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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第三話 火(か)の魔珠

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3-07.うろこ

「そう言えば、今まで聞きそびれていたけど、エイクレッドって何歳なの?」

 今聞かなくても、と思ったが、思い出した時に聞いておかないとまた忘れてしまいそうな気がする。

「何歳? んー、どうなんだろ」

 すぐに答えが出るかと思いきや、エイクレッドは首をかしげる。

「竜って、歳を数えないの?」

「うん。よくわかんない」

「人間が時間を把握する時に使う、暦といったか。我々には、ああいう時間を区切る概念がない。人間と親密になれば理解はするが、普段は朝が何度来たか、季節が何度変わったか、という程度の認識だ。それすらも、厳密ではない」

 つまり、竜や魔獣に年齢を尋ねても、正確な答えはないということ。

「なるほど。自然の中では、明確な数字は必要ないってことか」

「同じ年月を生きていても、種族によって年の取り方が違ったりするもんね」

 一年生きても、人間と犬やねことは成長のスピードが違う。さらには、ある程度生きると年の取り方がゆるやかになる。

 竜がどんな一年を過ごすのかわからないが、やはり今は見た感じでエイクレッドの年齢を推測するしかない、ということのようだ。

 そんな話をしているうちに、オッグラーの山へ来た。

 火トカゲは、火の近くにいる。火はふもとよりも中腹から山頂にかけて出るので、ログバーンはそれを考慮して中腹に降りた。

「あっつーい」

 ルナーティアはパフィオのマントを着けているので、簡単に火傷することはない。しかし、自然の暑さ・熱さは防いでくれないので、火の熱はしっかり感じるのだ。

「あちこちからコンロの強火が出てるみたい」

「やっぱり、思った通りにきついな」

 レシュウェルは自分に、それからルナーティアに結界を張った。ほんのわずか熱が遮断された気はするが、エアコンではないので快適さはない。

 あくまでも、火の魔物が出た時の防御だ。

 ここの地面は、見える範囲全てが黒く焼け焦げたような色をしている。ゆるやかな坂に、地面と同じ色の岩がごろごろしていた。

 その地面から、間欠泉のように時々吹き出す十センチくらいの火がある。火の赤と、地面の黒しか色彩がないような所だ。

 そして、その火の近くに、火トカゲがいる。

 周囲から吹き出す火とそう変わらない、赤みの濃い朱色のずんぐりした身体。大きさは、小型犬くらいか。

 ルナーティアのイメージとしては、トカゲと言うよりイグアナだ。

「ぼくと似たような形だね」

「エイクレッドの方が、ずっとすてきだからね」

 自分の肩にいるエイクレッドに、ルナーティアはささやくように言った。

 もし火トカゲが聞いていて意味を理解した時、気分を悪くして襲い掛かって来られたりしないように、だ。

「火トカゲは、好んで火の近くにいる。わざわざそこから離れて、奴らが襲って来ることはまずない。だが、安易に近付くな。火トカゲより、奴らのそばに出る火で火傷をするから気を付けろ。それと……お前達がそんな愚行はしないだろうが、絶対奴らには直接触れるな。あの身体は、ほとんど火そのものだ」

 そう注意するログバーンは炎馬なので、火には全く動じない。もちろん、この暑さも意に介していないようだ。ルナーティアは、それがとてもうらやましい。

 見ていると、火トカゲは地面から吹き出す火があると、それをぱくっと食べている。火が食事、という訳だ。

 火属性の魔物でも来ない限り、誰かに食料を奪われる心配がないから、ルナーティア達がそばにいても火トカゲが気にする様子はない。何かいるな、という程度。

 炎馬は火を主食としないので、ログバーンが近付いてもやはり火トカゲは特に関心を示さなかった。

 余計なバトルをしなくて済むなら、それはとてもありがたい。

「脱皮した皮って……」

 みんなで探すが、地面にはうろこどころか、皮らしいものすらもない。ログバーンが話したように、すぐにそばの火で燃やされてしまい、残っていないようだ。

「きゃっ」

 ルナーティアの真横で、一匹の火トカゲがのそりと動いた。四肢を踏ん張らせ、伸びをしているように見える。

 だが、そのまま見ていると、火トカゲの輪郭がぼやけてきた。この暑さで蜃気楼でも出たのかと思ったが、違う。

 火トカゲの輪郭は、確かにだぶっているのだ。

「お前達、運がいいぞ。脱皮を始めた」

「あ、これがそうなのね」

 輪郭がだぶっているのは、本体と皮が離れ始めているからだ。

「一枚でいいから、これでうろこが落ちてくれればいいけどな……」

「うん。でも、うろこって、そう簡単に落ちるものなのかしら」

 魚のうろこが落ちるのは見るが、あれはもう死んでいる状態。今生きている火トカゲから、うろこは落ちるのだろうか。

 ルナーティア達がじっと見詰めていると、火トカゲは脱皮を終えた。

 ログバーンによると「本体ではないから熱くはない」ということで、レシュウェルが皮をつまみ上げる。

 火トカゲの形そのままに、中身だけがないという、見事な皮一枚だ。ここまできれいに形が残っていると、芸術品にすら思える。

 しかし、薄赤色の皮の中に、ログバーン曰くの透明な羽のようなうろこは見当たらなかった。

 念のため、皮を振ってみるが何も出て来ない。うろこのゲットならず、だ。

「んー、残念」

 二人して、小さなため息をついた時。

「ねぇ、あそこにも皮があるよ」

 エイクレッドが、ある方向を指し示す。

 別の火トカゲが脱皮した直後らしい皮が、確かにあった。だが、火が吹き出ているすぐそばだ。頭にあたる部分から、すでに皮は燃え始めている。

「くそ、場所が悪い」

 そこへ行くまでも、火が出ている所があちこちにある。それをよけながら進むとなれば、着く頃には皮が燃え尽きてしまうだろう。

「ぼくが行って来る」

「え?」

 するするとルナーティアの肩から降りると、エイクレッドは迷うことなくその抜け殻へと向かう。

 保護した頃のエイクレッドは、ゆっくりした動きでしか移動ができなかった。

 それが半月以上経った今は、本当のトカゲみたいにエイクレッドは移動している。人間の歩行速度より、ずっと速いように思えた。

「待て、エイクレッド。もう燃え始めてるんだ。行かなくていい」

 レシュウェルが止めたが、エイクレッドはそのまま皮へと向かう。太いしっぽの付け根辺りに穴があったのか、そこから皮の中へと入ってしまった。

「や、やだ、エイクレッド! 早く出てっ。燃えちゃう」

 皮を燃やす火は、どんどん大きくなっていた。火事になっている家の中へ飛び込むようなものだ。いや、燃えるスピードは比ではない。

「レシュウェル、水は駄目だ」

 エイクレッドを助けるためにレシュウェルが魔法を使おうとして、ログバーンが制止する。はっとして、レシュウェルは呪文を止めた。

 燃えるものに対して、水は有効。だが、この周囲の高温の中で水を使えば、へたをすると水蒸気爆発を起こしかねない。

 そこまでには至らなくても、周囲にいる火トカゲが警戒し、攻撃をしかけてくるかも知れないのだ。

 レシュウェルを止めたログバーンが前に出て、前脚で皮を燃やしている火を踏む。火傷しないとわかっていても、熱そうだ。

 とにかく、ログバーンのおかげで皮を燃やしていた火は消えた。

「エイクレッド!」

 二人が安全な部分を見極めながら駆け寄ると、入った時と同じ所からエイクレッドが顔を出した。その口に、透明な何かをくわえている。

「はっはよ、ふろほ」

 くわえたまましゃべるので言葉がおかしいが「あったよ、うろこ」と言っているらしい。

 エイクレッドが危険を冒して調べた皮の中に、うろこが残っていたのだ。

「あったよ、じゃないわよ。エイクレッド、心配したんだからね」

 ルナーティアが怒りながら、エイクレッドをすくいあげる。

「あ、ごめんなさい。燃え尽きちゃう前にって思ったから」

 ルナーティアに叱られ、エイクレッドは首をすくめるようにして謝った。

 その時、エイクレッドが口にくわえていたものが、ルナーティアの手に落ちる。

「これが……うろこなの?」

 レシュウェルがルナーティアの手のひらから、エイクレッドの落としたものをつまみ上げた。

 レシュウェルの親指の爪よりやや大きく、平たくて透明で薄い。ログバーンが「羽のようだ」と言っていたが、細長いその形は妖精の羽と言われれば、そう見えないこともない。

「ログバーン、これが火トカゲのうろこなのか?」

「そうだ。正直なところ、こうも早く見付かるとは思わなかった。さっき見た通り、皮がすぐに燃えてしまうからな」

 確認が取れた。これで、一つ目の素材はゲットできたのだ。

「エイクレッドが突っ走ったおかげだな」

「えへ。よかった、見付かって」

「見付かったからよかったけど、危ないことはしないでね」

「ルナーティア、何を心配している。エイクレッドは竜だ。それも青竜ならともかく、紅竜がこの程度の火で、火傷するはずがなかろう」

 ログバーンにすれば、ルナーティアの心配など全く必要のないもの。危険なことなどないのに「何を言っているのか」となるようだ。

 確かに、火属性の竜が火を恐れるはずはないのだが……。

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