3-08.爆裂の実
「それはそうなんだけど……今のエイクレッドは普通の状態じゃないし、火傷以外のケガをしたりするかも」
「言い出せばキリがないし、ケガをするかもってのは俺達も同じだぞ」
「あたしは守ってもらってるけど、さっきのエイクレッドは自分だけで行っちゃったから」
「エイクレッドだって、ただ傍観していられないんだろう?」
「うん……。あそこなら、ぼくも平気だって思ったから」
自分がエイクレッドなら、やはり同じことをしたかも知れないな、とルナーティアも思う。
人間の肩に乗って、ただ見ているだけ。
そんな状態がずっと続くなんて、きっといたたまれないだろうから。
蜂に擬態する魔法をかけられて、エイクレッドが素材を取りに行ったことがあるが、あの時のように「自分も何かしたい」という気持ちはわかる。
火がある場所なら、何とかなる。
そう考えての行動だろう。
「さ、無事にうろこは手に入ったんだ。俺達が燃やされる前に、さっさとここから離れよう」
その提案については、ルナーティアも大賛成だった。
☆☆☆
次に向かったのは、西地区にあるモズメーだ。ここで「爆裂の実」を手に入れるのである。
「この名前、怖すぎるわ。爆裂の実って」
ダイナマイトを持ち歩くような気分になってしまう。
「そんな実を使うのか」
次に必要な素材の名前を聞いたログバーンの口調は、どこかあきれたように聞こえた。
「ああ。俺達の先生にあたる魔法使いが、そう教えてくれた。魔法で細工するのは俺だけど、実際のところは何がどう変化して珠になるのかはさっぱりだ」
何がどこでどう反応し、そんな危なっかしい名前の実が魔法の珠になるのか。
リクリスや他の魔法使いは、ちゃんと説明できるのだろうか。
オッグラーの山からしばらく移動した所にある森へ着いたが、さっきほどではなくても暑い。
この辺りに火山などはないはずなのだが、妙に空気が熱を帯びているように思えた。
心なしか、きな臭くも感じる。人間の本能だろうか、いやな予感しかしない。
モズメーにあるこの森は、二、三メートル程の木が林立している。幹の太さは直径二十センチくらいだろうか。そんなに太くはない。
緑の丸い葉が茂り、一見するだけならごくごく普通の木。その低位置の枝に、みかんサイズの実がいくつかできていた。
これが「爆裂の実」だ。
皮が紅色で、一見すると魔果に似ている。だが、魔果は表面がつるりとしているのに対し、爆裂の実は少しごつごつしていて、表面のことだけで言えばアボカドに似ているかも知れない。
「……俺達が必要とするものは、だいたい誰かのエサだな」
その木の周辺には、ネズミがいた。
身体が赤黒く、ネズミのくせにねこサイズ。魔物らしく、前歯がカミソリのように鋭い。
そんなネズミが、あちこちにいるのだ。火を扱う訳ではないらしいのだが、身体の色から「火ネズミ」と呼ばれている。
レシュウェルがつぶやいたように「爆裂の実」はこの火ネズミ達の食料の一つ。その前歯を使い、皮をむいて食べるのだ。
本によると皮だけでなく、実の部分も紅色なのだが、その中心に黒い種がある。その種が「爆裂の実」と呼ばれる所以で、傷を付けると爆発するのだ。
ネズミ達はそれがわかっていながら、豪快に実を食べようとする。種までその鋭い前歯で噛み付いてしまい、爆発させてしまうのだ。
仲間がそれで散っていっても食べたがるのだから、彼らにとっては相当に美味らしい。ゆっくり食べれば済む話だが、そうできないくらいに好きなのだろう。
爆発の威力は、小さな魔物なら木っ端微塵。人間でも、距離によっては重傷を免れない。
本には「取り扱い注意」と出ていたが、できることなら取り扱いたくない代物である。
こんな危ないものだから、ログバーンは「そんな実を使うのか」とあきれていたのだ。
レシュウェル達が現れたのを見て、ネズミ達のキーキーという甲高い声があちこちで響く。
名前に同じ火と付いていても、さっきの火トカゲとは違い、こちらはエサを取られまいと威嚇しているのだ。
「怒ってる……みたいね」
「さっきはエサじゃなかったけど、今回は間違いなくエサを横取りだからな」
素材として必要な実は、一つでいいのだ。しかし、あちらにすれば「たとえ一つでも食料を持ち去る奴は敵」とみなしているのだろう。
「あの歯、噛まれたら痛そうだね」
「テンプール先生のマント、ネズミの歯は防いでくれない……よねぇ」
パフィオから借りている防御のマントは、基本的に魔法の攻撃を防ぐもの。噛まれることに対しては、素手のままよりはダメージが減らせる、という程度だろう。
「やっぱり奴らには、一旦ここから引いてもらうしかないな」
このネズミ達にも、天敵はいる。レシュウェルはその魔物の幻を出して、ネズミ達をここから少しの間だけ遠ざけ、さっさと実を入手して離れるつもりだ。
以前にも、ゴブリンを相手にした時に魔法で幻覚の火を出したが、それと同じ方法である。
ざっと見た限り、ネズミは少なくとも五十匹はいそうだ。そんな魔物を相手にしたくない。
このネズミ達がいることはここへ来る前に調べてわかっていたし、最初からそうするつもりだった。
「お願いだから、素直に逃げてね……」
レシュウェルが天敵の魔物の使い手だ、とネズミ達が勘違いしてくれれば。
ここから逃げるか、多少なりとも距離を置くだろう。ルナーティアは、ひたすらネズミ達が逃げてくれることを祈る。
ルナーティア達からは見えていなかったが、威嚇している魔物の中には、実を手にしているネズミもいた。
さぁ、これから大好きな実を食べようとしている時に、どこからともなく現れた不審者。何だ、こいつらは、と仲間と同じように鳴き始める。
そうすることで、自分で自分を興奮状態にしていた。
そして、普段ならそれなりに注意して失敗しないように食べる「爆裂の実」に、勢いで噛み付いてしまう。
自分の歯がとても鋭く、実の皮など簡単にむけてしまい、さらに実の中心まですぐに歯が入ってしまうことも忘れて。
その結果、種に傷が付いて、そこから大きなエネルギーが生まれる。
「きゃあっ」
少し離れた場所ではあったが、突然の爆発音にルナーティアは悲鳴を上げた。その爆発音に、ネズミ達も振り返る。
音がした周囲では、仲間達の身体が吹っ飛ばされていた。さらには、その爆発が他の実も巻き込み、爆発が連鎖してゆく。
「誰だ、失敗した奴……」
名乗り出られても困るが、ついそんなグチの一つも出てしまう。
「レシュウェル、今は下がれ。爆発に巻き込まれるぞ」
「ああ……」
恐怖にかられたルナーティアは、すでに後ずさっている。さすがにこれに巻き込まれては無事ではいられないだろう、と思い、肩にいたエイクレッドを手の中に保護した。
保護と言うよりは閉じ込めに近いが、またさっきのように無茶しないようにするためでもある。
レシュウェルも、ログバーンに言われて離れかけた。だが、このまま爆発の連鎖が続けば、最悪だと必要な実が全て失われてしまうかも知れない。
森は、ほとんど特殊映画の撮影現場並だ。立て続けに爆発が起きている。魔物のネズミ達も、さすがに混乱して逃げ惑っていた。
もう侵入者どころではない。食事にありつけていないのに死ぬなんて、まっぴらだろう。
あの実を手に入れるなら、今だ。この混乱を利用しない手はない。
レシュウェルは一番手前にある木の周辺に、結界を張った。まだそこまで爆発の波は来ていないが、確実に一本だけでも守るためだ。
さらに、現在位置からその木までの間に結界を張ることで、安全な道を作る。レシュウェルは、そこを通って走った。
長身のレシュウェルが手を伸ばせば届く位置に、実はなっている。それを一つ握ると、軽くもぎった。簡単に「爆裂の実」は手に入る。
「レシュウェル!」
泣きそうなルナーティアの声が響き、レシュウェルは急いで彼女のいる方へと走った。後ろで爆発の音が響くが、振り返らずに走り続ける。
「もうっ。レシュウェルもエイクレッドも、どうしてそんな危ないことするのっ」
自分のそばまで戻って来たレシュウェルに、ルナーティアは抱き付いた。知らず、涙が浮かんでくる。
走る彼の後ろで火柱が上がるのを見て、血の気が引く思いだったのだ。泣きたくもなる。
「悪かった。今を逃したら、手に入れるのが先になると思ったんだ。……言い訳がエイクレッドと変わらないな」
抱き付くルナーティアの頭を、安心させるように軽く叩く。
そのルナーティアが、はっとしたように顔を上げた。
「レシュウェル、その実、持ってて平気なの?」
「ん? ああ。本物は知らないけど、手榴弾みたいな感じだな」
「そんなの、危ないじゃない」
「ピンを抜かなければ爆発しない……って、これは手榴弾じゃなかったな。強い衝撃や、種そのものに傷を付けなければ、安全だから。さっきのは別の実の爆発っていう、大きな衝撃のせいでああなったんだ」
もう爆発の音は聞こえてこない。どうやらおさまってきたようだ。
それにしても、本当に危険な実である。必要でなければ、絶対に近付きたくない実だ。





