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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第六話 水(すい)の魔珠

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6-05.水辺の素材

 レシュウェルはウィスタリアに対し、はっきりと言う。

 相手が竜だろうと、関係ない。レシュウェルは「自分達がやろうとしていることを、見下されているらしい」と聞かされて、少々気分を害していたのだ。

 なので「力を戻すのが無理だと言うなら、その理由を言ってみろ」という気持ちでウィスタリアと向き合っていた。

「そう……。誰もせかしてないもの。帰れる時に帰ればいいわ」

 誰もが「あれ?」と思っている間に、ウィスタリアは「じゃあね」と言って背中を向けてしまった。

「え……?」

 あっけにとられているうちに、少女の姿は消えてしまう。

 無理だ、みたいなことを言われたら、多少きつい言葉でも言い返してやるつもりでいたレシュウェルは、彼女の態度に拍子抜けしてしまった。

「戻すって言ってるのに、逆に力を酷使させてどうするのよ、みたいなことを言われるかと思ったのに」

「うん。ぼくも何か言われるかなって。あっさり行っちゃったね」

 小馬鹿にされるよりはいいのだが、前回の態度が高飛車な感じだったので、本当に同一竜なのかと疑いにも似た気持ちが浮かぶ。

 腹が立ったが、実はあれがウィスタリアなりの活の入れ方だったのだろうか。

 できるのかしら、やってやる、という流れになるように。

「気になるな」

 レシュウェルは、ウィスタリアが消えた辺りを見詰めながらつぶやく。

「気になるって、何が?」

「さっきウィスタリアは、こんなの聞いてないって言っただろ。誰に何を聞いたんだ?」

「ああ、そう言えば、そんなこと……。こんなのっていうのは、エイクレッドが小さくなってるって部分よね、たぶん。それを聞いてないってことかな? だけど、エイクレッドがこうなってからウィスタリアが来たのは今日が初めてだし、知らなくて当然なのに」

 ああいう場合「どういうこと?」といった言葉が出てきそうなもの。

「んー、深い意味はなくって、言葉の勢いかもよ。ほら、びっくりした時なんかにこんなの聞いてないって、あたし達もつい言ったりするもん」

「そういうのはたまに聞いたりするが……竜が使うかな」

「それはわかんないけど……ウィスタリアは見た目があたし達と変わらない年頃みたいだし、そういう口調になることもありなんじゃないかしら」

「ウィスタリアやその友達がそんな言い方をするかはわかんないけど、ぼくのことを誰かに教えてもらうってことはないと思うよ」

 エイクレッドの様子を観察し、それをウィスタリアに報告する。

 そんな存在が近くにあれば、エイクレッドが気付いているはずだ。

「考えすぎ、か」

「そんな可能性はないよって言えないけどさ。あ、魔法使いなら、水晶で遠くの様子を見ることもできるんでしょ。竜だって、そういうのがあるのかも。ぼくはやったことないけど。で、それをしていた竜がいて、ぼくがこうなってるのを知ってるけど、ウィスタリアに何も言わなかった、とかね」

 あくまでも推測でしかない。気にしすぎかも知れないし、本当に誰かに見られているかも知れない。

 だが、ルナーティア達がやることは一つだ。

 おかしなちょっかいを出されなければ、気にする必要はないだろう。と言うより、気にしていられない。

 少し引っ掛かるものはあるがそういうことにし、ルナーティア達は学校を後にした。

☆☆☆

 日曜日。

 試験で一週空いてしまったが、パラレル魔界へ行く日だ。

 いつものように、イナリーの駅で待ち合わせる。

 ルナーティアが行くと、すでにレシュウェルとリクリスが待っていた。今回も、前回同様にリクリスが同行だ。

 リクリスは穏やかだし、頼れる存在だが、彼の同行は「また危険なことが起きるのではないか」という不安も生まれてしまう。

 そうなった時に守ってくれる存在ではあるのだが「これからパラレル魔界へ行くのがちょっと怖い」とルナーティアが思ってしまうのは仕方がなかった。彼の存在は、不安と安心の表裏一体なのだ。

「ガイハケ ニウヨンラカワ ウスッウ レナ」

 人目を避けて物陰でレシュウェルは自分とルナーティアに、リクリスは自身に、それぞれ薄気(はっき)の術をかける。気配を薄くしてから、パラレル魔界への入り口がある石碑へと向かった。

「エイクレッド、あれから調子が悪くなったってことはなかったかい?」

「うん、何もないよ」

 ルナーティアからレシュウェルへ、レシュウェルからリクリスへ。エイクレッドの様子について、報告はされている。

 魔力の使いすぎで身体が小さくなってしまった、という以外、これといった不調はなさそうだ、と聞いていたが、それはそれ。

 リクリスとしても、自分の目でちゃんと様子を見ておきたい。見習い魔法使いが見逃していた部分も、経験豊富な魔法使いが見ると何か違うものが見えることだってある。

 だが、エイクレッドの様子や声を聞く限り、前回パラレル魔界へ行った時とそう変わりはなさそうだ。その点については、リクリスも安心する。

「ケラヒ チミ」

 石碑の前でレシュウェルが呪文を唱え、三人はそこからパラレル魔界へと足を踏み入れた。いつもと同じように荒れ地が広がり、特に変わった様子もない。

 レシュウェルはログバーンを、リクリスはディージュを呼び出した。すぐに、二頭の炎馬(えんば)が目の前に現れる。

「エイクレッド、身体はそのままだけど元気そうね」

 ディージュが、ルナーティアの肩にいるエイクレッドを見た。魔力に敏感な彼らなら、その気配で相手の状態がすぐにわかるのだろう。

「うん。この前はありがとう。ぼく、よく覚えてないんだけど」

「さすがにあの状況では、状況把握など無理だろう」

 ログバーンもディージュも、エイクレッドが力を使い果たした時にリクリスから頼まれて火の力を分けてくれた。それがなければ、エイクレッドはかなり危険な状態になっていただろう。

 意識こそ取り戻していたが、かなりぼんやりしていたようなので、前後の記憶もあいまいになっているらしい。

「今回、(すい)の珠を作るための素材を探すんだが、行き先が水辺ばかりになる。構わないか? 火属性の魔獣にとってはあまり気分のいい場所ではないだろうし、いやなら別の奴に頼むけど」

 セオリーでいけば、火に属する者は水を嫌う。今回は、水の珠の素材が全て水辺になってしまうため、炎馬には過酷な環境になりえるだろう。

 一応呼び出してはみたものの、いざ向かう段になっていやがられては困るので、レシュウェルは最初に断りを入れたのだ。

「呼び出しておいて、今更。まさか、我々に水の中へ入れ、と言うのではないのだろう? 水辺に行くと命の火が消える、という訳ではないぞ」

「そうよ。私達の火をなめないでもらいたいわ」

 ログバーンの言葉に、ディージュもつんとした表情で同調した。

 要するに、行き先がどこだろうと構わない、という訳だ。

「ありがとう。そう言ってもらえると、助かる」

 こうして、とどこおりなく出発となった。

 まずは、東地区を流れるカモーの川だ。

 東地区の中でも西部にあり、南北に流れる川である。人間界にあるカモーの川は穏やかな水流だが、パラレル魔界の川はいささか流れが急だ。

 しかし、濁流というのではなく、人間界にもこの程度の流れなら見掛けることがあるよね、という速さ。

 しかし、中へ入れば少しバランスを崩した途端に流されかねない。

 水流のスピードは川上も川下もそう変わらないようなので、炎馬達は適当な場所へ降りる。

「このエリアで、何が必要なのだ?」

「ぶどう(せき)って石だ。この川の中で育つらしい」

「石が水の中で育つって、不思議よね。前にも育つ鉄の木があったし、前回は鉄の草だし」

 レシュウェルが「何でもありの世界だ」と話していたが、鉄だけでなく石まで育つなんて、本当に何でもありだ。パラレル魔界に自然の摂理というものはないのかしら、と思ってしまう。

「それで、誰か水の中へ入るの?」

 ディージュが、三人の人間を見回す。

「水深がわからないし、この流れの川に入るのは無謀だよ。すぐに見付かる保証もないからね」

 リクリスが言いながら、小さな双眼鏡で川の上を見渡している。

「リック、何してるの?」

「鳥がいないか、探しているんだ。鳥がいる所にぶどう石ありって可能性が高いからね」

「ぶどう石」はその名の通り、ぶどうのような形をした石だ。巨峰のような、大粒のぶどうの房のような色と形で、粒数は育ち方による。

 とても割れやすいので、大きいものはまれだ。五粒未満が多い、と資料には載っている。

 磨くとアメジストのように輝くのだが、パラレル魔界産なので販売はできない。パラレル魔界の物を人間界で売買することは、どこの国の法律でも禁止されているのだ。

 なので、素材が必要となる魔法を行う時、自分でこうして入手しなければならない。何がどう影響し、魔物を呼び寄せてしまうようになるかわからないからだ。

 ちなみに、誰かが代わりにパラレル魔界へ来て素材を採取し、それを受け渡すという行為については禁止されていない。

 商売として成り立っているので、当然そこには金銭が絡む。だが、レシュウェル達にそんな余裕はないので、こうして自分で向かうしかないのだ。

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