6-01.わからないから
「ただいま」
あと一ヶ月足らずで、新しい年に変わるこの時期。五時を過ぎれば、外はもう真っ暗だ。気分的に、何となく慌ただしい。
「お帰り」
キッチンから、母の声がした。夕食の準備中だ。この香りだと、今夜はカレーらしい。
「お帰りー。今日の収穫はどうだった?」
リビングにいるラーミリアが、読んでいたテキストから顔を上げた。
ルナーティアの二つ違いの姉で、双子とよく間違われるくらい髪型や背格好などが似ている。
どちらも、お互いの友人から間違えて呼びかけられることもしばしば。身長差のある子どもの時はともかく、今では両親でさえも、後ろ姿だけだとたまに間違えるくらいだ。
しかし、竜はさすがと言おうか、エイクレッドは今まで二人を間違えたことはない。見た目ではなく、それぞれの気配を感じ取っているようだ。
「うん……まぁ、何とかね」
ラーミリアには、エイクレッドを助けるためにパラレル魔界へ行くことを話してある。
彼女は魔法に興味がないので、パラレル魔界と聞いても「危なくなったら、すぐ逃げなさいよー」と軽く言うくらいだ。
魔物がいる場所だとわかっていても「妹は魔法使いなんだから、大して問題はないだろう」と思っているようだ。
しかし、両親に言うと「無理してそんな危ない所へ行くことはないでしょ」などと言われ、反対されかねない。
ラーミリアと違い、危険度がどれだけのものかはわからなくても、パラレル魔界というだけで難色を示すだろう。
なので「竜を帰すための術を、レシュウェルと修行している」という、あながち嘘ではないものの、ちょっと苦しい言い訳をしてある。
この家では誰も魔法に関しての知識がないので、そんな言い訳がどうにか通用していた。
ちなみに、ラーミリアは獣医になるべく、勉強している。
元々動物は好きだったが、昔からルナーティアが捨てられた動物を連れ帰って来るのを一緒に世話するうちに、進路がそちらへ向いたのだ。
ラーミリアは「助けを求める子を見付けられるルナーティアの方が、この仕事に向いてそうなのにねー」などと言ったりするが、動物好きという点では姉の方が上だ、とルナーティアは思っている。
エイクレッドを初めて連れ帰った日は、満面の笑みを浮かべて完全に珍獣を見る顔だった。魔法ができないので世話はルナーティアにまかせているが、家にいると何かと関わろうとしてくる。
普通の人は、竜と聞けば一歩引いた状態で見ていそうなもの。今はずいぶん慣れたが、実際に両親はそんな感じだ。
なのに、ラーミリアは興味津々。竜は特別な存在でうんぬん、なんてことはどうでもいいのだ。
この辺り、生き物に対する興味は人一番強いと言える。
「あれ、エイクレッドは?」
いつも妹の肩に乗っている小さな竜の姿がないことに、ラーミリアは気付いた。その言葉に、ルナーティアはどきっとする。
「ん……ちょっと疲れたみたい。今はポケットで眠ってるの。部屋で休ませて来るね」
「そう。ルナーティア、晩ご飯の前にお風呂入っちゃえば。ほこりだらけでしょ」
いつもパラレル魔界ではばたばたしているから、確かにほこりだらけだ。
パラレル魔界から帰った日はそう言われるのだが、この日はいつもと同じことを言われても少し緊張してしまう。
「うん、わかった」
そう言って、ルナーティアは自分の部屋へ向かう。部屋へ入ると、大きく息を吐いた。
別に、悪いことをしてる訳じゃないんだけどな。
そう思いながら、ブルゾンのポケットからそっとエイクレッドを出す。
ラーミリアにも言ったが、エイクレッドはまだ眠っている。こうして触れていても、目を覚ます気配はない。
魔界でルナーティアを魔性から守るため、エイクレッドは力をほとんど使い果たした。そのために、今は深く眠っている。
眠っているだけならまだしも、ここ一ヶ月近い期間で数センチ大きくなった身体が、見付けた時よりも小さくなってしまっていた。
こんな姿になってしまったエイクレッドを家族が見れば「どうしたのか」と思うだろう。
魔法に興味がなくても、ルナーティアがこの家へ連れ帰って来てからは一緒に暮らし、会話もしている。明らかにサイズが違うのに、何も気付かないままでいる、なんてことはありえないだろう。
その時に、どう話せばいいのか。
パラレル魔界でこんなことがあった、なんて話せない。ラーミリアはともかく、両親には絶対無理だ。
話せばパラレル魔界へ行っていることも話さなければならなくなるし「そんな危ない所へ行ってたなんて」と言われることは、容易に想像できる。
帰り道でもあれこれ悩み、結局エイクレッドが眠っているのをいいことに、さっきのように「疲れたからポケットで眠っている」と嘘ではないが、真実とも言いかねることを言ってしまった。
ルナーティアはいつもエイクレッドを休ませているかごの中に、その小さな身体をそっと置く。
竜が風邪をひくとは思えないが、エイクレッド用にしている布団代わりの小さなタオルをかけて。
それから、もう少し温まるようにしようと考え、使い捨てカイロを出した。発熱したことを確認し、薄いハンカチでくるむ。それをエイクレッドの身体の下に敷いた。
外袋には効果が半日続くと書かれているから、朝までは冷めないはず。
エイクレッドに今してあげられることは、これくらいだ。
ルナーティアはひとまず入浴を済ませ、夕食を家族ととった。食べ終わった後は何となく落ち着かないので、さっさと自分の部屋へ引き上げる。
帰ってから二時間近く経ったが、エイクレッドはまだ眠ったままだ。
レシュウェル達は、エイクレッドが目を覚ました時に、ルナーティアが言うべきは「ごめんね」ではなく「ありがとう」だ、と言った。
だから、エイクレッドがその目を開ければ、ルナーティアはそう言うつもりでいる。
だが、家族に話す言葉は、レシュウェルと駅で別れるまで考えていなかった。
今日はともかく、明日以降にエイクレッドがまた今朝までのようなサイズに戻れるとは思えないし、ずっと「眠っている」で通すことはできない。その方が、余程不自然だ。
悩んだ挙げ句、ルナーティアはレシュウェルに連絡を入れた。
一人で悩んでも、いい考えは浮かびそうにない。頼ってばかり、とも思うが、今は頼りたかった。
(まだエイクレッドは眠ってるのか)
「うん。呼吸音はゆったりした感じだから、具合が悪いって感じではないみたいだけど……」
ルナーティアはエイクレッドの様子をレシュウェルに告げてから、今悩んでいることを相談する。
「パラレル魔界って聞くと、一般の人はすっごく怖い場所って考えるでしょ。実際に怖いけど。そんな所へ毎週行ってるって知ったら、今更だけど両親から何を言われるかわかんないし。だけど、竜の世界へ帰すまで、ずっとエイクレッドを隠して生活するってこともできないし」
(本当のことは言えない、か。じゃあ、嘘をつくしかないな)
「直球……」
うまい言い訳のアドバイスを何かもらえないか、と思ったのに。解決策は「嘘をつく」だった。
(仕方ないだろ。適当にごまかすのと、嘘をつくのとそう変わらないし)
確かに「本当のことを言わない」という点では同じだ。
「だけど、どう言えばいい?」
(竜は身体のサイズが変わることがあるらしい、とかな)
「え、そのまんまじゃない」
嘘と言うより、見たままのこと。
(変に突っ込まれなくて済むだろ。実際、状況によって変わることがあるらしいし。だから、今はサイズが違う。何も知らない人間ならそれで納得するはずだし、魔法使いでも竜のことはわからない点が多いから、そんなことはありえない、とは強く言えないからな)
「おー、知能犯」
(こら)
少し気分が軽くなって、ルナーティアはくすくすと笑う。
本当のことを話せない以上「ありえそうなこと」を言うしかない。小さくなってしまった理由をわからないことにすれば、それで話が終わる。
割り切ってしまうと、開き直れるようになってきた。
下手な嘘をつくと自分の首を絞めかねないが、レシュウェルが今言ったようなことなら誰も追求できない。竜に未知な部分が多くて、助かった。
絶妙な嘘のアドバイスに、ルナーティアはひたすら感心する。
「ありがとう、レシュウェル。やっぱり、相談してよかった」
身体に込められていた余計な力が、ふっと抜けた気がする。
(どういたしまして。ああ、エイクレッドにも、その話はしておけよ。エイクレッドの口から、そんな事実はないよ、なんて出たら意味がないからな)
言われてエイクレッドの方を見るが、まだ小さな竜は眠っている。
「うん、わかった。明日、目を覚ましてくれるかなぁ」
(こればっかりはな。エイクレッドが起きなくても、ルナーティアはいつも通りにしておくんだぞ。おろおろしていたら、その嘘も信憑性がなくなるからな)
サイズが変わることがあるらしい、などと言っておきながら、そのルナーティアが心配そうにしていたら「どうして?」と突っ込まれる。
ここで墓穴を掘ったら、この後で何を言っても信用してもらえない。
「ん、気を付ける」
言いながら、ルナーティアは「あたしってポーカーフェイスが苦手だからなぁ」と少し心配になった。





