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1-05.父の拒否

 三人はエイクレッドを連れて、魔導館へ向かった。

 一般の学校で言うところの、体育館だ。魔法の実技をする時は、ここで行われる。

 外観だけなら単なる体育館に見えるが、中へ入れば短い緑の草が生える大地と、明るい青空が果てしなく広がっている異空間だ。

 普通の講堂兼体育館もあるので、敷地内には大学部、高等部合わせて四棟の体育館が存在する。

 事情を知らない人が学内案内図を見れば、体育館ばっかり、と思うのだ。

 この魔導館では魔法の実技の他に、魔獣を呼び出すことも多い。

 外で呼び出し、万が一街の中へ飛び出してしまうと大騒ぎになる。特に見習いが魔獣を呼び出す時は、原則としてこの中でやるのだ。

 経験のないリクリスが竜を呼び出すとなると、魔獣召喚に慣れていない見習いが魔法を行うようなもの。

 予測できないことが起きた時にわずかでも被害が減るよう、リクリスはここへ来たのだ。

 それに、外でやったら間違いなく目立つ。大抵の竜は目立つことを嫌がるので、呼んでも来てくれないかも知れない。

「エイクレッド、あなたのお父さんかお母さんの名前、教えてくれる?」

 ルナーティアが、手に乗せた紅竜に尋ねる。

「……お父さん、呼ぶの?」

 問われたエイクレッドは、口ごもる。あまり言いたくないような口振りだ。

「呼ばないと、あなただけでは帰れないでしょ?」

「親父を呼ばれたくない理由があるのか?」

 レシュウェルが遠慮なく尋ねる。腫れ物に触るように話していたら、話が前に進まないので。

「ぼく……こっそり来たから」

「黙ってこちらの世界へ来た、ということかな? ちょっとこちらの世界を見て回って、適当な時間に戻るつもりだったんだね」

 リクリスの言葉に、エイクレッドはうなずいた。

 人間の子どももたまにやる「ぷち家出」みたいなものだろう。もしくは、冒険。

「こっそり帰りたいって気持ちもわかるが、もうあきらめろ。お前だけじゃ、今はどうしようもないんだ。この状態のままでいて問題がないのかってことも、俺達にはわからないからな」

「う……」

 レシュウェルに言われてエイクレッドはしょんぼりするが、事実なのでルナーティアもかける言葉がない。

 しばらくして、ようやくエイクレッドは父竜であるオウレンの名前を告げた。

「じゃあ、呼んでみるよ。レシュウェル、もし何か起きそうな気配があったら、すぐにルナーティアと逃げるか、防御の壁を出すようにね」

 竜を相手に「何かあった」ら、防御も逃走も無理な気がするが、やれることはやらなければ。

「わかりました」

 リクリスから少し離れ、ルナーティアとレシュウェルは術を見守る。

 いくら教授という地位にあるリクリスも、呼び出したことのない竜を呼ぶことになって、多少の緊張感はあるようだ。

「ガエコノコ ラタエコキシモ ウリュウユトンサンレウオ レハナンクテキデマココ」

 ルナーティアはまだ召喚の術を習っていないので、リクリスの唱える呪文の中身がよくわからない。

 それでも、唱えられている言葉の中に、エイクレッドが告げた竜の名前が聞こえたような気がした。

 やがて、周辺の空気が変わってきたのを感じる。レベルの低いルナーティアでさえ、何かが現れる気配を本能的に感じ取った。

 緊張感を強いられるような感覚に、ルナーティアは横にいたレシュウェルの腕に掴まる。

 大丈夫だ、とでも言うように、ルナーティアの手にレシュウェルが手を重ねた。

 目の前の空間に、巨大な赤い空気の塊のようなものが現れる。人間三人どころか、電車の一両くらい簡単に吸い込んでしまいそうな程に大きな渦だ。

 でも、ルナーティアにはそう見えるだけで、自分や周辺の空気が吸い込まれそうな感覚はない。

 その赤い渦は、見てる間に赤い竜の姿へと変化した。ゆるくとぐろを巻くような形で、その身体の周辺は白くぼやけている。

 完全にこちらの世界へ来たのではなく、空間の穴からこちらを覗き込んでいる、という形らしい。

 それでも、その身体の大きさは十分わかる。全てがこちらに現れれば、軽く三十メートルは越えるだろう。レシュウェルに聞いた通りだ。

「私を呼んだか、魔法使い」

 もっと低音の声を想像していたルナーティアだが、若く感じる声だ。

 まだ年齢は聞いていないが、話し方から推測するに、エイクレッドは小学校低学年かもっと下。その父親だから、人間にすれば二十代後半か三十代……くらいだろうか。

「はい。ぼくはリクリス。魔法学校キョウートの者です。あなたは、紅竜のオウレンで間違いありませんか」

「確かに、私の名はオウレン」

 呼び出した竜が、こうして応えてくれた。ひとまず、術は成功だ。

「あなたに尋ねたいことがあって、来てもらいました。あちらにいる小さな竜は、エイクレッド。あなたの子どもですか?」

 ルナーティアが手に乗せている紅竜をリクリスが指し示し、エイクレッドはすでに小さな身体をさらに縮める。

 鮮やかなルビーレッドの身体。黒い角。ワインレッドの瞳。色や形だけなら全く同じなのだが、大きさはまるで違う。

 エイクレッドが本来のサイズになったら、親子らしく釣り合いがとれた絵になるのだろうか。

 今のエイクレッドは、目の前にいる巨大な竜の爪よりも小さい。

「エイクレッド……何だ、そのなりは」

 表情は変わっていないが、口調にやや怒気が含まれている。

「えっと……」

 その口調が怖いのか、エイクレッドは口ごもる。

「あちらのレシュウェルとルナーティアが、エイクレッドを見付けました。彼らの話とエイクレッドの話から推測するに、近くにあった魔除けのための祠に力を奪われたようです。自分では帰ることが無理なようですから、あなたに連れ帰ってもらおうと来てもらいました」

「その必要はない」

「え?」

 三人と、小さな竜の声が重なる。

「まだよその世界への行き来もままならない子どもが、知らない場所でうろうろするからそうなるのだ。戻れないと言うのなら、戻れるようになるまでそこにいろ」

「えーっ」

 一番驚いたのは、もちろん当事者のエイクレッド。

 こっぴどく叱られることは想定していたが、まさか放って帰ることを断言されるとは思っていない。

「あの、お父さん。この子、まだ小さいでしょ。それなのに、放って行くの?」

 どきどきしながら、ルナーティアは何とかフォローしようとする。

「まがりなりにも、竜の子だ。放っておいても、そう簡単に死ぬことはない。一年くらい食べることができなくても、問題はない」

「問題はないって……そういう問題じゃ」

 あんまりな対応に、ルナーティアはまともに言い返すこともできない。父の言葉に、エイクレッドはただ呆然としている。

「死ぬことはないって言うが、先生の話は聞いただろ。力を奪われているんだ。いつものように、簡単には死なないって言い切れないぞ」

 レシュウェルもフォローするが、オウレンの態度は変わらない。

「なら、それまで。親の言うことも聞かず、勝手によその世界へ行くからだ。魔力が奪われたと言うのなら、自力で回復させて戻って来い。ルナーティアとレシュウェル、と言ったか。それとリクリス。手間を取らせた。それについては、深く謝罪する。愚息は放っておいて構わない。では」

「え……オウレン、本当に置いて帰るんですか」

 リクリスが呼び止めようとするが、巨大な紅竜の姿はあっという間に消えてしまう。後には、初期設定空間の青空と果てしない草原だけ。

「これはまた……考えてもいない展開だなぁ」

 それまで紅竜が存在していた空間を眺めながら、リクリスがつぶやいた。誰もがあっけにとられている。

 無事に竜を呼び出せたまではよかったのに、その後がまるで予想できない展開になってしまった。

 勝手な想像だが、てっきり「ああ、すみません。お世話をかけました。連れて帰ります」的な流れになると思っていたのに。まさか「放っておいてくれ」となるとは……。

「放任主義と言うのか、スパルタと言うのか。どっちにしろ、厳しい親父だな。怒鳴られるよりもいやなパターンだ」

「お父さんがダメなら、お母さんを呼んだらどうかしら」

「たぶん、もう無理だろうねぇ。あの様子だと、家族にはオウレンの口から迎えに行くのは禁止って話が出てると思うよ。人間なら母親がこっそりってこともあるけれど、竜だと戻って来たことは気配ですぐにばれるだろうから……難しいね」

「ふぇぇ~ん」

 情けない声で、エイクレッドが泣き出した。

 まさか父親が「本当に置いて帰る」とは思わなかったのだろう。泣きたくなる気持ちもわかる。

「あ、エイクレッド……いい子いい子。心配しないで。あたし達がそばにいるから。ね?」

 号泣する紅竜を、ルナーティアは小さな身体をなでながら慰める。

「いくら放っておいていいと言われても、本当にそんなことはできないよな」

 そんなことができるくらいなら、ルナーティアが木の根元でエイクレッドを見付けた時に「面倒なことが起きそうだから関わるな」とでも言っていた。

 どうしようかとわざわざ魔法使いに相談までして、短い時間ながら会話もしているから、放っておくなんてもう無理だ。

「とりあえず……ぼくの部屋へ戻ろうか」

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