4-04.因縁の地
「自分で結界や防御の壁を出すようにはしてますが、守ってもらえると思ったら安心できます」
「できることはしておいたわ。でも、過信してはだめよ」
「はい」
ルナーティアも、その辺りはちゃんと心得ているつもりだ。
「だけど、正直なところ、心配なのよね。エイクレッドを狙ったという魔性、あなた達の行き先によっては、また現れるように思えて……ああ、ごめんなさい。怖がらせるつもりはないんだけれど、警戒するに越したことはないと思うの」
「はい、わかってます。あたしも、何となくまた出て来そうな気がしてるし」
予測が外れてくれればいい。だが、よくない予測に限って当たることは……ままある。
「危なくなったら、すぐに逃げるのよ。無理に戦おうとしては駄目」
パフィオは、クラスメイトと同じことを言う。
「たとえその時に集めた素材を落としたとしても、それは放っておくのよ。素材はまた集められるわ。でも、命は落とすと、もう戻らないんだから」
もしかするとパフィオは、魔珠鏡の術をルナーティア達に教えたことを後悔しているのかも知れない。
珠を作るためにパラレル魔界で素材を集めなければならないのは、最初からわかっていたこと。それを学生達に話してしまったのだから。
パラレル魔界へ行けば、危険に巻き込まれる可能性が高い。そのことは、十分に予測できたことなのに。
実際、こうして危ない目に遭っている。何かあれば、責任を問われることにもなりかねない。
「今度、パラレル魔界へ行った時にまたその魔性が現れたら、その次は私達も同行しようかって話しているの」
「私達って……マロージャ先生もってことですか?」
ルナーティアは目を丸くする。
だんだん、話が大きくなっていないか。エイクレッドの魔力を戻すために「知恵」や「知識」を借りようとしただけなのに。
レシュウェルはリクリスに巻き込まれてもらおうと考えていたが、ここまで関わってもらうことを予想していただろうか。
「ええ。どちらかがね。珠はもう二つできている訳だし、魔性が出て来たからって、今更別の方法を考えよう、とはならないでしょ?」
「そう……ですね」
まだ二つ。でも、苦労して集めた素材を使い、レシュウェルの魔法で珠に作り上げた。
半分にも満たない数ではあっても、これであきらめるのは絶対にいやだ。
ルナーティアやレシュウェルがそう考えるだろう、というのはリクリスやパフィオにもわかっている。
だが、竜という特殊な存在に目を付けた魔性が、このままあっさり引き下がるとは思えない。どうにかして、竜の力を手に入れようとするだろう。
そう考えると、学生達だけで行かせるより自分達が同行した方が、やきもきしながら学校で帰りを待つよりずっといい、という結論に至ったのだ。
「ぼくが追い返せたらな……」
話を聞いていたエイクレッドが、ぽつりとつぶやく。それを聞いたパフィオが、苦笑した。
「竜なら簡単に追い返せるでしょうけれど、今のエイクレッドにはちょっと難しいわね。魔果で少しは魔力が戻っているかも知れないけれど、その魔力を攻撃に使ったら、ここへ来た時よりもっと小さくなるかも知れないわ」
そうなったら、いくら竜でも命の危険があるかも知れない。
ルナーティアがエイクレッドを見付けた時、エイクレッドは眠っていた。魔力を急激に奪われたためだろう、ということだったが、あれは眠っていたと言うよりは気絶だろう。
魔力の少ない状態でさらに無理をして魔法を使えば、今度は昏睡状態になることだってありえる。
「今度の日曜については、あなた達にまかせるわね。次以降は、そういうことも視野に入れて、考えていきましょうってことよ」
「わかりました」
ひとりの魔性の存在で、ちょっと面倒なことになりそうだ。
☆☆☆
土曜日。
ルナーティアは終業のベルが鳴ると、手早く荷物をカバンに入れて帰り支度を始める。そのカバンは、いつもより少し大きめだ。
「ルナーティア、急いでるみたいだけど、用事でもあるの?」
どちらかと言えば普段はのんびりしているルナーティアが、妙にせかせかしている。それを見て、カミルレが尋ねた。
「うん。ちょっとレシュウェルとね」
「あら、デート?」
「んー、ちょっと違うんだけどね」
レシュウェルとお出掛けならデートと言ってもいいのだが、今日の中心はエイクレッド。小さな竜にこの世界の動物を見せる、というのが目的だ。
でも……これってやっぱりデートみたいなもの、かな。
「じゃ、お先に」
ルナーティアはカミルレに手を振って、小走りに校門を目指す。校門のそばには、すでに長身の影が立っていた。
「レシュウェル、お待たせ」
その声で、レシュウェルがこちらを向く。
「俺も今来たところ。行こうか」
「うん」
二人並んで、地下鉄の駅へ向かう。
こんなふうに二人で帰る時、いつも今と同じように並んで歩くのだが、今日はうきうきしている。行き先がちょっと違うだけで、こんなにも気分が変わるものだろうか。
やっぱり、頭のどこかで「デート」って思ってるのかも。
「今更だけど、ルナーティアは制服のままでいいのか?」
大学部は私服で通学するが、高等部のルナーティアは制服。
「本当は駅のトイレで着替えようかなって思ったんだけどね。今はコートを着る季節だから、はおっちゃえばわかんないかなって」
制服のままであちこち遊びに行くと、生活指導の先生に見付かった時に注意を受ける。校則で禁止されている訳ではないが、あまりいい顔はされないのだ。
だからと言って、わざわざ家に帰るのは時間がもったいないし、面倒でも学校を出てから着替えよう、と思っていた。
でも、コートを着てしまえば、下にどんな服を着ているかなんて見えない、と気付いたのだ。
行く先は、コートを脱ぐ必要のない屋外の動物園。それならこのままで、とあっさり決めた。
今日のカバンが少し大きいのは、コートを替えるためだ。
制服の上に着るコートは真っ黒な面白味のないデザインで、葬式に着てもおかしくないもの。
せっかくデート(のようなもの)をするのだから、と遊びに行く時に着る白のダウンジャケットを持って来た。
小さくたたむのに苦労したが、軽いという点は助かっている。
そういうことで、ルナーティアは駅で電車を待つ間に、コートだけを着替えた。
「白のジャケットにエイクレッドがいると、ものすごく目立つな……」
「ぼく、すぐに見付かっちゃうね」
白の上に鮮やかな赤の身体は、確かに目立つ。その気がなくても、目を引きそうだ。
「エイクレッド、今日は俺の肩に乗ってろ。その方が、向こうへ行った時も見えやすいだろうし」
確かに、ルナーティアの肩よりレシュウェルの肩の方が高いから、見晴らしはよくなる。動物園でもよく見えるだろう。
それに、レシュウェルの服は黒のブルゾンなので、ルナーティア程にはエイクレッドの身体も目立たない。
エイクレッドがレシュウェルの肩へ移動すると同時に、ホームへ電車が入って来た。
電車の中でのエイクレッドは、マスコットかブローチもどきのふりをして動かない。もちろん、声も出さない。
朝の満員電車の時は、落ちた時のことを考えてルナーティアがポケットに入れる。そんなに混んでいない時は、肩に乗ったまま。エイクレッドも慣れたものだ。
おかげで、「何、これ?」と他の乗客に騒がれることもなかった。
二人は北地区のオッカザキー駅で降り、そこから五分も歩けばケフト動物園だ。
「エイクレッド、何ともないか?」
レシュウェルが、肩にいるエイクレッドに尋ねる。
「え? うん、平気だよ。どうして?」
「この辺りは、ヘイ・アーンの近くなんだ。エイクレッドの魔力を奪った祠もある。ここまでその効力が及ぶとは思わないが、もしかすればエイクレッドの力を吸い取ったことで、祠の力が向上しているかも知れないからな」
レシュウェルの言葉に、ルナーティアははっとする。
「あ、そっか。あたし、そこまで考えてなかった。ごめんね、エイクレッド。身体、おかしくなってない?」
エイクレッドはヘイ・アーンの近くにある祠で力を奪われ、そこから逃げるようにして移動し、エーカンドゥでルナーティアとレシュウェルに見付けられた。
オッカザキーはヘイ・アーンとエーカンドゥの間に位置し、言ってみればエイクレッドにとって因縁の場所に近いのだ。
ルナーティアはそんなことなどすっかり忘れ、ただ「エイクレッドに動物を見せてあげたい」ということだけを考えていた。ケフトの動物園はここだけだし、自然にここまで来て。
レシュウェルに言われ、その位置関係に初めて気付いたのだ。
「う、うん。何も感じないよ。もう吸い取るだけの魔力がないのかも」
「それならそれで、今はいいんだけどな」
魔果を食べて、身体が大きくなっているのだから、魔力は多少なりとも回復しているはず。ない訳ではないが、吸い取られる感覚はない、ということだろう。
「エイクレッド、おかしくなったらすぐに言えよ。ここを離れないと、また影響が出かねないからな」
「わかった」
動物園にまで影響を及ぼしている、とは思えないが、注意するに越したことはないだろう。





