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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第六話 水(すい)の魔珠

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6-04.後悔してない

 高等部の試験は魔法の実技と、魔法知識や一般教養の筆記だ。

 実技は基本的な攻撃魔法や防御などだが、一年生の時よりは当然ながら上のレベルのものを要求される。

 クフェアにも言われたが、毎日魔果の水やりをやっているおかげか、実技の方はこれまでよりもスムーズにこなせた。

 筆記も、多少はいつもよりできた……気がする。

 とにかく、赤点になることはなさそうなので、来週は心置きなく魔珠鏡の術に集中できそうだ。

 筆記の点数はまだわからないが、平均前後だろうと見越し(と言うより、期待し)試験最終日の放課後に、ルナーティアは図書館へ向かった。

 もちろん、(すい)の珠の素材があるエリアと、その周辺にいるであろう魔物の下調べである。

「ルナーティア、休まなくていいの? 人間の勉強って、大変そうだったけど」

「うん、大変だったけど、終わったらその開放感の方が大きいからねー」

 試験の後は毎回ほっとするが、今回はいつも以上にほっとしている気がした。

 逆に、この後で気が抜けないことをまたしなければならない、という緊張感もあるが、とりあえず今いる場所はパラレル魔界ではないので、開放感の方が大きいみたいだ。

「そっか。……あ、レシュウェルがいるよ」

 図書館へ入った途端、エイクレッドがレシュウェルの気配を感じ取った。

 ルナーティアは目で探すが、エイクレッドはその気配で探し当てる。コンクリートの壁があると多少阻まれるような感覚があるらしいが、こうして同じ室内であれば多少広範囲でも探れるようだ。

「レシュウェルも下調べに来てるのね。エイクレッド、どっち?」

「あっちの方だよ」

 エイクレッドが小さい腕を伸ばし、方向を指し示す。

 ルナーティアがそちらへ向かうと、テーブルに数冊の本を積んでノートに何か書いているレシュウェルの姿があった。竜の探知能力は完璧だ。

「レシュウェル」

 ルナーティアが声をかけると、レシュウェルが顔を上げた。

「テスト、終わったのか」

「うん。まぁ、補習を受けなくて済むくらいには、点数も取れてると思うわ」

「当然だ。赤点なんか取ったら、冬休み返上だぞ」

 レシュウェルには数日の間、弱い部分を教えてもらっていたのだ。

 いつもならネーティ達と一緒に勉強したりするのだが、つい余計な方に話が向かってしまう。

 今回は絶対に落とせないだろ、と言われ、ルナーティアはレシュウェルに教えを請うたのだ。その方が「つい」を起こさなくて済むというもの。

 レシュウェルは、家庭教師のバイトをしている。これで点数が悪ければ、レシュウェルの教え方が悪いみたいになってしまうので、こんな言い方をしているが、ルナーティアはかなり気合いを入れて試験に臨んだのだ。

 補習はないだろう……ということにして、二人は水の珠の素材について下調べを始めた。

 ルナーティアが来るまでにも、レシュウェルがだいたいのことを調べていたので、そんなに時間はかからない。

「マロージャ先生の予定って、大丈夫なの?」

「そのようだ。教授ともなれば、普段の授業以外にも用事はあるだろうけど、そういったことは言わずにこっちを優先してくれるらしい」

 次にパラレル魔界へ行く時も、前回同様リクリスが同行することになっている。

「最初に頼ったのはあたし達だけど、本当に巻き込んじゃったね」

「本当にいやなら、自分の用事を理由に断ればいい話だからな。たぶん、先生としても竜を目の前にして、このまま放っておけないって感じなんだろう。魔珠鏡の術をすることを決めたのはルナーティアでも、その方法を紹介したのは先生達だから、その責任を感じているのかもな。あと、純粋にこの魔法を見たいっていうのも、あるんだろうし」

「テンプール先生が、自分達もこの術は見たことがないって話してたもんね」

 授業以外で時間を取らせているのは申し訳ないと思うが「興味がある」という気持ちから手伝ってもらえるのなら、こちらとしても気が楽だ。

 ある程度のことを調べると、二人は図書館を出た。

「……あ」

 ルナーティアの肩で、エイクレッドがそんな声を出す。何かに気付いたような。

「どうしたの、エイクレッド?」

 エイクレッドは何も持っていないのだから、忘れ物をした、というのではないだろう。

 二人がふとそちらを向いたのは、視線を感じたからか。

 図書館を出て歩き出した先に、鮮やかな赤い髪にワインレッドの瞳の美少女がいた。夕暮れの暗くなりかけた時間帯の中でも、その存在がはっきりしている。

「あ、あれって……ウィスタリア?」

 こちらを見て気さくに軽く手を振っている彼女は、エイクレッドの姉のウィスタリアだ。エイクレッドは、姉の気配を感じて声を出したらしい。

「エイクレッドの姉貴、か」

 レシュウェルは会ったことがないが、ルナーティアからどんな感じの少女かを聞いている。話通りに、黙って立っていても目立つ存在だ。

 もう放課後という時間で、高等部はテストが終わったこともあって、周囲に見習い魔法使いの姿はほとんどない。だが、その少ない人間の目が、少女へ向けられている。

 前回現れた時は、白いブラウスに赤のロングスカートだった。今は、白のロングコートに身を包んでいる。真っ直ぐな赤い髪とコートの白が、彼女の美しさを際立たせているように思えた。

 以前、イナリー神社の狐シオンが「人間を参考にして、服を着ているように見せている」と話していた。竜もそうなのだろうか。

 実際はどうであれ、立っているだけで絵になる、という点はうらやましくなるルナーティア。

 足下は、やはり赤のピンヒール。竜は普段、靴なんて絶対にはかないはずなのに。あんな靴をはいて、どうしてああも颯爽と歩けるのだろう。

 ゴォー神社の神獣スズナもはいていたが、あのタイプの靴はルナーティアには絶対に履けないものだ。間違いなく、くじく。

 それはそれとして、ウィスタリアが今回現れた目的は何だろう。

 そう言えば、以前帰る時に「また来る」とは言っていたが、それが今日ということなのか。来るとしても、もっと時間が経ってからだと思っていたのに。

「はぁい。今は授業中じゃないわよね?」

 ウィスタリアはちょうちょすることなく、こちらへ歩いて来る。

 前回、ウィスタリアが現れたのは授業の真っ最中だった。今回はそれをちゃんと外した時間にした、と言いたいらしい。

 一応、彼女なりに気を遣った、ということか。

 言いたいことを言う、という性格のウィスタリア。今回は何を言ってくるのだろう。

 前回のことをしっかり覚えているルナーティアは、心の中でちょっと身構えた。

「どんな感じになったかしらって思っ……何、それっ」

 元々大きなワインレッドの瞳が、さらに大きく見開かれる。ルナーティアの肩にいる弟が、前より小さくなっていることに驚いたのだ。

 ルナーティアが「魔果を食べているから、順調に戻る」と啖呵を切っていたのに、結果は真逆である。

 きっと「なーんだ。まだそれだけしか戻ってないのね」みたいなことを言って、からかおうとしたのだろう。(偏見込み)

 それが、とてもスルーできるようなサイズではなかったので、完全に素で驚いている。

「どういうことよ。こんなの、聞いてないわ。あんた、人間界で何やらかしたのよ」

 責めている訳ではないのだろうが、ウィスタリアの少し強い口調に、ルナーティアがエイクレッドをかばう。

「違うの。エイクレッドがこうなったのはパラレル魔界で、あたしのせいなの」

「ううん、違うよ。ルナーティアは悪くない」

 同じくかばうようにして、エイクレッドが否定する。

「ルナーティアがやらかしたってこと?」

「違うってば。ぼくがルナーティアのそばにいたからだよ」

「ああ、もうっ。そんなんじゃ、わかんないわ」

 少しいらついたような表情になるウィスタリアを見て、レシュウェルが説明する。

 魔界で魔性に狙われたこと。ルナーティアが襲われ、エイクレッドが火を噴いて魔性を消滅させたものの、それで魔力を大量に消費してしまったこと。その結果、最初に見付けた時よりも身体が小さくなったこと。

「もう……何やってんのよ、あんたってば」

 話を聞いたウィスタリアは、あきれたように弟を見る。

「ごめんなさい。エイクレッドがこうなったのは」

「ルナーティアのせいじゃないよ。ぼくは何も後悔してない。ぼくのために、色々してくれてるルナーティアを守れたんだから」

 先日もそう言ってくれた小さなナイトは、ルナーティアの肩で胸を張る。

「エイクレッドの力を取り戻すために行う術の準備は、順調に進んでいると言っていい。本来のエイクレッドにどれだけの魔力があるかを俺達は知らないが、竜の世界へ帰れるだけの魔力が戻れば、それで成功だ」

 以前、ルナーティアにも言ったことを、レシュウェルはウィスタリアにもきっぱりと言う。

「人間に竜の力が戻せるのかってことをルナーティアに言ったらしいが、必要最低限の力が戻ればそれで十分だ。今はこんな状態になっているが、エイクレッドが帰るのに時間がかかるとは思っていない」

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