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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第五話 金(ごん)の魔珠

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5-10.エイクレッドの火

「へへっ、ちっこさは変わらなくても、前に見た時よりはちょっと魔力が強くなってんじゃねぇか。でも、まだまだだな」

 ギルードルには、エイクレッドの回復が感じ取れるらしい。とは言っても、まだ自分に抵抗できるだけの力はない、と甘く見ている。

「少しだけど、前より大きくなってるよっ」

 サイズが変わらないと言われ、エイクレッドは強く否定した。

「あきらめない気持ちは大切だけれど、潔さも大切だよ。少なくとも数の上では、圧倒的にこちらが有利だ。それでもやるつもりかい? それなら、もう遠慮はしないよ」

 今までと同じく、できるなら余計なバトルはしたくない。

 付き添いとして同行するリクリスには、ディージュにも話した通り、学生を守る義務がある。少しでも危険を回避するために、ギルードルがおとなしく引いてくれるのが一番だ。

「遠慮しない? けっ、上等だぜ。多少の苦労をして手に入れた方が、味もよくなるってもんだぜ」

 リクリスが警告しても、ギルードルは全く引くつもりはないようだ。この魔性の口調からして期待はしていなかったが、やはり交渉決裂である。

 リクリスがギルードルと短い会話をしている間に、レシュウェルはルナーティアのそばへ行って、肩にいるエイクレッドをつかんだ。

「わっ」

「エイクレッド、ここに入ってろ」

 ギルードルの狙いは、もちろんエイクレッド。ルナーティアの肩にいれば、彼女も一緒に狙われる。それを避けるためだ。

 エイクレッドが返事をする前に、レシュウェルは小さな紅竜をブルゾンのポケットへねじ込むようにして入れた。

「俺様は絶対、竜の心臓を喰ってやるぜっ」

 叫ぶように言いながら、ギルードルはルナーティアを狙って長く伸びた爪で斬りかかった。

 だが、レシュウェルが、さらにリクリスが出した防御の壁がその攻撃を阻む。二重の強固な壁は、魔性の爪程度では傷など付かない。

 だが、ツルギドリのくちばしが当たった時のような音が響き、ルナーティアは悲鳴を上げた。

「あきらめの悪い奴だ」

 ログバーンが、火の弾を飛ばす。ディージュも火を吐いた。レシュウェルとリクリスが、そこへ便乗するように火の矢を飛ばす。

 しかし、ぎりぎりのところでギルードルは逃げた。素早さが少し上がったようだ。

「けっ、そう何度もお前らの攻撃を受けてたまるかよ」

 少年の姿が獣に変わる。

 人間サイズのイタチだ。牙は鋭く、爪は長い。一度見た姿だが、ルナーティアは背筋が寒くなる。

 これまでにも自分達を襲って来る魔物はいたが、言葉が通じてなおかつ襲われるのは、単に襲われるより怖い。明確な殺意が、理解できる言葉で伝わってくるからだ。

 ギルードルの赤黒い目がルナーティアを見て、それからレシュウェルへ移る。

 どうやら、エイクレッドがルナーティアからレシュウェルへ移動したことに気付いたらしい。

 レシュウェルはギルードルの攻撃を受けられるよう、構えた。

「ったく、雁首ばっかり揃えやがってよぉ」

 ギルードルの目が光る。途端に竜巻が起き、周囲に砂や小石を巻き上げた。

 前回までとは違い、少しは魔法を使うことを覚えたようだ。

 結界があって直接被害がなくても、三人は思わず腕で顔をかばう。炎馬達もその場で踏ん張り、顔をそむけた。

「きゃっ」

 ルナーティアが小さな悲鳴を上げて、その場に転んだ。少し動いた時に風で転がった石を踏んでしまい、バランスを崩したのだ。

「手始めに、お前から喰ってやるよっ」

 牙をむきだしながら、ギルードルがルナーティアに飛びかかる。

 え……あたしから? うそでしょ……。

 あらかじめ結界を張ってあるので一気に傷付けられることはないが、それでもその勢いで結界が破られかねない。

 飛びかかるギルードルを見て、ルナーティアは完全に動けなくなってしまう。

 そんな彼女に、レシュウェルとリクリスがまた防御の壁を出そうとした時。

「ルナーティアを傷付けるなっ」

 レシュウェルのポケットから飛び出したエイクレッドが、そのまま宙へと飛び出す。さらに、その口から火を吐き出した。

 ルナーティアの手のひらに乗る程でしかないサイズの竜から、ギルードルを完全に包んでもまだ余りある程の大きな火。

 その場にいた誰もが、その火の大きさと強いエネルギーに驚く。

 一番驚いたのは、攻撃されているギルードルだ。

 この小さな竜から、こんな火が出るはずはないのに。

 とても逃げ切れない火の大きさに、魔性であるはずの彼の足がすくむ。

 前回もその前も、レシュウェル達によって火柱に包まれたが、あの時のエネルギーとは比べものにならない。

 これが竜の力、だと……。

 あの小さな竜から感じられる力は、こんなものではなかった。もっと弱々しい、片手でひねりつぶせるくらいの力に思えたのに。

 竜自身が文句を言っていたが、前回より身体が大きくなったとしても、笑えるくらいに微々たるもの。魔力だって、それに比例したものだ。

 魔法使いや魔獣の邪魔がなければ、どうとでもできる相手だったはずなのに。

 小さくても竜、か……。

 自分の身体と意識が消えゆく中で、ギルードルはそんなことを考えていた。

 魔力が落ちても、竜は竜なのか、と。

☆☆☆

 火が消えた後、ギルードルの身体はどこにもなかった。気配も何も、まるで残っていない。

 逃げた訳ではなく、完全に今の火で消されたのだ。

「エイクレッド!」

 誰もが竜の名を叫んだ。

 火を吐いたエイクレッドは、そのまま地面へと落下していく。だが、レシュウェルがぎりぎりのところで受け止め、地面への激突は免れた。

「エイクレッド、しっかりしろ!」

 レシュウェルの手のひらで、エイクレッドはぐったりとなっている。

 目は閉じられ、完全に意識を失っているようだ。身体も、これまでより小さくなっている。

 明らかに細く、全体的に短くなって。

 魔力の回復にともなって、ようやく大きくなってきたのに。今は、出会った頃よりも小さく感じられた。心なしか、身体の色も暗い。

 転んだままだったルナーティアは、慌てて立ち上がるとレシュウェルの方へと駆け寄る。

「エイクレッド……エイクレッド、お願い、目を開けて」

 だが、ルナーティアの声にもエイクレッドは反応しない。その目は、閉じられたままだ。

「今までに戻った魔力を、ほぼ使い切ったんだろうね。恐らく、きみ達がエイクレッドを見付けた時の状態になっているんだ。いや、それよりさらに魔力を失った状態かも知れない」

「せ、先生、どうしよう。あたしのせいで……エイクレッド、死んだりしない?」

 ルナーティアが涙を浮かべる。

 エイクレッドはルナーティアが襲われるのを見て、後先考えずに攻撃に出たのだ。それがわかるから、ルナーティアが「自分のせいだ」と思ってしまうのも仕方がない。

 自分が転んだりしなければ、と。

「あの時より魔力が落ちたとなると……」

 どうなるだろう。

 リクリスに限らず、竜と深く関わっている魔法使いはほぼ存在しない。少なくとも、そういった資料が世間に出回っている、という話は聞いたことがない。

 なので、情報がなさすぎる。推測ならいくらでもできるが、楽観していいかの判断もつかないのだ。

「どうしよう……ねぇ、エイクレッド……」

「ルナーティア、落ち着け。命が尽きた訳じゃないんだ」

「だけど」

 エイクレッドは、ルナーティアを守ろうとしてくれた。でも、そのせいでエイクレッドが死ぬなんて、ルナーティアには耐えられない。

 エイクレッドを見ていたリクリスだったが、ふと炎馬の二頭が視界に入った。

「……そうだ。ディージュ、ログバーン。きみ達の火の力を、エイクレッドに注いでくれないか」

「我々の火の力?」

「紅竜は、火に属する。ぼく達の使う魔法とは違い、純粋な火の力を持つきみ達なら、その力を分けられるかも知れない」

 炎馬達は、お互いの顔を見る。

「私は構わないが」

「ええ、いいわよ」

 少しくらい火の力を注ぎ込んだくらいで倒れる訳ではないし、ちょっと火を噴いたと思えばいいのだ。

「ありがとう。レシュウェル、エイクレッドを彼らの前に差し出して」

「は、はい」

 エイクレッドを手のひらに乗せたまま、レシュウェルは炎馬の前に手を伸ばす。その小さな竜へ向けて、炎馬達は息を吹くかのように火を噴いた。

 レシュウェルは熱さをまるで感じず、火の力はエイクレッドのみに集中している。

 ルナーティアはぐったりとなったままのエイクレッドに火が吸い込まれるようにして流れるのを、じっと見ていた。

 一分も経たない頃、どちらともなく炎馬は火を噴くのをやめる。

 どれだけ、いつまでやればいいか、誰にもわからない。一旦様子をみるためだ。

「どうだ? 火の力が吸い込まれてゆくような感覚はあったが」

「さっきの火は、かなり強かったものね。純粋な火の力とは言っても、私達と竜では同じ火でも質が違うわ。この程度で戻るのは、正直難しいかも」

 人間の目と魔獣の目が、エイクレッドに集中する。何も反応がなく、リクリスはもう一度火を噴いてくれるように頼んだ。

 再び、火の力がエイクレッドを包む。

「エイクレッド……」

 ルナーティアが声をかけ、エイクレッドの前足がぴくりと動いた。

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