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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第六話 水(すい)の魔珠

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6-07.慌てる視線の主

 次の目的地は、同じ東地区だがその中の東部エリアだ。

 一行は、オトワーの滝を目指す。ここで必要なのは「氷花(ひょうか)」だ。

「あんなのが出て来るのはそう珍しくないけど、どうにも好きになれない形態なのよね」

 ディージュが、宙を駆けながらつぶやく。どうやら、さっきの魚のことを言っているようだ。いや、あれを普通に魚と言っていいのかどうか……。

「ディージュにも、好きじゃない魔物の形ってあるの?」

「そりゃあ、私にだって好き嫌いはあるわよ。水系ってだけであまり近付きたくないけど、それを差し引いても魚のくせにうろこのない足って気味悪いわ。毛があればいいってものでもないけどね」

 パラレル魔界には、人間界にもいる獣のような姿の魔物と、似て非なるグロテスクな姿の魔物と、分類が難しい形をした魔物がいる。

 どの姿にしろ、パラレル魔界では珍しくない。

 攻撃を受けたことは別として、ディージュが言うように、あの足はルナーティアも気味が悪かった。

 ルナーティアは魚に足が……という点しか見ていなかったが、思い返してみれば確かに足にはうろこがなかったように思う。

 しかも、薄汚れた肌色の足だった。ずっと水の中にいるのに、どうして汚れたような色なのだろう。

 身体は魚らしく銀色のうろこで覆われていたから、その足が違和感をさらに強め、不気味さが増したのだ。

「先生、あの魚が言っていたのは……」

 レシュウェルが気になったのは、魚達の姿より発した言葉の方だ。


 あいつらじゃないのか


 あれは誰のことを言っていたのだろう。

「あいつらって部分かい? んー、あれだけでは、何とも言えないね。ぼく達より以前に、あの辺りを訪れた魔法使いがいたのかも知れない。その彼らに何かをされて、また来たんじゃないかって会話だった、とかね。水中はよくても、陸上ではよく見えていないって魔物も多いから、誰かと間違われた可能性はあるよ」

「……」

 情報を得る前に、あの場を離れてしまった。水は吐けても空は飛べそうになかったので、余計な被害を増やさないうちに、と移動したのだ。

 あのまま相手をするうちに、川の中から次々に仲間が出て来ても困る。大きくなくても、数が集まると厄介だからだ。

「ぼくも気にはなるけれど……戻る訳にはいかないからね。警戒だけはしっかりしておこう」

「わかりました」

 ひとまず、魚達の言葉は横に置いておき、次に専念する。

 やがて来た場所は、細い三本の滝が流れ落ちている場所だ。

 低い岩山があるエリアで、その一角に滝がある。滝が細いので滝壺らしきものはなく、少し大きな水たまり程度だ。

 滝は三本が並んでいて、水道の蛇口を全開にした時よりも水は細い。その水が、水たまりの中にある岩に当たってはねる。

 その三本の滝のしぶきが宙で一瞬重なるのだが、それが菊の花のように花弁の多い花のような形に見えるのだ。

 それを凍らせたものが、今回必要になる。

 ここでは、素材を手に入れると言うより、素材になるように加工する、という形だ。他の素材より、少々イレギュラーな採取である。

「これが人間界なら、マイナスイオンとかって言われたりするんだろうけどなぁ」

 ルナーティアが、滝を見てつぶやく。

 パラレル魔界でも、滝の近くにはマイナスイオンが漂っているのだろうか。どちらかと言えば、あまりよくない別の何かが漂っているような気がする。

 ルナーティアの肩で、エイクレッドがぷるっと軽く震えた。

「エイクレッド、寒い?」

「あ、ううん。細かい水が身体につくから」

 細かな水滴が漂い、それらが身体についたようだ。身体を軽く揺らすことで、それらを弾き飛ばしたらしい。

「エイクレッドも火属性だもんね。あまり気持ちいいものじゃないだろうし、今はここに入って」

 ルナーティアは、エイクレッドをブルゾンのポケットに入れた。

 そう言えば、炎馬達もやや離れた所にいる。やはり細かい水しぶきがいやなのだろう。

「早くした方がよさそうだな」

 レシュウェルは飛び散るしぶきを凝視する。滝から落ちる水しぶきの花は、一瞬花に見えた、と思うとすぐに消えたりする。タイミングが難しいようだ。

 だが、ある一瞬にレシュウェルは氷結の呪文を唱える。

「エマテッオコ」

 途端に、水は一瞬で氷になった。そこまではいいが、放っておくとそのまま落下してしまう。

 そこへリクリスが風を起こして、氷花を浮かせた。さらに風を操り、宙に浮かんだ氷花は見えない手で放られたように、こちらへ飛んで来る。

 レシュウェルは、それを難なく受け止めた。

「わ……すごい」

 下調べをしていた時、氷花は滝の水を凍らせて手に入れる、ということまではルナーティアもわかっていた。凍らせるのはレシュウェルがして、こうして実際に見るまでは「それで終わりだ」と思っていたのだ。

 だが、凍った花はそのまま落下し、それを見て慌てた。せっかく作った氷の花が割れてしまう、と。

 一方で、レシュウェルはリクリスと今回来る時の打ち合わせをし、こうやって入手することを決めていた。なので、特に問題とは思っていない。予定通りだ。

「あたし、レシュウェルが凍らせるってところまでしか考えてなかった」

「せっかく同行しているからね。最初はレシュウェルが全部するって言っていたんだけれど、手伝って早く済ませた方がいいから。実技の訓練をしている訳じゃないし、少しでもここにいる時間を短くしたいからね」

 言いながら、リクリスは自分のリュックから白いビニール袋を取り出した。レシュウェルが、そこへ今入手した氷花を入れる。

「先生、それって普通の袋とは違うんですか?」

 これまでのように、リュックから袋を出そうとしていたルナーティアは、レシュウェルが何のためらいもなく、リクリスの出した袋に氷花を入れたのを、見て首をかしげる。

「うん、魔法の保冷バッグみたいなもの、かな。魔法で凍らせているから、普通の袋でもそう簡単に溶けないから問題はないんだけれどね。少しでも新鮮な状態で保存した方がいいから、持って来たんだ」

 その袋はルナーティアのリュックに入れられる。これで、無事に二つ目を手に入れられた。

「さぁ、魔物はいないようだし、急いで離れよう。ぼく達はエイクレッドみたいに、身体を震わせるだけでは済ませられないからね」

 予想はしていたが、目に見えない細かなしぶきで、時間が経つにつれて微妙に服がしっとりしてきたように感じる。それが、思ったより早い。

 滝の水が細くても、やはり高い所から落ちた水しぶきはしっかりかかっているのだ。

 ルナーティアはいつも、パフィオから借りた防御のマントを着けている。だが、これはあくまでも魔物から守るためのもので、水しぶきまでは防いでくれない。

 リクリスの言葉で、二人も離れた所で待機している炎馬の元へと走った。

「この前はエイクレッドのことがあって、伝えそこねたのだが」

 オトワーの滝を後にし、次へ向かう間にログバーンが話し出す。

「我々を見ている目がある、と前から話しているだろう」

「ああ。珍しいのか、狙ってるのかわからない奴のことだな」

 初めてパラレル魔界へ来た時から、ログバーンは「何かの視線を感じる」と話していた。あちらからは特に何も仕掛けて来ないようなので、あえて最近は話題にしなくなっている。

 見られているとわかっているので気にはなるが、わざわざこちらからちょっかいを出す必要もない。

「エイクレッドが意識を失った時、少し動きがあった」

「動き? 襲うつもりでいたってことか?」

「いや、少し言い方が悪かったか。そういったものではない。あれを好機とみての動きではなく、慌てたような空気を感じた」

 ログバーンの言葉に、レシュウェル達は顔を見合わせる。

「エイクレッドが力を失ったのを見て慌てた、ということかい?」

「タイミング的には、そうなる。私もエイクレッドに火を向けていたので、そちらの気配については完全に把握しきれていないが」

「ああ、言われて見れば、そういう視線があったわね。でも、エイクレッドが目を覚ましたら動きが止まったって言うか、静観してたような感じだったわ」

 ディージュも、ちゃんとその視線に気付いていたらしい。

「襲うつもりなら、あのばたばたした中で不意打ちするだろうね。あの時、ぼく達はかなり切羽詰まって余裕がなかったから、勝機は十分にある。でも、ただ見ていただけ、なんだね?」

 その視線の主は、どういうつもりなのだろう。

「単に傍観してるんじゃないってことですか? パラレル魔界には、そういう魔物もいるのかしら」

「人間が知らない魔物は、まだまだ多いからな。単に日和見(ひよりみ)なら、自分に有利になると思えばそこで動きそうだけど。それをしなかったのは、エイクレッド狙いではないってことか」

「今はどうなんだい?」

 リクリスに聞かれると、炎馬達は今日も時々視線を感じるらしい。しかし、何かしらのちょっかいをかけようとする様子はないと言う。

 目的がわからないので不気味だが、今はどうしようもないので素材集めに集中するしかなかった。

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