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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第七話 鏡

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7-01.父の友

「次に行く所、結構遠いね」

「そうだな。でも、二つで済む分、楽じゃないか? 総移動距離は今までより少し長いくらい、かな。余計な奴が出て来なければ、ほとんど移動で終わる」

 ルナーティアとレシュウェルは、歩きながらそんな会話を交わす。

 知らない人が聞けば、次のデートの話でもしているのかと思いそうだが、残念ながら行き先はそんな楽しい所ではない。

 二人が話しているのは、パラレル魔界のこと。ついさっきまで、二人で次の行き先について図書館で調べていたのだ。

 これまで、パラレル魔界へ行った時は、目的地が三カ所あった。

 紅竜エイクレッドのために行う予定である、魔珠鏡の術。その術には五つの珠が必要で、その珠を作るにはそれぞれ三つの素材がいるからだ。

 付け加えるなら、その前に魔力を回復させる果樹を作り出すため、その時にもパラレル魔界の三カ所で素材を調達している。

 パラレル魔界では何度も危ない目に遭いながら、ようやく五つの珠が完成した。

 残るは、鏡。これについては、素材が二つで済むのだ。

 ただ、その素材がある場所が出発地から離れているため、ルナーティアは大変そうだと感じている。

「ログバーン達の力があれば、こっちで電車に乗るよりも速いんだ。時間については問題ないぞ」

「うん。魔獣って、本当にすごいよね。エイクレッドも、飛んだら速いの?」

 ルナーティアは、自分の肩にいる小さな竜に尋ねた。

「んー、ぼくはまだ小さいし、競争して飛んだりしたこともないから、よくわかんない」

 エイクレッドは、恐らく人間で言えば小学生くらい。それくらいの子どもなら、多少話を盛って「速いよ」と言ってしまいそうなもの。

 こちらは真実を知らないのだからばれる心配などないのだが、ちゃんと言うところがエイクレッドの素直さと言おうか、正直なところだ。

「お父さんは、すっごく速いよ。すぐ見えなくなっちゃうもん」

 エイクレッドの父オウレン。初めてエイクレッドと会った日に、二人は彼にも会った。姿全体が見られた訳ではないが、相当なサイズだったように思われる。

 その巨大な身体がすぐ見えなくなるというなら、音速レベルなのだろうか。竜なら、それもありに思える。

 エイクレッドは目がいいようだが、それでもすぐに見えなくなるというのであれば、相当な速さだ。

「ああ、いたいた。やぁ、こんにちは」

 そんな話をしながら駅へ向かって歩いていると、急に声をかけられた。

 声の主は、男性だ。二人の進行方向から歩いて来ているし、軽く手を振っているが二人の後ろには誰もいない。

 つまり、彼はルナーティアとレシュウェルに声をかけているのだ。

 真っ直ぐなプラチナブロンドは胸まであり、切れ長の瞳は濃い青。身長は、レシュウェルより少し高いだろう。つまり、かなりの長身。見た目から、三十代後半くらいと思われる男性である。

 すぐにでもモデルになれそうな容姿とスタイルだが、その顔に二人とも見覚えはない。

 ただ、エイクレッドの存在があるため、人間以外の存在が現れる、ということは今までにもあった。

 人間離れした美形が現れれば、今度はどういう存在? と自然に思ってしまう。

「こんにちは」

 誰かはまだわからないが、二人は挨拶を返しておく。

「あ、ブラーゼスおじさん?」

 一拍遅れて、エイクレッドがつぶやく。

「エイクレッドの知り合いか?」

「ぼくのって言うか、お父さんのお友達だよ」

 人間ではないだろう、と予想はしていたが、やはり驚く。

 神のおつかいである魔獣が現れた時も驚いたが、またまた竜が目の前に現れた。エイクレッドの姉ウィスタリアに続いて、二度目だ。

「やあ、エイクレッド。元気そうだね」

 エイクレッドがブラーゼスと呼んだ男性は、にっこり笑う。この笑顔にハートを打ち抜かれる女性は、絶対少なくないだろう。

 ルナーティアもそれなりにどきどきしているが、それはエイクレッド以外の竜が現れて驚いた、という理由の方が大きい。

 ウィスタリアの時は、竜が現れた、ということより、彼女の言動に意識が向いていたので、どきどきする暇がなかった。

 今はあまりに普通に歩いて来て、さらには昔から知り合いのように挨拶され、びっくりの度合いの方が大きい。

「初めまして。私はブラーゼス。エイクレッドが紹介してくれた通り、オウレンとは旧知の間柄だ」

 高くなく、かと言って低すぎず。聞いていて、耳に心地いい声だ。

「きみ達が、ルナーティアとレシュウェルだね」

 どうして名前を、と一瞬思ったが、そう驚くことでもない。

 オウレンには最初に名前を告げているし、彼と仲がいいのなら聞いていても不思議ではないことだ。

「人間界へ来る用事があってね。エイクレッドのことを思い出して、こちらへ寄ったんだ。思ったより元気そうにしていて、安心したよ」

 竜が人間界に用事なんて、どんな用事なんだろう……とは思うが、会ったばかりで尋ねるのはちょっと気が引けた。

「あなたは紅竜、ではないですよね?」

 レシュウェルが確認する。

 ウィスタリアは、赤い髪に赤い瞳だった。しかし、目の前にいるブラーゼスは、どこにも赤がない。

 この姿は、彼にとって人間になった時の自然な姿、ということだろう。もちろん、竜だから姿を変えることはいくらでもできるだろうが、今は別にその姿を変える必要はないはず。

 そんな自然な姿の中に、紅竜を示す色がない。ということは、別の種族だ。

「ああ。風竜だよ」

 生きて二つの種の竜に会うなど、そうそうないだろう。

 実は会っていても、竜はその正体をほとんど明かすことがない、と聞く。だとすれば、こうして正体を教えてもらえるのはかなりのレアケースだろう。しかも、すごくあっさりと。

「あの、エイクレッドの様子を見に来たってことですか?」

 ルナーティアは、肩にいるエイクレッドとブラーゼスを交互に見る。

「近くに来たからね。竜の世話をする人間にも、一度会ってみたかったし」

 竜は人間の前に姿を現すことは、ほとんどない。そんな竜を人間が保護し、世話をしている。

 これは、レア中のレアな状態だ。たぶん、竜達の長い歴史の中でも、そうそうあることではない。

 他の竜が「どんな感じになっているのだろう」と興味を持つのも、わかる気がする。

 それが知り合いの子であれば、なおさらだろう。

「道で普通に立ち話をしていますが、いいんですか?」

 レシュウェルは別に構わないが「あれこれしゃべると、相手がいやがるのでは」と思い、聞いてみた。

 彼らがいる場所は、キョウートに通う生徒が最寄り駅へ向かう時に通る道だ。

 レシュウェル達は図書館に寄っていたので、通常の下校時間より少し遅くなった。下校ラッシュは過ぎたが、誰も通らない訳ではない。それに、近隣住民が通ることも当然ある。

 そんな場所で、見た目がモデルと間違われそうな男性が立っていたら、絶対目に付くだろう。竜だとわからなくても、騒がれかねない。

「いいよ。関係ない人間は、スルーしてもらうようにしているからね」

 ブラーゼスの言葉でふとルナーティアが周囲を見ると、近所の主婦らしき女性が何もないように横を通り過ぎた。

 ブラーゼスには一瞥(いちべつ)もくれない。こんなに美形で、目立つ男性がいるのに。

「俺達が使う薄気(はっき)みたいなもの、か……」

 パラレル魔界へ行く際、周囲にいる人に意識されないための魔法をかけるが、ブラーゼスもその系統の魔法を使っているらしい。

 これなら、大事な話をしていても、周囲を気にすることなくいられる。

「ブラーゼス、エイクレッドを竜の世界へ連れ帰ってもらえませんか」

 前置きの類は一切すっ飛ばし、突然ルナーティアは言いたいことのみを、目の前の竜にぶつけた。

 言われたブラーゼスはもちろん、隣にいたレシュウェルも肩に乗ってるエイクレッドも、驚いた顔で彼女を見る。

「エイクレッドが竜の世界へ帰る力がなくなっているってことは、ご存じなんですよね。少し戻りかけてたけど、この前また失ってしまったんです。あたし達が帰れるように努力してますけど、やっぱり早く元の世界へ戻った方が回復すると思うんです」

 魔珠鏡の術は、次にパラレル魔界で素材を集め、鏡を作れば行える。

 でも、できるのなら。

 それより早く戻れた方が、エイクレッドのためには絶対いいはずだ。よその世界にいるより、自分の世界にいる方が回復は早いだろう。

 人間だってよそにいるより、個人差はあっても自分の家にいる方が落ち着く。

 エイクレッドが人間界へ来たのは、確かに彼の意思だ。その結果、小さくなったのは事故と言おうか、黙って来たエイクレッドに責任がある。

 でも、今は最初に会った時より小さくなってしまい、その一因はルナーティアにもあるのだ。少なくとも、原因の一端は自分にある、とルナーティアは思っている。

 早く元の状態に戻してあげたい、という強い気持ちから、ルナーティアはそんなことを言い出したのだ。

「どこにいても、力が戻る時間は同じだと思うよ」

 だが、ルナーティアの願いは空しく、ブラーゼスはそう答えた。

「でも……知らない場所より、自分の世界の方が精神的にも違ってくるだろうし。家族のそばにいる方が」

「その家族に、駄目って言われたんだよね?」

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