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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第三話 火(か)の魔珠

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3-05.防御策

(名前だけはな。俺が高等部に入った時……くらいか。確か、その次の年に今の学長に代わってるはずだ)

 レシュウェルが知らないのだから、ルナーティアがニーレンの顔や名前を知るはずがない。

 しかし、引退したと言っても、攻撃魔法の威力は全く衰えていないようだった。さすがは学長になるだけの実力者、といったところである。

(それにしても、捨て犬のフリをした魔物か。ルナーティアは、捨てられている奴を見付けるのが得意だからな。同じことがないかって、この先が心配になる)

「だ、大丈夫よ。こんなこと、そう何度もないわ」

 正直に言えば、あってほしくない、が正しい。

 あの魔物だって、捨て犬のフリをしていたつもりはなくて、ダンボール箱の中で周囲の様子を窺っていただけかも知れないのだ。

(何かのきっかけで、山や森にいる魔物が住宅街周辺へ来るってことは、たまにあるらしい。そんな奴がまた魔果を食ったりしたら、面倒だな。特にニュースにはなっていないようだから、その魔物はよそで何かを襲ったりはしなかったんだろうけど。いつもそううまくいくとは限らないし……)

 まして、魔果が手に入るのは一日一個。それを何度も奪われるのは、かなり痛い。その分、エイクレッドが帰れる日が遠くなってしまう。

 今日のように、かじられたのがたった一口でも、その実はもう廃棄処分だ。

「やっぱり、魔物に有効なのは結界だろうけどね。守る対象がああいう特殊な木だと、普通の方法でいいかもわかんないもん」

(そうだな。明日、マロージャ先生の授業がある。終わってから、相談してみるよ)

 ここはやはり、知識の多い人に知恵を借りるべきだろう。

「うん、お願い」

☆☆☆

 次の日の水曜日。

 レシュウェルはリクリスの授業が終わると、手早くテキストをまとめてカバンに突っ込み、教室を出た教授の後を追った。

「先生、相談があるんですが、今いいですか」

「ああ、構わないよ。エイクレッドの様子はどうかな」

 リクリスは歩きながら、いつの間にかどっぷり関わることになった紅竜について尋ねる。

「少し身体が大きくなってきているみたいです。先週に比べて1センチ伸びた、とルナーティアが話していました」

「そう。身体の大きさが戻るということは、魔力が戻っているってことだから、ゆっくりではあっても順調、と言っていいのかな。やはり、魔果が効いているみたいだね」

「その魔果なんですが、ちょっと問題があって」

 レシュウェルは昨日ルナーティアが魔物に襲われたことや、前学長と会ってその理由を彼がこう推測している、という話をした。

「へぇ、ベルギア学長に会ったのか。ルナーティアも運がよかったねぇ。竜がそばにいると、運も強くなってくるのかな。それにしても、魔物が魔果をねぇ……」

 一日一個の貴重な実を失うのはやはり避けたいし、その貴重な一個を失って、なおかつ魔物が暴れ回るのは、絶対にあってはいけない。

 どこかでこの話を知って「魔物が凶暴になってしまうような、そんな危険な植物を育てているなんて」と、学外からクレームが出ることだって考えられる。

 確証がなくても、昨日のようなことが起きたらしいとわかれば、抗議する人が出て来るものだ。

 そうなれば「個人的な事情で育てている」という理由で、ルナーティアが魔果に関われなくなることも……ないとは言えない。

 竜のためであっても「魔物が凶暴になる」という部分の方が重要視されるだろうからだ。

「魔物に対しては、結界が有効だろうね。ネズミなんかの害獣には、薬なんかが考えられるけれど……竜に、特に今のエイクレッドに殺虫剤のかかった実を食べさせたくないしなぁ」

 魔物より、むしろこちらの世界にいる害獣の方に食われてしまう危険度の方が高い。

 木そのものはあまり大きくないが、赤い実は目立つ。人間にはわからないが、獣にとってかぐわしい香りを漂わせているかも知れない。そのうち、鳥がついばみに来ないかも心配だ。

「やはり、魔物対策としては結界を張ろう。攻撃を一時的に阻むようなものではなく、意識して解かないといけないタイプを。人間界にいる動物に対しては、いやがる香りを持つハーブでどうかな。全てを排除できる訳ではないだろうけれど、これで大方の盗賊達は阻止できるはずだよ」

 レシュウェルはリクリスの研究室で、今回の状況に有効な結界の呪文を教えてもらった。さらに、ネズミ避けになるハーブの粉末をもらう。

 ホームセンターなどで売られているような、害獣避けの商品とだいたいの効果は似ているが、そこへさらに魔法の力が加わっているので強力だ。

 殺虫剤ではないので、エイクレッドが食べても問題はない。

 放課後になってレシュウェルは図書館へ入ると、昨夜の電話で会う約束をしていたルナーティアを待つ。彼女と合流すると、一緒に魔果の木の元へ向かった。

 今日は無事に魔果を収穫できた、とルナーティアから聞いて、ひとまずレシュウェルも安心する。

「結界を張っておくのが、魔物に対して一番有効だろうってことだ。どれくらいの期間になるかはわからないにしても、エイクレッドがいる間は張っておく」

「ぼくがいなくなったら、張らなくてもいいの? 魔物が食べると危ないから、結界を張るんでしょ?」

「ああ。この木は魔法の水をやらないと、実ができない。だから、エイクレッドが食べなくなって、ルナーティアが水やりをやめれば、これは単なる木だ。魔物が食べる実はできないから、気にしなくてよくなる」

「そっか」

 この実は、あくまでも竜のために作っているもの。魔力を失ったエイクレッドの自然回復を、さらに後押しするための実だ。

 エイクレッドがいなくなれば、提供する竜がいないのだから、実を実らせる必要はなくなる。実がないのだから、奪いに来るかも知れない魔物を警戒しなくてもいい。

 いつか別の魔獣に提供する日が来たら、その時に水やりを再開すればいいだけ、となるのだ。

 レシュウェルは説明しながら、白い碁石のようなものを木の周りに置いた。軽く土に押し込み、埋め込むようにする。

「それ、なぁに?」

 てっきり結界の呪文を唱えるものだと思っていたルナーティアは、それを見て首をかしげた。

「結界を補強するための魔石だ。この石の上に光の柱が立って、結界の膜が破れにくくなるようにする。言ってみれば、結界と言う名のビニールハウスだな。で、これが支柱の土台ってところか」

 数個の石を木の周りに置き終えたレシュウェルは、軽く指を振る。すると、レシュウェルが言ったように、石から白く細い光の柱が上へと伸びた。

 石より一回り程細い柱は、木より少し上まで伸びると止まる。

「あたしが水やりする時や実を採る時、弾かれたりしない?」

「外敵に対してだけ効果が現れるから、水やりは問題ない。実を取る時も、本当の物質として柱がある訳じゃないからな」

 レシュウェルが光に手を当てるのを見て、ルナーティアも光に触れてみた。

 何も感じない。いや、魔力は感じるものの、何かを触っているという感覚はなかった。掴もうとしても、掴めないのだ。

「イータンゼ メコカ」

 さらにレシュウェルが呪文を唱え、柱と柱の間や天頂部分に白い幕がかかる。木は、うっすらと白い幕の中に入った状態になった。

 それを見て、確かにビニールハウスみたいだな、とルナーティアも思う。

「たまごの中に入ったみたいだね」

 ビニールハウスを知らないエイクレッドは、結界に包まれた木をそう表現した。

 これで、まずは魔物対策ができた訳だ。昨日のようなことは、もうない。

 あとは、害獣忌避のためのハーブの粉末を散布する。もちろん、木に影響はない。

「いい匂いがするね」

 二人がリクリスからもらったハーブの粉末を木の周囲にまいていると、エイクレッドが鼻先をひくひくさせた。

「そうね。すーっとして、ちょっとミントみたいな感じ。いい匂いって言うことは、エイクレッドが好きなタイプのハーブかしらね」

「うん、そうかも」

「エイクレッドがいやがる香りが魔果についたら、一大事だな」

 せっかく竜のためにしていることなのに、エイクレッドが食べてくれなくなっては意味がない。

「大丈夫だよ。この匂いなら、その粉も食べられそう」

 植物を乾燥させ、粉末にしたもの。香りは悪くないが、見た目は灰のような色でそんなにおいしそうではない。

「これは……害獣避けだから、あまり食べない方がいいだろうな」

 言いながら、レシュウェルは苦笑する。

 その処置をした後、魔果がなくなることはなかった。

 元々、人間のいるエリアへ現れる魔物はほとんどいないので、もう滅多なことはないはずだ。

 もしこっそり現れていたとしても、結界が効果を発揮してくれているのだろう。ネズミなどの害獣も、リクリスがくれたハーブのおかげか、現れてはいないようだ。

 おかげで、エイクレッドが魔果を食べ損ねたのは、あの一日だけで済んでいる。エイクレッドよりも、ルナーティアの方がそのことにほっとしているかも知れない。

 そうして日が過ぎ、またパラレル魔界へ行く日曜日が来た。

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