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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第六話 水(すい)の魔珠

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6-09.火の円と連携

 魔獣達につられて三人も、そちらへ視線を向ける。視線の向きは違うが、カモーの川での光景が再現されたかのようだ。

 ルナーティアにはどちらが北か南なのかわからないが、とりあえず自分達が来たのとは違う方向……と思われた。

「何か……飛んで来てる?」

 ルナーティアの目にも、黒い点のようなものが空に二つ浮いているのが見えた。 小さいのか、遠い位置にいるから小さく感じるのかわからなかったが、見ている間にそれは大きくなってくる。

 人間の目でも把握できるようになってくると、点だと思っていたものはコウモリのような形をしているとわかった。

 明らかにこちらへ向かっているとわかると、レシュウェルとリクリスは素早く自分達の周囲に強めの結界を張る。

 相手の素性はまだ判別できないが、いきなり攻撃を仕掛けられた時の用心だ。

 しかし、そのことでルナーティアの中に不安がわき上がる。

 今回はカモーの川にいた魚くらいで、あとは特に怖い思いはしなかったのに。最後の最後に、何か危険な存在が来たのだろうか。

 魚狙いの獣ならいいのだが、炎馬が注目しているくらいだから全くの無害ではない……と覚悟しなくてはならない。

 最初は点でしかなかったものは、人間の頭より大きな身体を持つコウモリ。

 そうはっきりと認識できるところまで、こちらへ近付いて来た。

「あいつら、ここの魚を主食にしている奴……じゃないよな?」

 念のため、レシュウェルはルナーティアが考えたようなことをログバーンに確認しておく。

「好みはそれぞれだから、何とも言えない。ただ、気配はあまり好ましくないな」

 ログバーンは具体的に言わないが、やはりこちらに用があるらしい。

 遠くだと黒い影としか見えなかったが、そばまで来ると赤黒い。

 コウモリ姿だったそれは、ルナーティア達の前まで来ると人間に近い姿に変わった。レシュウェル程ではないが、背の高い細身の男女だ。人間なら二十代前半、といったところか。

 こうして姿を変えられるのだから、コウモリの魔性といったところだろう。

 コウモリの姿だった時の色が、髪の色に出ていた。男は短く、女はまっすぐに腰近くまで伸びている。その髪から、先の尖った耳が出ていた。

 瞳は黒っぽいが、光の加減で暗い赤にも見える。どちらも、その目はややつり上がり気味。

 男は開衿シャツに、皮のようなパンツ。女は、ほとんどビキニのような格好だ。どちらも身につけているのは黒で、人間界ならモデルでもできそうなスタイルだが……パラレル魔界でもそういった需要があるのだろうか。

 見えている肌の色はルナーティア達とそう変わらないのだが、顔色が悪い。青白いと言おうか、血色がよくないのだ。

 しかし、表情からして具合が悪そうとも見えないので、元々そういう顔色なのだろう。

 顔色もだが、容姿もそんなによい方ではない。個人的な感覚や好みの話にはなるが、魔力が高ければもっと「美しい」と言える顔になるはず。だとすれば、魔性と言っても彼らにはそんなに強い魔力はない。

 偏見だろうが、顔つきを見る限りはあまりいい性格をしているとは思えなかった。街の中で絡まれたら、絶対に面倒なことになるタイプだ。

 もっとも、今も十分厄介な展開になりそうな気配がしている。

 コウモリ男女は、遠慮することなくルナーティア達を値踏みするように見ていた。

「ほらな。やっぱり、こいつらだろ」

「そうみたいね」

 どこかで似たようなセリフを、今日すでに聞いたような気がする。

「こいつらって、俺達のことか」

 レシュウェルが尋ねるが、相手は答えない。その目は、ルナーティアの方へ向けられた。

 正確には、ルナーティアの肩にいるエイクレッドに。

「あれだっ」

 男が怒鳴り、女と一緒にルナーティアへ飛びかかった。

「きゃあっ」

 結界があるとわかっていても、牙むき出しで襲いかかられては悲鳴も出てしまう。あらかじめ張っていた結界、そしてレシュウェルとリクリスが瞬時に出した防御の壁が攻撃を阻む。

「ちっ、結界か」

 男が不満そうにつばを吐き、舌打ちする。

「どういうつもりだっ」

 レシュウェルが怒鳴りながら、ルナーティアをかばうようにして立った。

「ぼく達は、そちらのテリトリーに侵入した覚えはないよ」

「けっ、そんなの関係ねぇ」

「そいつをよこしなっ」

 男よりルナーティア寄りだった女が、また手を伸ばす。

 その指先には、長く鋭い爪。あんなもので引き裂かれたら、大ケガどころか最悪のことも十分に考えられる。

 ルナーティアは相手の素早さと恐怖で、動くことができない。

 この前と一緒……あたしが逃げなきゃ、またエイクレッドが無茶しちゃう。

 そうは思っても、コウモリ女の動きをルナーティアはただ見ているしかできなかった。

 レシュウェルが目の前にいてくれても、彼の防御をすり抜けてこちらへ来たら。むしろ、ルナーティアが下手に動くことでかえってよくない状況になってしまったら。

 そんなことを考え、ますます動けなくなってしまったルナーティアの身体が、ふわりと浮いた。

「……え?」

 誰の何の魔法かと思っていたら、ログバーンがルナーティアの襟首をくわえていたのだ。

 そのままつまみ上げられ、ルナーティアが次に気付いた時にはディージュの背中に乗せられていた。

 さらにその直後、自分達の周囲が一気に火で囲まれる。火はディージュの頭の高さまで燃えさかっているが、ルナーティアはディージュの背中にいるので視線が高くなり、外の景色がどうにか見えていた。

 この火の円の中にいるのは、ルナーティアとエイクレッド、ディージュだけだ。レシュウェル達は、火の外にいるのが見える。

「あの、ディージュ……」

「あっちの狙いは、エイクレッドでしょ。ルナーティアがぼんやりしてたら、ふたりしてあんなつまんない連中に喰われるわよ」

 火で囲うことで、コウモリの魔性が手を出しにくくしてくれたのだ。

「エイクレッド、隠れて」

「うん……」

 今更だが、ルナーティアはエイクレッドをポケットに入れた。

 どちらを見ても火が燃え盛っているのに、あまり熱さを感じない。結界のおかげか、ルナーティアが熱くならないようにディージュが調節してくれているのか。

「ニレヌショビ エマテッナ」

 火の円の外では、レシュウェルが魔性達に水のつぶてを放っていた。いくつか当たっているが、あまりダメージがないようだ。

「レシュウェル、もう一度。もう少し大きいつぶてで」

「はい」

 え、水? どうしてレシュウェルは、ログバーンがそばにいるのに水の攻撃をしてるのかしら。

 レシュウェルが攻撃しているところを見ていたルナーティアは、不思議に思った。

 近くに炎馬がいるのだから、この前ギルードルにしたように、一緒に火の攻撃をすれば大きな力を得られるはず。

 手を出せないルナーティアは、妙に思いながらも見ているだけしかできない。

「無駄だ。人間なんかにやられるかよ」

 ギルードルもそうだったが、この魔性も自分の強さを信じて疑わないタイプだ。

「おい、そこの馬、出て来なっ」

 女が偉そうに言っているが、さすがに火属性の魔獣が出した火の輪に突っ込むだけの度胸はないようだ。

「なーんで、あんたなんかの言うこと、聞かなきゃいけないのよ。燃やされないって自信があるなら、そっちから来れば?」

 ディージュに鼻であしらわれ、女は舌打ちする。

 しかし、このまま放っておけば、相手も何かしらの手を使ってルナーティアに手を出そうとするだろう。

「ニショビショッビ エマテッナ」

 レシュウェルは、さっきより大きな水のつぶてを魔性達へ放つ。

「リビリビ デンス」

 その水のつぶてに、リクリスが電気を絡めた。

 男はかろうじて逃げたが、女はルナーティアの方に気を取られていたせいで逃げ損ねてしまう。電気を帯びた水のつぶてをまともに喰らい、感電した。

 短い悲鳴を上げて、女は倒れる。白目をむき、半開きの口から煙がのぼった。真っ直ぐだった髪は一部が縮れ、あちこちが焦げている。

 リクリスの電気は、かなり強めだったようだ。

 そっか。この連携のための、水攻撃だったんだ。

 問答無用でルナーティアやエイクレッドを襲って来た相手に対し、二人も容赦するつもりはない、ということだ。

「この……」

 男の瞳が赤く光る。牙が鋭さを増したように思えた。

「どうせ襲うなら、ふいうちにするべきだったな。もっとも、私の目をかいくぐれるとは思わないが」

 ログバーンが、火を放つ。矢となった火は、男の左腕をかすめた。女が上げた悲鳴より大きな声が響く。

 かなりの高温だったようで、火がかすめた部分は一気に焼けただれた。

「その腕では、コウモリの姿になっても飛ぶのは難しいだろう」

 炎馬の言葉に、男は牙をむく。

「うるせぇっ。あいつの力さえ手に入れば」

 あいつとは、もちろんエイクレッドのことを指しているのだろう。

「それを、俺達が許すと思うのか。ナリイエ リマタカノリオコ レトケウ」

 レシュウェルが、今度は氷のつぶてを放った。先端が尖った氷は、腕の痛みですぐには動けない男の腹を貫く。

 男は数歩後ずさって倒れ、そのまま黒い灰になった。

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