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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第三話 火(か)の魔珠

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3-02.気分転換

 エイクレッドがルナーティアと一緒にいるようになって半月近く経ち、この学校の魔法使いや見習い魔法使いなら、噂でも小さな竜の存在を知っているだろう。

 だが、エイクレッドがこの実を食べていることを、どれだけの人が知っているのかは不明だ。

 ちょっと目に入り、興味本位で一日に一個しかできない実を持って行ったのなら、とても悲しい。

 いやがらせ……は対象が竜になるから、魔法使いを目指す者ならそんなことはしない、と思いたいのだが。

 しかし、実がないのは現実なのだ。一体、どこへ行ったのだろう。

「あ、ルナーティア。あっち」

 何かに気付いたらしいエイクレッドが、小さな前脚をとある方向へ向ける。ルナーティアがそちらを見ると、見覚えのある赤い実が転がっていた。

 走ってそちらへ行くと、やはり魔果だ。その実には、かじられた跡があった。

 人間より噛み跡が小さいから、ネズミか何かがかじったものと思われる。おいしそうに見えたのだろうか。

 でも、一口分しかかじられていないところを見ると、好みの味ではなかったのですぐに捨てた、というところだろう。

 悪意のある人間の誰かのいたずらなどではない、とわかってほっとしたものの、一日一個の果実はこれで完全に失われた。

「一日に一個しかできないのに……」

「ルナーティア、ぼく、それでもいいよ」

 エイクレッドがルナーティアの持つ実を指すが、ルナーティアは大きく首を振った。

「ダメよ、こんな食べかけなんて。もし毒になるようなものが付いてたりしたら、大変でしょ。今のエイクレッドだと、どんな影響があるかわからないんだし」

 いくら「構わない」と言われても、誰が食べたかわからないものを竜に食べさせられない。

 自然界では、誰かの食べ残しでもまだ食べる部分が残っていれば、他の誰かが食べることはあるのだろう。

 だが、触ったというくらいならともかく、ルナーティアはエイクレッドにこんな食べ残しを渡すことに強い抵抗があった。

 それに、もぎ取ってから今まで、どれだけの時間が経っているのだろう。

 新鮮さが失われてるかも知れない魔法の果実を、力を失っている竜に与えたくはなかった。

 傷んでいる果実を食べさせておかしな作用が起き、これまでの成果が水の泡になる、なんてことだけは絶対に避けたい。

 ルナーティアの手間がどうこうではなく、エイクレッドの戻りつつある魔力が減ったり、失われたりするのがいやなのだ。

 ゼロでもいやなのに、マイナスになったりしたらとんでもない。

「根元に埋めておけば、栄養になるかな。でも、悪いものを木が吸収しちゃうと、それは困るし」

 普通の実なら根元に埋めるが、こういった魔法が絡む実は処分に困る。ゴミ箱に気軽に捨てるのも、考えものだ。

 ルナーティアは残った実を魔法の火で燃やし、木には今日の分の水やりをしておいた。

「ごめんね、エイクレッド。もっと早く取りに来ていたら……」

 水やりは後にして、とりあえず実だけを採りに来ていればよかった。

 教室移動をする合間に、さっと寄っていれば。それくらいなら、何とかできたはずなのに。

 言っても仕方のない後悔である。

「ルナーティア、そんな悲しそうな顔しないで。ルナーティアが悪いんじゃないんだから。ぼくは大丈夫だよ。一日くらいなくたって、ごはんが全然食べられないって訳じゃないんだから」

 ひどくがっかりしているルナーティアに、むしろこちらの方が被害者であるエイクレッドが慰めた。

「うん……。とりあえず、教室に戻ってお弁当食べよっか」

 ルナーティアは最近、果物や野菜だけでなく、湯通ししたささみなどもエイクレッドに出すようになった。

 最初は「大丈夫だろうか」と思いながら与え、平気なようなら他も少しずつ試してみる、といった具合に、ルナーティアは探り探りでエイクレッドの食事内容を変えていた。

「どうしたの、ルナーティア。顔色悪いよ」

 いつも一緒にお弁当を食べているカミルレとネーティが、戻って来たルナーティアの顔を覗き込む。

「うん……魔果がね……」

 ルナーティアは、今あったことを二人に話した。

「え、あの実って、竜以外も食べるの?」

「食べたのがネズミやイタチみたいなのだとして、平気なのかしら」

 ルナーティアの話を聞いて、二人は目を丸くする。

 学校内にある魔法が絡むような植物に、そんなことが起きるなんて考えたこともなかったのだ。それは、ルナーティアも同じ。

「魔力のない動物が食べても、魔力を持つとは思えないけど……」

 本来、その個体が持つ魔力の最大量まで回復する、という魔果。魔力がない動物がいくら食べても、満タンにはならない……はず。ゼロはゼロのままだ。

「あの実って赤いじゃない。だから、果物を食べる動物から見ても、おいしそうに見えるんじゃないかしら。緑ならともかく、赤だから熟してるって思って」

「あー、ネーティの説ってありえそう。確かに、エイクレッドが食べてるのを見てたら、本当の味はともかく、おいしそうだもんねぇ」

 カミルレが同調した。ルナーティアも「そうかも」などと思う。

 どういう経過でできた実なのかを知っているので、どれだけおいしそうに見えても手を出そうとは思わない。

 だが、それを知らなければ。

 誰かに勧められたりしたら、食べる……かも知れない。人間界でも妙な形の実があったりするし、それが食用として店で売られている。

 それを思えば赤くて丸い実の魔果は、普通と言おうか、ありふれた形なのだ。肉食ではない動物が手を出すのも、わかる気がする。

「こんな日もあるわよ」

「そうそう。焦っても仕方ないって」

「うん……」

 二人に慰められ、ルナーティアもうなずいてゆっくりとお弁当を開けた。

☆☆☆

 普段のルナーティアは家と学校を往復するだけの、真面目と言おうか面白みのない生活をしている。

 たまーにカミルレ達とスイーツを食べに寄り道することもあるが、それも本当にたまーにだ。

 あとは、うまくタイミングが合えば、レシュウェルと一緒の時間を過ごす。

「ね、エイクレッド。今日は、ちょっと気分転換しよっか」

 いつもルナーティアと一緒にいるので、エイクレッドが行く所も当然同じ。人間界を見たくて来たはずなのに、目に映る景色はいつも同じだ。

 あまり疲れさせては、魔力の回復にも支障が出るかも知れない。

 そう思っていたルナーティアだが、たまには違う景色をエイクレッドに見せてあげるのもいいのでは、と考え直した。

 と言うより、ルナーティア自身がそういう気分だったのだ。

 ウインドウショッピングも悪くないが、エイクレッドと一緒だと竜がいることに気付いて騒ぐ人がいるかも知れない。

 エイクレッドのサイズだとそうそうばれないだろうが、もしものことを考えて、公園へ行くことにした。

 人はいるけれどまばらだから、街中のように騒ぎになることもないだろう、という読みだ。

 学校から東へ向かうと、カモーの川が流れている。流れが緩やかで、川幅は広い。この川に沿うようにして、河川敷公園があるのだ。

 公園と呼ばれてはいるものの、野球などの球技ができる程に広くないので、せいぜいキャッチボールをしている人を見る程度。

 公園と言うよりは、幅の広い散歩道のような場所である。

「あ、川のそばだけど……エイクレッドは平気?」

 紅竜のエイクレッドは、赤い身体をしている。その色は、火の色だ。つまり、属性は火である。

 セオリーで言えば、火は水に弱い。レベルが高ければ力の差も違ってくるが、今のエイクレッドはレベルうんぬん以前の状態だ。

 自分が向かう場所の景色を思い出し、ルナーティアは遅ればせながらそう尋ねた。

「うん。水は嫌いじゃないよ。時々、入ったりするし」

「え? 紅竜って、水に入るの?」

 あまりに意外な話に、ルナーティアは驚いた。

 火の竜が水へ入る姿なんて、想像しにくい。もしかして、水の竜が火の中へ入る、ということもあるのだろうか。

「うん、入るよ。あ、それは温かい水だけど」

「エイクレッド、温かい水はお湯って言うのよ。……ん? もしかして、それってお風呂? あ、お風呂はないか。それって、温泉よね?」

「えーと……そう言うのかな」

 竜がバスタブを作ってお湯を入れる、とは思えない。自然界のお風呂と言えば、温泉だ。

 まさか、竜が温泉に入るとは思わなかった。

「そっか。たぶん、エイクレッドが普段いる所って、火山の近くとかよね。だから、温泉が出たりするんだわ」

 温泉につかる動物の姿を、たまにテレビなどで観たりすることがある。傷を治すためだったり、単純に温かさを求めてだったり。

 きっと、それの竜バージョンだ。

 竜だって、人間にはわからない苦労があるのだろう。それらから解放されるよう、癒やしを求めてのんびり入るのかも知れない。

 竜が入れるくらいだから、相当大きな温泉なのだろう。こちらの世界で言うところの、千人風呂のような。ちょっと見てみたい気がする。

 火の竜が温泉に入ったら、お湯が沸騰したりしないだろうか。

 そんな話をしているうちに、カモーの川が見えて来た。

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