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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第二話 木(もく)の魔珠

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2-13.一つ目の魔珠

 レシュウェルは、ルナーティアが怖がりすぎではないか、とも思ったが、過去に虫嫌いの女の子が大騒ぎするのを何度も見ているので「仕方ないか」と思い直す。

 たかが虫だが、パラレル魔界で生きてきた虫。人間界へ入り込むことでおかしな作用が起きたりすれば、困る。

 まして、自分がそばにいない時にそういうことが起きたら、ルナーティアだけでは間違いなく対処できない。

 絶対に大丈夫だってことを、ちゃんと見せておけば安心するかな。

 レシュウェルはゴミを吹き飛ばす要領で「樹液の塊」に強めの風を当てた。

 すでにもう何も付いていないが、ルナーティアの目の前で「確実に何もない」と確認させるためだ。

「ほら、これで大丈夫だろ」

 レシュウェルはすっかりきれいになった「樹液の塊」の裏表をルナーティアに見せた。濃い蜜色のそれに、黒いものはもう付いていない。

「……」

 ルナーティアは無言で、ビニール袋をレシュウェルに渡す。

 確かに、もう何も付いていない。エイクレッドが払い落としてくれて、さらにレシュウェルが風で吹き飛ばしてくれたのだ。

 これでまだ虫が付いていたとしたら、とんでもない根性の持ち主である。

 だが。

 それはそれ、これはこれ。

 どれだけきれいにしてもらったとしても、一度「いや」と思ったら、もう触れない。

「じゃあ、俺のポケットに入れるから」

 レシュウェルは渡された袋に「樹液の塊」を放り込み、ブルゾンのポケットにそれを押し込んだ。

「エイクレッド、しばらく俺の肩にいろ」

「え? どうして?」

「お前にもし何かくっついてたら、ルナーティアがまた叫び出すだろ」

 エイクレッドはルナーティアを助けようと活躍してくれたが、こちらも「それはそれ」である。

 もし、エイクレッドにさっきの虫がくっついていたら、もうルナーティアはエイクレッドに触れない。

「ルナーティアを驚かそうと思えば、つまらん魔物をけしかける必要はないのだな」

 その様子を見て、ログバーンは声を殺して笑った。

☆☆☆

 その後。

 前回同様、ログバーンにカラスーマまで送ってもらい、人間界へ戻った。

 夕方というには、まだ少し早い時間帯だ。だが、陽が短い今の季節、暗くなるのはすぐだろう。

 二人は学校へ向かい、リクリスの研究室へ行った。

 今回もまた、今日パラレル魔界へ行くことは伝えてある。彼がいなければパフィオの所へ行き、そこも留守なら先日言われたように、明日向かえばいい。

 だが、危惧することはなかった。

 研究室へ行けばちゃんとリクリスがいて、同じく話を聞いていたパフィオも時間を見計らっていたのか、そこにいたのだ。

「おかえり。今回も無事なようだね」

 リクリスが笑顔で迎えてくれる。

「あれ? エイクレッド、今日はレシュウェルのそばなんだね」

 リクリスはすぐに、エイクレッドの定位置が変わっていることに気付いた。

「うん、さっきから」

「さっき?」

 エイクレッドの返事に、リクリスは不思議そうな顔をする。

「ルナーティアはちょっと疲れたかしら?」

 パフィオが声をかける。

「いえ、疲れることはありましたけど、平気です」

 パラレル魔界での行動については、また後で話すことにする。まずは、魔珠鏡(ましゅきょう)の魔法だ。

「うん、素材はしっかり集められたわね。ああ、巻き藻なんて、大変だったんじゃない?」

「まぁ、それなりに」

 レシュウェルが答える横で、その時のことを思い出してルナーティアがまた少し赤くなる。

「これが魔珠鏡の呪文よ。今回は(もく)の珠だから、この文章ね」

 魔法書が渡され、レシュウェルはそれに目を走らせる。

「いけそう?」

「はい、やってみます」

 三つ色木の実。巻き藻。樹液の塊。

 ついさっき集めて来たそれらの素材を前に、レシュウェルは呪文を唱えた。

「ヤキキオヨ テセワアナンミ シュマノクモ レハナシカンヘ レハナリナ」

 二人の教授、竜の子ども、見習い魔法使いの前で三つの素材が動き出す。

 樹液が溶け、宙でしずくの形になると、その中へ木の実と藻が飛び込んだ。そこに見えない誰かの手があって成形しているかのように、くるくると回転する。

 一分も経たないうちに、やがてきれいな丸い形になる。

 すごい……呪文であの素材がこんなに変わっていくんだぁ。

 魔果の木ができた時も「どうなるんだろう」と何となく緊張していたが、全く違う物が目の前に出来上がるのを見て、ルナーティアは感動していた。

 そこにあるのは、樹液の塊と同じ透明な茶色の珠で、テニスボールより少し大きいくらいだ。その中に小さなビー玉のような緑、赤、青、黄色の珠が入っている。

「わ……まんまるだぁ」

「色がたくさんあって、きれい」

 ルナーティアとエイクレッドが、目を輝かせる。

 特にルナーティアは、樹液の塊であんなに大騒ぎしたことを忘れ、できたばかりの魔珠に見入っていた。色は同じでも、完全に見た目が別物になったからだろう。

「文献でどういう珠かは知っていたけれど、実際に見ると本当にきれいね」

「初めての魔法をこれだけ完璧にできるなんて、すごいよ。うんうん」

 教授達も満足そうだ。

「じゃあ、これで成功ですか」

「ええ、もちろん」

 パフィオの言葉に、レシュウェルがほっとした表情を浮かべる。素材はまだ残っているものの、一度で済むに越したことはない。

「まずは一つ目の完成だね。もう一つ、作ってみるかい?」

 リクリスが冗談めかして尋ねる。レシュウェルは苦笑して、首を振った。

「いえ、割れたりすれば別ですが、もういいですよ。舌を噛むかと思いましたから」

「ははは、確かに小難しい呪文だよね」

「魔珠はあと四つだから、四回の詠唱が必要よ。でも、(もく)の部分が変わるだけだから、そういう意味では楽じゃないかしら」

「五回目の詠唱をする頃には、今より楽になることを祈っておきます」

「レシュウェルなら、すぐに問題なくできると思うよ。じゃあ、これは預かっておくね」

 最初の珠ができたとして、全部ができあがるまで保管はどうすればいいかをレシュウェルがリクリスに相談し、彼が預かることになったのだ。

 白いハンカチのような布でくるむと、リクリスは大事そうに珠を持ち上げる。それを他の資材が入っているロッカーへと持って行った。

 中には何だかよくわからない植物だの、石だのが入っている。その一角に珠を置くと、リクリスは呪文を唱えた。すると、今入れたはずの珠が見えなくなる。

「先生、何したの?」

 エイクレッドが不思議そうに尋ねた。

「特別な珠だからね。もしも泥棒が入っても盗られないよう、すぐにはわからないように見えなくしたんだよ」

「でも、見えてるよ」

「え? ああ、そうか。エイクレッドは竜だから、人間のかけた魔法に惑わされないんだね」

 ルナーティアにもレシュウェルにも、そしてパフィオにも。そこにある、と知っていても、ロッカーに入れられた珠の存在はもうわからなくなっている。

 術者以外には見えなくなるよう、魔法がかけられたから。魔法を解くまで、リクリス以外には見えない。

 でも、エイクレッドにはその形がちゃんと見えていた。どの段のどの辺りにあるか。

 やはり、そこは竜と人間の違いだ。魔力を失っているとしても。

「ここには泥棒が来るの?」

「まず、来ないと思うよ。そう簡単には入れない、はずだからね」

「仮に持ち出したところで、これだけでは何もできないわ。魔珠鏡は、全てが揃って初めて発動させられる術だから。だけど、みんながそのことを知っている訳ではないもの」

「じゃあ、どうして隠すの?」

「見た目がこんなにきれいだからね。美術品感覚で持ち出されたら大変だから」

 リクリスのロッカーには、他にパラレル魔界で集めた素材などが入っているが、それらが盗まれたとしても、大きな損害ではない。元手が「ただ」だし、また取りに行けばいいだけ。

 しかし、魔珠が盗まれたりしたら、術を行うのが遅れる。つまり、エイクレッドの魔力回復が遅れるのだ。

 そうならないための、備えである。

「ああ、それにしても、すごく楽しみになって来たわ。私達だって、存在は知っていても、この魔法は見たことがないもの」

 経験を積んだ魔法使いでも、魔法書だけで実際に見たことがない魔法はたくさんある。魔法使いであれば、どんなものかを自分の目で見たい、と考えるもの。

「どんどん首を突っ込んでいるからね。時間が許す限りの協力はするから、二人ともがんばって」

 リクリスの場合はレシュウェルが最初に巻き込んだのだが、今では本人がすっかりやる気になっている。

「マロージャ先生、早速ですけどお願いしたいことが……」

「ん? 何だい、ルナーティア」

 ルナーティアは、リュックの口を開けて見せる。

「巻き藻の臭いがついちゃったみたいで……。消臭の魔法ってあります?」

 さっきそっと嗅いでみたら、何となく生臭い気がした。レシュウェルがあんなにしっかりと袋に入れてくれたはずなのに。

 魔界の臭いに、人間界の消臭剤が効くのかどうか、ちょっと不安だ。

「ああ、池の水の臭いかな」

「それと、絶対に虫がいないって確認できる魔法があれば」

「え? 虫?」

 ルナーティアの言葉を聞いて、レシュウェルは肩にいるエイクレッドと目を合わせ、くすりと笑った。

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