへ向かって飛んで来た。

 そんな魔物達に、レシュウェルとリクリスが風の刃を向ける。さらには、炎馬達がその刃に火をまとわせた。

 鋭い風の刃は火の力も加わり、魔物達の翼や身体に当たって傷付けるだけでなく、火が全身を包み込む。

 かろうじて難を逃れた魔物が一体いたが、仲間達が次々と火だるまになって落下するのを見ると、慌てて逃げ出した。

「リック、あれはいいの? 放っておいて」

「仲間の受けたダメージを見て、もう一度来るとは思えないからね。もし、別の仲間を連れてリベンジに来るなら、その時は全滅してもらうしかないよ」

 深追いする必要はない。この先にも似たようなことがある、と予測できるので、余計な魔力は使わないに限る。

 炎馬達は再びスピードを上げ、目的地へと空を駆けた。

☆☆☆

「あの辺りだな」

 いつもより、少し長距離の移動。

 その間に、さっきと同じような魔物が現れ、それらをまいたり、退ける。

 そんな時間がいつまでも続くような気がしたが、ようやく人間界でランザーンと呼ばれるエリアへ来た。

 ログバーンの言葉でルナーティアが顔を覗かせ、前方を見る。

 そこには、森とは少し違う緑のエリアが広がっていた。遠くからだとはっきりしなかったが、あっという間にその近くまで来ると、確かにそこは竹林だ。

 木の森があるのは何とも思わなかったが、パラレル魔界に竹林があるのは少し不思議な気がする。

 ルナーティアの中では、竹は濃い緑のイメージがあるが、この辺りの竹はどちらかと言えば薄い緑。黄緑も混じっている。

 今は上空なので、見えているのはほとんど笹だろうが、恐らく竹そのものも、似たような色だろう。

「所々に、少し開けた場所があるんだよ。その辺りに降りてくれるかい」

 竹林はかなりの広範囲だ。しかし、そのエリア全てが竹に埋め尽くされている訳ではなく、濃い黄土色も見えている。ぽつぽつではあるが、リクリスが言うように竹が生えてないエリアがあるのだ。

「あの辺りにでも降りる?」

「ああ」

 数回ではあるが一緒にいることで、ログバーンとディージュは難なく意思疎通ができているようだ。問題なく、着陸地を決める。

 降りた所は、教室二部屋分といった広さだろうか。地面には茶色く枯れた笹が敷き詰められている。空から見えていたのは、この色だ。

 その周囲を取り巻く竹は、人間界のものとほとんど見た目は変わらない。一定の間隔で節があり、空へ向かって真っ直ぐに伸びている。

 パラレル魔界の植物は、見た目や性質など何かしら問題のあるものが多いが、ここの竹はパラレル魔界でも数少ない、無害なものだ。

「これが、たけって言うの? ぼくのいる所にはなかった……かな」

 ルナーティアのポケットから顔を出したエイクレッドが、周囲を珍しそうに眺める。

 来るまでに資料で一緒に確認しているが、本物は今初めて見たのだ。

「竜の世界に、竹はないのかしら」

「んー、どうなのかな。まだぼくが知らないだけかも。遠くへ行けば、あるかも知れないし」

 エイクレッドは幼い。行っていない所も、当然たくさんあるだろう。竜の世界における竹の有無はともかく、彼の目には珍しい植物として映っているようだ。

「あれですね」

 レシュウェルが、今回の採取対象一つ目を指す。

 このほぼ円形に広がる空き地の真ん中に、一本の竹の子が生えていた。ルナーティアの肩より少し低いくらいの高さまで、元気に伸びている。

 こんなに大きいのに「子」と呼ぶのも妙な感じがするが、まだ竹に成長していないし、人間界ではそう呼ばれる形なので、やはり「竹の子」と呼ぶべきなのだろう。

 空き地の真ん中に一本だけ生えているだけでもおかしいのだが、その竹の子の先端がぼんやりと光っていた。

 竹の子の全体は薄茶色の皮に包まれているのだが、中に電球でも仕込まれているかのように、先端だけが明るくなっているのだ。

「話していた集陽石というのは、あれなのか?」

「ああ、あの竹の子の中にある」

「え、たけの……子? 芽とか若木とかじゃなく、子なの?」

 ディージュが、首をかしげる。

 生き物ならともかく、植物に「子」という言い方が不思議なようだ。

「誰が言い出したんだろうねぇ。人間界では、あれを食用にもするんだよ。さすがに、あのサイズは固くてえぐみがあるから、食べないけれどね」

「ええっ? 人間って、あれを食べるの? 人間って雑食って聞いたけど、雑食にも程があるわよ。木を食べる虫がいるけど、まさか人間まで木を食べるなんて」

 ディージュが心底驚いた表情を浮かべ、リクリスが苦笑する。

「だから、あれは木じゃないんだけど……まぁ、その話は今はいいとして」

 話がそれた。

 今必要なのは、育ちすぎた竹の子ではなく、その中にある石だ。

 この周辺の竹とあの竹の子は、地下茎でつながっている。周囲の竹が光を浴び、その光が地下茎を通って特別に生まれたあの竹の子へと流れるのだ。

 そして、光は竹の子の中で結晶化して、集陽石になるのである。

 もともと、パラレル魔界は光が弱い。その光が、こういう形で凝縮されるのだ。

 これはこのエリアにある竹林でのみ起きる現象で、なぜこういう仕組みになっているかは解明されていない。

 理由がどうあれ、今回の術でこの石が必要だから手に入れるだけだ。

「竹が光ると、あの中にお姫様がいるのかなって思っちゃうわよね」

「本当にいたら、この世界では魔物になるだろうけどな」

「お姫様?」

 エイクレッドと炎馬達が、首をかしげる。

「人間界……と言うか、ぼく達が住んでいる国には、竹の中にお姫様がいるところから始まる物語があるんだよ」

「あそこにお姫様? それって、たけの子に食べられた人間が、中に入っちゃってるってことなの?」

 ディージュの想像に、人間達は笑う。それだと、ホラーかスプラッタだ。

「そうなると、話の中身がかなり変更されそうだね。その物語については、またゆっくりできる時にでも話してあげるよ」

 今は残念ながら、読み聞かせをしている時間はない。

 レシュウェルは竹の子の先端に向けて風の刃を放ち、狙い違わず先端部分が切れて地面に落ちた。

 それ以外に、周囲には何も変化は起きない。

 一行は光る竹の子に近付き、切れた先端部分の中を覗き込む。

 そこには、ルナーティアの拳よりやや小さな、白く光る石が収まっていた。丸い形は、何となく電球がはめ込まれているように見える。

 レシュウェルは、その石を取り出した。彼の手の中で、石はぼんやりと白く光っている。

「今まで集めた中で、一番きれいな感じね」

 トゲだの蜜の塊だの鉄の草だの、色々集めてきた。はっきり言って、触りたくない素材もあった。

 でも、これはとてもまともな物に思える。光も、何となく暖かみを感じて。

「確かに。魚のひれに比べれば、ずっと見た目がいいしな」

 レシュウェルはルナーティアの背負っているリュックから、今手に入れた石が余裕で入るサイズの黒い巾着袋を取り出した。

 リクリスから借りたもので、光る素材を入れてもその光をしっかり遮断する特殊な袋だ。光る物を好む虫や、魔物が寄ってこないようにするためである。

 袋に放り込み、袋の口をしっかり閉じてからレシュウェルは再びルナーティアのリュックに入れた。

「まずは一つ目……何か来たかい?」

 目的の物を手に入れてほっとしたリクリスだったが、炎馬達のまとう緊張感に気付いた。

 だが、何も気付いてないふうを装って、静かに尋ねる。同時に、自分を含めた三人に結界を張った。

「何か近付いて来てるわ。だけど、まだ見えない。かなり近くに来ているはずなんだけれど……」

「姿を消してるみたいだよ」

 石を手に入れる様子をルナーティアの肩で見ていたエイクレッドは、気配を感じる方向を見た。しかし、気配だけで、その姿が見えない。

「エイクレッドにも見えないの?」

 竜にも姿を見えなくする力を持つ魔物なんて、この世界にいるのだろうか。

「うん。ぼやぁっとして、景色の中に混じってるみたいな」

 エイクレッドが言った直後、笹の葉が刃物のようになって飛んで来た。

 元々自分達で張っていた結界に、リクリスがさらに別の結界を張っていたので、被害は一切ない。

「この辺りは、景色に同化する魔物がいるって書いてあったな」

「あ、カメレオンみたいねって言ってた魔物?」

「ああ。そいつらが現れたみたいだ」

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