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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第五話 金(ごん)の魔珠

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5-11.応急処置

 誰もがはっとして注目する中、エイクレッドの目がゆっくりと開く。

「あれ……ぼく、どうなったの?」

 わずかに頭を上げながら、弱々しく尋ねる。声は小さいが、確かにエイクレッドは意識を取り戻したのだ。

「エイクレッド!」

 ルナーティアはレシュウェルの腕ごとエイクレッドを抱きしめた。

 気が緩んで泣き出したルナーティアをレシュウェルがなぐさめ、リクリスや炎馬達はほっと一息つく。

「とりあえず、最悪の危機は脱したのかな。ディージュ、ログバーン、ありがとう。きみ達のおかげだよ」

 感極まっているルナーティアと、その彼女に対応するのに忙しいレシュウェルの分も込めて、リクリスは炎馬達に礼を言った。

「大した力じゃないから、どってことないわ」

 礼を言われて悪い気はしないし、竜を助けられたのなら光栄だ。

「しかし、今のはあくまでも、応急処置でしかないだろう?」

 冷静に分析するログバーンの言葉に、リクリスは小さくうなずいた。

「そうだね。冷えた身体を少し温めたくらいのレベルだと思う。エイクレッドの大きさは元に戻っていないから、魔力が回復した訳じゃないんだ」

 エイクレッドのサイズから見て、振り出しに戻るどころか、さらに後退しているとみていい。

「さぁ、早く戻ろう。今は少しでも、エイクレッドを休ませた方がいいよ」

 リクリスにうながされ、二人はうなずいた。

 必要素材の「鋼鉄の牙」だが、エイクレッドが火を吐いた時にうまく切れたものが地面に落ちていた。

 ほとんどがギルードルに集中していたが、わずかにそれた力が黒い鉄の草を焼いていたのだ。

 それを拾い上げると、一行は帰路についた。

☆☆☆

 カラスーマから、人間界へ戻る。戻る前に、薄気(はっき)の術をかけるのも忘れない。

 本当なら、このまま帰ってエイクレッドを休ませたいところだが、採取した素材が新しいうちに(ごん)の珠を作る必要がある。

 素材を取り置きしておくことがあまり望ましくないから、今回のように目的地がそれぞれ遠くても一つの珠の素材だけを採取しているのだ。

 少しでも確実に、魔珠鏡の術を成功させるためである。

 それなら、珠を作るのはレシュウェルなのだから、ルナーティアはエイクレッドと帰ればいいのだが、エイクレッドがそれを拒否した。

 自分のための術なのに、そこにいられないのがいやなのだ。

 これ以上は具合が悪くなりそうな様子もないので、一緒に連れて行くことにする。

 リクリスの研究室へ戻ると、留守番役のパフィオが待っていた。

 ルナーティアの目が赤くなっているのを見たパフィオは、同時に彼女の手の中にいるエイクレッドが前より小さくなっていることに気付く。

「詳しくは、後で話すよ。先に珠を作ってしまおう」

 何か言いたげなパフィオを制し、リクリスはレシュウェルをうながした。

 レシュウェルがルナーティアのリュックから、今回持ち帰った素材を取り出す。それらをテーブルに並べ、パフィオが渡した魔法書に目を通すと、呪文を唱えた。

「ヤキキオヨ テセワアナンミ シュマノゴン レハナシカンヘ レハナリナ」

 呪文が終わると、三つの素材がふわりと浮かぶ。

 渦巻きの形をした銀色の貝に、固いはずの黄木(こうぼく)の皮がまるで布のように巻き付いた。それが宙で、くるくると高速で回る。

 やがて、金の表面に銀の紐が巻き付いたような珠になる。

 そこへ黒い「鋼鉄の牙」が、まるで溶けたチョコレートのように、珠の一部へかかった。

 やがて、さっきまで素材があったテーブルへ、珠はゆっくりと降りる。

 黒い部分が立て爪のように見え、リング部分はないが真珠の指輪っぽく見えた。

 もちろん、指輪のようなサイズではなく、これまでの珠のようにほぼテニスボール大だ。

「これで……完成?」

 その様子を見ていたエイクレッドが、小さな声で尋ねた。

「ああ、ちゃんと成功したぞ」

 レシュウェルの答えを聞くと、エイクレッドはほっとしたような表情になり、ルナーティアの手の中でまた眠りに落ちた。

「それで、何があったの?」

 リクリスがいつものように、保管用のロッカーに珠を持って行くのを見送りながら、パフィオは二人に尋ねた。

「素材は無事に集められたようだけれど、あまりいい出来事は起こらなかったみたいね」

「いいのか、悪いのか、角度によって違いますが」

 レシュウェルは、今日パラレル魔界で起きたことを話した。

 魔性が現れたこと。それを、エイクレッドが完全に撃破したこと。

 ロッカーに鍵をかけながら、リクリスも時々話を補足する。

「そう……ルナーティア、怖かったでしょう」

 パフィオがルナーティアの肩を抱く。

「あたしのことより、エイクレッドが……」

 ルナーティアの手の中で、エイクレッドは眠っている。もしかすると、気絶に近いのか。エーカンドゥでエイクレッドを見付けた時のようなものだろう。

 いや、あの時より身体が小さくなっているから、もっとよくない状態だ。

「あの時、転ばなきゃ……」

「どうしても不可抗力はあるものよ。レシュウェルがいいのか悪いのかって言ったけれど、エイクレッドのおかげであなたはケガをせずに済んだし、エイクレッドはちゃんと生きている。だから、これはいいことよ。今のエイクレッドは少しショック状態みたいなものでしょうけれど、魔珠鏡の術が完成するまでこれからも魔果を食べさせればいいし、術が成功すればエイクレッドは帰れるの。ルナーティアは、自分を責める必要なんてないわ」

 ルナーティアは涙をためながら、パフィオの顔を見る。

「エイクレッドが目を覚ましたら、ルナーティアはありがとうって言っておけばいいんだ。ルナーティアがそうやって泣いていたら、エイクレッドが悪いことをしたのかって思いかねないぞ」

 せっかく助けてくれたのに、さらに余計な気を遣わせてしまう。それは、ルナーティアの望むことではない。

 エイクレッドに言うべき言葉は「ごめんね」ではなく、レシュウェルが言うように「ありがとう」だ。

「……うん、わかった」

「竜に助けてもらったんだよ。むしろ、自慢してもいいんじゃないかな」

 リクリスの言葉に、ようやくルナーティアの顔にわずかな笑みが戻る。

「さて、あとは(すい)の珠と、鏡の分だね。あと二回……これもぼく達が同行した方がよさそうかな」

「でも、ギルードルはあの時にエイクレッドの火で、完全に絶命したはずですよ」

 直接浴びなくても、エイクレッドの火のエネルギーは高い、と感じられた。いくら魔性でも、あの火の中で生きていられるとは、とても思えない。

 実際、火が消えた後でギルードルの気配も姿も全く感じられなくなっていた。逃げたのなら、炎馬達がわかるはずだ。

「うん、ギルードルはね。ただ、エイクレッドのあの火は、相当なエネルギーだった。あれで竜の存在に気付いた誰かが、次に行った時に現れるかも知れない。いきなり襲って来なくても、様子を見に来る可能性は十分にあるよ。その時、エイクレッドに魔力があまりないとわかれば、ギルードルみたいに襲ってやろうって思うことだってありえるからね」

 レシュウェルやリクリスがギルードルを撤退させていれば、気付かれないままでいられたかも知れない。

 だが、エイクレッドが大きな……あの場において大きすぎる力を使った。

 人間とは違い、魔物や魔性は魔力にとても敏感だ。もしかして、と思って現れることは考えられる。

 今日みたいなことがまた起きても、その時はエイクレッドも攻撃はできないだろうし、レシュウェルだけで対応できる相手かもわからない。

 そう考えていくと、危険は全く消えた訳ではないのだ。むしろ、増えたと考えた方がいい。

「確かに、放ってはおけないわ。魔性を一瞬で消滅させる程の力だもの、気付かれないはずがない。気付いても現れなければ問題はないけれど……そうもいかないでしょうね」

 魔物も魔性も、数限りなく存在する。現れる、と考える方が自然。

「でも」

 そう言って、パフィオはルナーティアの顔を覗き込んだ。

「今は休みなさい、あなたもエイクレッドも。早く竜の世界へ帰らせてあげたいでしょうけれど、無理をする必要はないのよ。できあがった珠は、素材とは違って劣化することはないのだし、少しくらい時間がかかっても問題はないわ」

「……」

 早く帰らせてあげたい、というのは、あくまでもルナーティアの気持ち。エイクレッドが口に出して、そう望んだ訳ではない。

 力が弱くなってしまったエイクレッドを、パラレル魔界で振り回す方がずっとよくない、とも言える。

「それに……高等部はそろそろ定期試験があるでしょ?」

「あっ」

 言われて、いやなことを思い出した。学生をしているとついて回る、もしかしたら魔性よりもいやな存在。

「ルナーティアの成績が悪くなった、なんて知ったら、エイクレッドが気を遣ってしまうわよ」

「え~」

 ルナーティアの情けない声に、レシュウェルもリクリスもくすっと笑う。申し訳ない、という気持ちから少し意識が離れたようでもある。

「弱い部分があるなら、俺が面倒みてやるから」

 レシュウェルがルナーティアの頭に手を置き、違う意味で泣きそうな顔のルナーティアは小さくため息をついた。

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