5-08.黄色いエリア
次は、西地区のオムローだ。
ビョードインからは少し距離があるのだが、炎馬にすれば大した距離ではない。
「次は何を探すのだ?」
「黄色く光る木だ」
「黄色? ああ、やたら花粉が落ちる木のことか」
「ログバーン、見たことあるの?」
「間近ではないが、上空を通ったことがある。見る高さによっては、黄色い花畑のように見える場所だ」
「あそこ、あんまり近付かない方がいいわよ。身体中が黄色くなるんだから」
ログバーンと宙を併走するディージュが、口をはさむ。
「あら、ディージュはそうなったことがあるの?」
「まさか。友達が好奇心で、あの辺りへ行ったのよ。背中の黄色がなかなか取れないって、しばらくぼやいてたわ。自分では見えないからいいじゃないって言ったんだけど、どうしても気になるって。それならいっそあきらめて、水で洗えばって言ったら、怒ってたわ」
「炎馬に水って、ディージュも無茶を言うねぇ」
話を聞いていたリクリスが、苦笑する。
炎馬が水に入ったりしたら、水の量によっては沸騰してそこにいる生物が煮えてしまうし、炎馬自身も身体が乾くまでかなり体力を削られてしまう。
どうしても水に入らなければならない状況なら、しっかり結界を張ったりするのだろうが、洗うことが目的ならそれもできない。
リクリスが言うように、無茶な行為なのだ。
「だって、放っておいてもそのうち取れるんだもん。だけど……そうね、白い身体が黄色くなったりしたら、私だっていやだわ」
ログバーンもディージュも、燃えさかる火のたてがみと蹄と尾以外は真っ白だ。それが一部とは言っても黄色くなれば、気になってしまうだろう。
たぶん、黄ばんだシャツみたいに見えてしまう。口にしたら怒られるだろうが、小汚く見えてしまいそうだ。
「ぼく達はちゃんと結界を張るから、安心していいよ」
魔法の攻撃を阻むための結界だが、張り方によっては物理攻撃もかなり軽減できる。花粉は攻撃ではないが、そういうものだという前提で結界を張れば、付着することはかなり避けられるのだ。
レシュウェルとリクリスは目的地へ近付く少し前まで来ると、自分達が乗る炎馬ごとしっかり結界を張っておいた。
やがて見えた来たのは、明るい黄色が広がるエリアだ。
そこには、黄木と呼ばれる木が立ち並んでいる。二メートル程の高さで、幹は直径が三十センチはあるだろうか。少しずんぐりしたイメージの木だ。
その木にはたんぽぽのような黄色の小さな花が咲くのだが、その花粉が大量に落ちてしまう。そのため、地面も幹もその花粉で黄色く染められている。
なので、ログバーンが話したように、少し離れた場所から見ると「黄色い花畑みたい」と言われるのだ。
ちなみに、葉もたんぽぽの葉のような形をしているが、表面がつるんとしているので、自分達の花粉が付着することはない。
本には「光合成をするため、花粉でそれを妨害されないようにしているようだ」と書かれていた。
それを読んでルナーティアは「自分だけ影響を受けなくて、ずるいな」と思ったりしたが、それはともかく。
今回必要なのは、この花粉で黄色く染められた木の皮。いわゆる、樹皮である。
近付けば、その花粉は粉と言うより細かい金箔のようで、光の当たり方によってきらきらと輝く。
そのため、素材の名称にわざわざ「黄色く光る」という言葉が付くのだ。
炎馬はともかく、ルナーティア達にこの花粉が付着しても水洗いで落ちるし、特に毒ではない。木そのものも特に毒性はないので問題はないのだが……。
これまでにもルナーティア達が経験してきた、別の問題がある。
花が咲けば、だいたいそこには蜜があるもの。その蜜を求める生物がいるのだ。
とは言っても、ここでは蜜を求めるのは蝶。そして、これは魔物ではない。魔界にいる生物の一種だ。
しかし、その蝶をエサにするものがいて、それが魔物なのである。
結局、どこにいても魔物は出て来るのよね……。
この辺りにはこういう魔物が、という文を読んで、ルナーティアはこっそりため息をついた。
行き先がパラレル魔界だから、魔物が現れても文句は言えない。自分がやると決めたことだから、なおさら。
さっきのヤドカリもどきをエサにしていたイグアナもどきの魔物とは違い、蝶をエサにしている魔物は他には興味を示さない。だが、蝶しか見ていないので、こちらが注意しなければ危ないのだ。
「別の場所で、蜂をエサにしている鳥がいたわよねぇ」
その時の鳥も、自分がほしいと思っているエサの蜂しか眼中になかった。どこの世界にもどのエリアにも、似たような食物連鎖は存在しているのだ。
ここの蝶をエサにしている魔物は、ツルギドリと呼ばれる鳥。
その名の通り、くちばしが剣のように長く鋭い。色も鈍い銀色なので、飛んでいると剣に羽が生えたように見える。
身体とくちばしの長さが、それぞれおよそ三十センチとほとんど同じで、二羽以上で行動することが多い。くちばしが長すぎて、羽つくろいが自分ではできないせいだ、と本には書かれていた。
確かに、自分の首元が汚れても、そのくちばしが曲がってくれない限り、自分ではどうしようもなさそうだ。
やがて着いた黄木の林は、目に入る色がほとんど黄色と緑だけだった。
花粉が落ちて地面も黄色いとは知っていたが、地面の色が見えない程に花粉が落ちている。元々の地面がこんな色、と言われても納得してしまいそうだ。
「あの子も、よくこんな場所へ来たわねぇ」
風もないのに黄色の粉が花から落ちているのを見て、ディージュがつぶやく。さっき話していた、友達のことを思い出しているようだ。
ルナーティア達から見れば、木にたんぽぽが咲いているようだが、花が何であれ花粉の量は確かにすごい。枝も幹も、本当に黄色くなっている。
きらきら光るので、本当に金が舞っているように見える時があった。これが本物の金なら、ちょっとした宝の山だ。
「粉塵爆発が起きそうだな」
花の大きさもたんぽぽとほとんど変わらないが、その数がすごかった。一本の木に咲いている花は、百を下らないだろうと思われる。
そんな大量の花から花粉が落ちるのだから、周囲が黄色くなる訳だ。この辺りの空間まで、黄色く染まっているように見える。
これだけ花粉が降ってくると、いくら毒はないと言われても身体に悪そうな気がした。たぶん、のどや鼻が弱い人は来ない方がいいだろう。
そんな黄色に染まった場所だが、ところどころに黒いものが花にくっついている。これが、蜜を求める蝶だ。
大きさは、人間界のアゲハくらいか。パラレル魔界にしては、まともと言えるサイズだ。
本来、この蝶の羽は黒らしいのだが、花粉に染まって黄色と黒のまだら模様になっている。その色合いだと、毒を持っている個体みたいだ。
一応、資料によれば毒はないようなのだが……本当にそれを信用していいのだろうか。その羽が、やたら毒々しく見えて不気味だ。
「鳥は……いないみたいね」
ルナーティアが、周囲を見回して確認する。それらしい影は、今のところ見当たらない。
「現れないうちに、さっさと済ませるか」
二人はログバーンから降りた。
レシュウェルはルナーティアが背負っているリュックから、マイナスドライバーを取り出す。これで、木の幹の一部をはがすのだ。
カッターナイフでもよかったのだが、どれくらいの固さかわからないし、力の加減によっては刃が折れる。
ドライバーなら固くてしっかりしているので、樹皮をはがすならこちらの方が使い勝手はいいだろう、という判断だ。
レシュウェルが手近の木の幹にドライバーをあて、その間にルナーティアは樹皮を入れるビニール袋を取り出しておく。
一方、リクリスもディージュから降りると、自分のリュックから白い布を取り出した。ハンドタオルくらいのサイズだ。
それを宙へ放ると、まるで白い鳥が羽ばたくように布が舞う。だが、周囲は黄木の花粉が飛んでいるので、すぐに黄色く染まったようになった。
リクリスは布を飛ばしている間に出しておいたビニール袋の口を開け、布はまるで巣へ飛び込むようにして自分から袋へ入る。
「リックったら、何してるのよ」
「せっかく来たから、ついでに花粉の採集をね」
素材集めは、生徒の担当。とは言え、ここまで来たのだから、手ぶらで帰るのはもったいない。
特に問題がなさそうな場所で手に入るものは入れておけば、後々何かの役に立つこともある。
「術に必要なの?」
花粉が必要とは聞いていないエイクレッドが、その様子を見て尋ねる。
「今回はいらないよ。まぁ、ぼく自身がほしかった、というのが一番の理由だね」
リクリスは教授であり、研究者なので「何もしないではいられない」ということが多分にあるのだ。
「先生、リックって呼ばれてるんですね」
ルナーティアは、別の点が気になった。
そう言えば、ディージュがリクリスを呼んだのを聞いたのは、今が初めてではなかったか。
「うん。ディージュだけじゃなく、人間の友達にもそう呼ぶ人がいるよ」
教授の個人的な愛称を聞くなんて、なかなか珍しい機会かも知れない。
「鳥が現れたぞっ」





