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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第三話 火(か)の魔珠

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3-01.魔果の実が

 月曜日の夜。

「動かないでね、エイクレッド」

 ルナーティアは言いながら、メジャーを伸ばした。

 机の上にいる、小さな紅竜。その身体をしっぽの先までしっかり伸ばし、少し突き出た鼻の先からしっぽの先までの長さを測る。

「12.5センチ。エイクレッド、先週より一センチ伸びてるわ」

「ほんと? やった……って、一センチってどれくらい?」

 まだ子どもの竜……という以前に、人間の使う単位など竜にはあまり馴染みがない。

 なので、ルナーティアにそう言われても、エイクレッドには具体的な長さがピンとこないのだ。おとなの竜であれば、知識としてわかるのだろうが。

「これくらいよ。ここからここまでね」

 ルナーティアは、メジャーの一センチを示して見せた。

「その前の週も、だいたい一センチ伸びてたからね。こっちへ来てから、二センチ伸びたってことになるわ。測り始めたのは魔果を食べ始める少し前からだから、厳密には少し違うかもだけど」

 魔力を回復させる果実をエイクレッドが食べるようになって、今日でちょうど二週間経った。

 魔力の回復はまだまだのようだが、こうして身体が大きくなっているということは、わずかでも回復傾向にある、と考えていいだろう。

「次に、お腹周りも測るね」

 竜のウエストがどの辺りになるのかは微妙なところなので、ルナーティアはエイクレッドの前脚のすぐ下を測ることにしている。

 これだと腹囲と言うより胸囲なのだが、細かいことは気にしない。要は同じ場所で測る、ということができればいいのだ。

「こっちは……五ミリね。うん、身体全体が伸びて、大きくなってきてる」

「大きくなってきてるって感じ、あまりしないけど」

「少しずつだからね。色が変わる、みたいな変化じゃないし、自分のことって案外わからないものよ」

「んー、そっか」

 わかりにくい変化もこうして数字に表わしていけば、確実に回復しているのがはっきりする。

 そうなればルナーティアはもちろん、エイクレッドも自分の身体が元に戻りつつあるのがわかって少しでも安心できるだろう。

「レシュウェルにも報告っと」

 測った数値を書き留めると、ルナーティアは恋人のレシュウェルに連絡を入れた。

「……ということで、エイクレッドの回復は順調よ」

 人間以外の生き物から魔力を抜く祠に魔力を奪われ、命を維持するためにエイクレッドは小さくなった……とルナーティア達は考えている。状況から見ても、ほぼ間違いないはずだ。

 竜の魔力は……人間には計り知れないが、相当な量だと考えられている。エイクレッドはまだ子どもだが、そのことを差し引いても、有能な魔法使いの数倍は軽く超える量だろう。

 魔力を失って小さくなった身体が大きくなるということは、魔力が戻りつつあるということ。それが、ほんのわずかであっても。

(そうか。思ったよりしっかりと、回復のきざしが見えているな)

「うん。ウィスタリアには戻るまで何年もかかる、みたいなことを言われたけど、これなら時間はかからないわ」

 先週、エイクレッドの姉であるウィスタリアが、突然ルナーティア達の教室に現れた。

 エイクレッドの様子を「興味本位」で見に来たと言っていたが、真意はどうなのやら。

 ルナーティアがエイクレッドの魔力を取り戻そうとがんばっているのを知って、妙に上から目線で「お手並み拝見」などと言われた。

 人間に竜の魔力を戻せるのか、竜にとっても興味が尽きないのだろう。人間のすることは面白い、と。

 ウィスタリアの口調は、人間側からすれば「少々難有り」に思えたが、無関心ではいられない、ということだろう。

 本当にできるのか、という疑いの気持ちも入っていただろうが、これなら絶対、彼女の予想以上に早く回復するはず。

「うん。絶対早く戻れるようになって、ウィスタリアの鼻を明かしてやるんだ」

 エイクレッドが、いつになく声を張る。

 様子を見ると言うよりは、からかいに来たような様子の姉に、エイクレッドとしても見返してやりたい気持ちがあるらしい。

 ウィスタリアの態度や言葉は、あまり気持ちのいいものではなかった。だが、それでエイクレッドが前向きに「がんばろう」という気になるなら、悪いことばかりではない。

(魔果は、問題なくできているのか?)

 魔果ができる木の素材は一緒に集めたが、レシュウェルはその後のことはあえてタッチしていない。

「うん。水をたくさん、優しくやるようにってマロージャ先生に教えてもらってから、うまくできてるみたい。そうするようにしてから、水のコントロールがうまくいくようになってね。実技の時間も、うまくできるようになってきたの」

 魔法の水を木に与えるのは、ルナーティアの役目。その水を与える際「優しく」という条件が加えられ、ルナーティアは四苦八苦しながらそうなるように努力している。

 それが功を奏したようで、魔法の実技時間でのミスが今までより明らかに減って来た。ルナーティアはそれを「エイクレッド効果」と呼んでいる。

 それを聞いて、レシュウェルは笑った。どの分野であれ、うまくいくのはいいことだ。

 ひとしきり報告も終わり、その後は恋人達のラブコールが続いた。

☆☆☆

 次の日。

 ルナーティアは、地下鉄で魔法学校キョウートに通っている。その地下鉄が、信号トラブルとやらで少し遅れた。

 いつもであれば。

 できているはずの魔果を取ってエイクレッドに食べさせ、その間にルナーティアが木に水を与える。

 今はそれがルーティンになりつつあり、これまでより一本早い電車に乗っていたのだが、それでもぎりぎりの時間だ。

 駅で遅延証明書をひったくるようにもらうと、ルナーティアは学校へと走る。

 周囲には同じ状況の生徒が大勢いるので、端から見れば制服のままでマラソン大会でもしているみたいだ。

 魔法学校の生徒なのだから、魔法でぱっと行けたらいいのに、と誰もが思う。

 だが、命に関わるといった余程の状況でもない限り、学校の外で魔法を使うことは校則で禁止されているのだ。

 こういう時に「融通が利かないっ」と腹を立てるのは、ルナーティアだけではないだろう。

 転移魔法は高等すぎて、そもそも見習い魔法使いには使えない。

 街の中で魔獣を呼び出したら目立つし、一般の人が怖がる、と言われたら、そこは納得するしかない。

 こういう場合に使う魔法と言えば、せいぜい身体強化で足を速くするくらいだろう。自分の背中に翼を出して、空を飛ぶ訳でもないのに。

 これくらいなら、見た目には魔法を使っているとはわからないし「足の速い人だな」くらいにしか思われないはずだ。

 そうは思っても、一人の時ならともかく、今ここで使えば目撃者だらけ。それも、一般人ではなく、見習い魔法使いが大勢。絶対にばれる。

 あきらめて、自力で走るしかない。

 とにかく、かろうじて始業時間には間に合った。だが、いつものように、エイクレッドに魔果を食べさせている時間はない。

 次の休み時間に、などと思うのだが、こういう時に限って教室移動だの体育で着替えがあったりだので、そちらへ行くことができなかった。

 エイクレッドは食事として魔果を食べている訳ではないので、食べる時間が遅くなることに文句を言ったりはしない。

 しかし、いつもの時間がどんどん過ぎていくと、ルナーティアの方が申し訳なく感じてしまう。

 エイクレッドだけで木の所へ向かい、魔果を食べてくれれば、水やりは後でゆっくりするのだが……。

 ひとりでの移動が難しいから、エイクレッドはルナーティアと一緒にいるのだ。ジレンマだが、仕方がない。

 ようやく時間ができたのは、昼休みだった。

 お弁当を出す前に、ルナーティアは魔果の木の元へと走る。

「え……どうして」

 ルナーティアの胸元辺りまで伸びた、低めの細い木。白っぽいグレーの樹皮と、それと同じ色の葉を付けている。

 その木の中央辺り、ルナーティアの腰より少し低い位置にできる、赤い実。見掛けはリンゴのようで、サイズはみかん。

 それが一日に一つできるのだが……その魔果が見当たらないのだ。

 これまで同じ枝にできていたから、今日も同じ枝にできているだろう、と予測していた。

 なのに、どこにも見当たらない。

 一定期間で実をつける枝が変わるのか、と思って別の枝を探してみたが、やはり木のどこにも実は見当たらなかった。

 白っぽいグレーの木に赤い実だから、かなり目立つ。葉に隠れているとしても、見落とすとは思えない。

 水やりを忘れた?

 ルナーティアの頭にふとそんな疑いが浮かんだが、それは絶対にありえない。

 魔果は、魔法で水やりをしなければできない実だ。エイクレッドがその日に収穫した実を食べている間に、ルナーティアはいつも水やりをしている。

 昨夜、レシュウェルにも話していたが、優しくたっぷり、というところを意識するようになって、実技が上達しつつある。

 ほぼルーティンになってきた水やりを、忘れるはずはないのだ。

 それでもないということは……あまり考えたくはないが、誰かがいたずらしたのだろうか。

 木の根元近くには「魔果の木」と小さな立て札があるが、それを見て何だろうと思って取ったのかも知れない。

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