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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第一話 魔力を失った竜

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1-04.こうなってしまった訳

「先に言っておくけれど、歳を重ねているだけで、ぼくには恋愛の機微なんてものはわからないからね」

「俺もわかりませんが、今はうまくいっているので」

 これも事実だし、ルナーティアとしては嬉しいのだが、まるでのろけに来たように思われそうだ。

 もちろん、リクリスは冗談で言っているが、それはそれ。

「ははは……。それじゃ、本題は何かな」

「今日、エーカンドゥの近くでこれを見付けて」

 言いながら、レシュウェルはルナーティアからベレーを受け取る。その中でまだ眠っている紅竜を、リクリスに見せた。

「え……これって、紅竜じゃないか」

「やっぱり紅竜ですか。よく似た魔物や魔獣の類ではなく?」

「ああ。姿が近い種類のものはいるけれどね。ここまで鮮やかな身体の色の生物は、そういないよ。それにしても、ずいぶん小さいなぁ。今は眠っているのかな? 封印されてどうこう……って訳でもなさそうだけれど」

 リクリスは、ベレーの中から紅竜を取り出す。

「あたし達が見付けてから、えーと……もう一時間半くらい経っているんですけど、こんな感じでずっと眠ったままなんです。こういうことって、よくあるんですか?」

「ぼくが知る限りでは、そういうことはないね。エーカンドゥの近くって?」

 リクリスに尋ねられ、二人はうなずいた。

「あの近くには、ヘイ・アーン地区があるでしょ。そこに、小さいけれど(ほこら)があるんだよ」

「祠?」

 ゴショーの街の東に位置する寺院エーカンドゥ。そこから西へ向かった所に、ヘイ・アーン地区がある。

 その辺りにはパラレル魔界へつながる道があり、昔は小物の魔物がそこからよく現れていたのだ。

 たとえ実害がなかったとしても、魔物が近くをうろうろしていたら怖がる人も多い。魔法使いのように、自己防衛の手段を持たなければ当然だろう。

 そこに魔法使い達が祠を建て、現れる魔物達の力を吸い取るようにしたのだ。

 吸い取った魔力で祠はさらに強くなり、やがてはそこから魔物が現れることはなくなった。

 当時はゴショーの街において結界のような役割をしていた、とも伝えられている。

 現在は、パラレル魔界から魔物が簡単に来られないように整備された。なので、この祠もお役御免になっているはずだ。

 恐らく、それがどういうものかを知らずに、その横を通り過ぎている人は多い。知識としてその存在を知っている魔法使いはいても、どこにいくつあるかを詳しく言える人はあまりいないだろう。

 ゴショーの街が一番多いが、ケフトの国のあちこちに似たような祠が点在しているのだ。

 お役御免とは言っても、今でも魔物の力を吸い取る力は、場所にもよるが、残っているらしい。何も知らない魔物がその近くを通ると、魔力を吸い取られて消えてしまうこともあるのだ。

 ちなみに、この祠は魔法使いが造ったものなので、魔法使いが近付いても魔力を吸われるなどの影響はない。そのため、魔法使いにもスルーされているようだ。

「これまでに、こういう事例は聞いたことがないんだけれどねぇ。あの祠は、人間以外の魔力に反応するようになっているんだ。もしかしたら、この竜が知らずにその近くを通って、魔力を吸い取られたのかも知れない。魔物みたいに消えることはなくても、その身体と命を維持するために小さくなったのでは、と考えられるね」

 眠っているのは、急激な変化によるダメージの回復をしているのではないか、とリクリスは言う。

 祠周辺でそんな目に遭い、慌ててその場から逃げてルナーティア達が見付けた場所まで来たら力尽きて、というところだろう。

「直接聞かないとわからないけれど、たぶん子どもだね。成獣なら、たとえ魔力を吸われたとしても、もう少し大きいだろうから。別の場所で意識を失って、誰かに祠の近くへ放り出されていたのなら、話は別だけれど……竜がそんな状況になるとは考えにくいね。まともな状態なら、その場が自分にとってよくないと判断して、すぐに離れるか防御するはずだよ。子どもだから、それをする余裕がなかったんだね」

 さすがは教授、と言うべきか。紅竜を見付けた場所とこの状況から考えられることを、すぐに示してもらえた。

「あの……これからどうすればいいですか」

 ルナーティアが、不安そうにリクリスを見る。

 事情は何となくわかった。当たらずとも遠からずだろう。で、次にどうするか、が問題だ。

 見られた方のリクリスも、困ったように頭をかく。

「パラレル魔界なら魔法使いも行けるけれど、竜はそことは別の世界にいるからね。人間が行くのは難しいとされているし、送り届けるのは困難だなぁ。もしこの子の親が近くにいたとしたら、気配を追ってそのうち現れるかも知れないけれど……見付けて一時間半も経っているなら、一緒に来ていない可能性の方が高いね」

「こいつが目を覚ましたとして、自力で帰れますか?」

「魔力がどこまで残っているかにもよるけれど、この状態を見た限りでは厳しいんじゃないかな。どれだけしっかり動けるかも不明だし、すぐには無理かも知れないね。竜が自分達で専用の道を通していれば、魔力がなくても何とかなりそうだけれど。……おや?」

 どうも明るくない話が続くなか、それまでずっと眠っていた紅竜がリクリスの手の上で身動きした。

 三人が見守る中で、ようやくその目が開く。身体が鮮やかなルビーの色だとしたら、瞳はワインレッドといったところか。

 しばらくぼんやりしていたが、やがて紅竜は三人の顔を見回し始める。

 その様子をイラストにして、さらに付け加えるなら。

 紅竜の頭の上に?マークと汗が大量に浮かんでいる、という状態。言葉にしなくても、相当焦っている様子だ。

 自分がどこにいて、どういう状況なのかがさっぱりわからない、といったところだろう。自分を見ているのは人間だ、と知っているだろうか。

「大丈夫だよ、落ち着いて。言葉はわかるかな? ぼく達は、人間界にいる魔法使いだ。きみが眠り込んでいたところを、この二人が保護してくれたんだよ」

 リクリスが、ゆっくりした口調で説明する。

「こ、ここ、どこなの? ぼく、どうなったの?」

 目に涙をいっぱいためて、魔法使い及び見習いの顔を見る紅竜。姿はともかく、人間の迷子と同じような様子だ。

 一人称から判断して、紅竜は男の子らしい。声も子どもっぽい。とりあえず言葉は通じるので、その点ではほっとした。

「きみはね……えーと、レシュウェルかルナーティアから話してくれた方がいいかな」

 発見者から話す方が、正確に伝わる。ということで、第一発見者のルナーティアが説明した。

「あたしが、木の根元で丸まっているあなたを見付けたの。だけど、ずっと眠っていたから、どうしていいかわからなくて。魔法使いの先生ならわかるかもって思って、ここへ来たの。あ、えーと、ここは魔法使いになるための学校の中で」

 その後が続かず、ルナーティアはレシュウェルを見る。

「俺はレシュウェル、こっちはルナーティアで、そちらがマロージャ先生だ。お前の名前、教えてくれるか?」

「……エイクレッド」

 小さな竜の目にたまった涙が、ぽろぽろと落ちた。きっかけ一つで、リクリスの手のひらが一気に大洪水になりそうだ。

「エイクレッド、お前は紅竜、でいいのか?」

「うん」

 レシュウェルが確認し、エイクレッドはうなずいた。

「竜の世界から来たんだろ? 目を覚ます前のことは、どこまで覚えてる?」

「えっと……こっちの世界へ来て、あちこち見て回ってたら……急にわーって力がなくなっちゃって、びっくりしてどこかへ向かって飛んで……えーっと……」

「先生が話していた通りみたいですね」

 エイクレッドが言葉に詰まっているのを見て、レシュウェルがリクリスの方を向く。

「ああ。魔力を抜く機能がまだ働いてるなら、抜かれた魔力は祠を強化するのに使われただろうね。そこから取り返すのは無理かな。戻すこと前提では造られていないから」

 きっと、このまま自力で帰る、というのも難しい。だとしたら、親や保護者に来てもらって連れ帰ってもらうしかなさそうだ。

 エイクレッド自身も、魔力がなくなっていることを自覚しているらしい。リクリスが「取り返せない」と話すのを聞いて、とうとう泣き出した。

「あー、泣かないで、エイクレッド。大丈夫よ、ちゃんと帰れるわ」

 リクリスの手からエイクレッドをすくい上げ、ルナーティアは一生懸命慰める。小さすぎるので、ぎゅっとできないのがもどかしい。

「先生、竜を呼び出すことは……」

「さすがに、竜を呼び出したことはないよ。ただ、来てもらう竜の名前を教えてもらえれば、何とかなるかな。名指しなら、あちらもあからさまに無視はできないだろうからね」

 レシュウェルはこれまでに数回、魔獣を呼び出したことはある。

 だが、魔獣召喚は相手の魔力が強くなればなる程、呼び出す際の難易度が上がる。超強力で膨大な魔力を持つ竜を呼び出すことは、困難を極めるだろう。

 まして、レシュウェルは見習いだ。学校の成績が上の中辺りではあっても、強い魔獣を呼び出すことはやはり危険を伴う。

 たとえ経験がなくても、ここは正規の魔法使いであるリクリスがやる方が、危険も減るはずだ。

「とりあえず、魔導館へ行こうか」

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