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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第二話 木(もく)の魔珠

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2-11.巨大スライム

「スライムでありながら、どうも雑魚扱いできないような奴らしい。話だけなので、確かなことは言えないのだが」

「ねぇ、何か聞こえるよ」

 エイクレッドの言葉に、全員が耳をすませる。

 魔物が来て、その足音が聞こえたのかと思ったが、それらしい「足音」は聞こえてこない。

 ただ、何か重たい物を引きずるような、ずずっという音がする。

「え……あれ……」

 悲鳴すら出せず、ルナーティアがそちらを指差す。

 暗い茶色の身体をしたスライムが、森の奥からこちらへ向かって移動しているところだった。

 だが……そのサイズがとんでもない。

 レシュウェルも本物のスライムは見たことがないが、本に出ている限りではテニスボールサイズから、大きくてもバスケットボールくらいのはず。

 なのに、現れたスライムは、長身のレシュウェルとそう変わらない高さなのだ。高さに見合って、幅もたっぷり。

 あれでは、球体と言っても大玉転がしに使う大玉サイズである。

 魔力の有無はともかく、のしかかられたらその重さで圧死か窒息させられそうな気がする。雑魚魔物にはできない芸当だ。

 一行は静かに木の陰に隠れ、ひとまず様子を窺う。

「あれは……ログバーンの言う通り、確かに雑魚扱いは失礼だな」

 話が出た途端に現れた。ログバーンが教えてくれなければ、とても冷静に観察なんてしていられなかっただろう。

「ぶにぶにだね」

 エイクレッドが言うように、その姿は「ぷにぷに」より「ぶにぶに」という擬音の方が合う。

「スライムって、だいたいあんな感じよね。って……え?」

 半ば呆然となってそのスライムを見ていると、スライムの一部が突き出してきた。

 全体は、上の方が少し丸みをおびた大福のような形。

 その身体から、人間で言えば肩辺りの部分が鋭く尖ってきたのだ。腕が伸びたようなもの、だろうか。

 スライムは太い針のようになったその先端で、近くの木を傷付ける。柔らかそうに見えるのに、木の幹には深い傷ができた。当然と言おうか、スライムは無傷。

「スライムって……あんなマーキングするの?」

 そもそも、テリトリーの意識があるかどうかも怪しい、と思っていたのに。最弱の魔物がテリトリーを主張しても、他の魔物から鼻で笑われかねない。

「いや、聞いたことがない。突然変異って奴だろうな。他の奴がするのを見て、マネしているだけなのかも」

 周囲の木にはたまに一本だけの傷痕があったが、あれはこのスライムが付けたものかも知れない。

「レシュウェル、あれはちょっとまずいぞ」

 ログバーンがレシュウェルにささやく。

「どうした?」

「他のスライムにはない臭いが、奴からしている。突然変異はともかく、奴は他の魔物を喰っているはずだ。自分が取り込んだ魔物の性質が残って、ああいう行動をしているんだろう」

「他の奴を喰って、身体があんなに大きくなってるのか。土属性のスライムかと思ったけど、あの色だと実際は猪か熊あたりを喰ったか」

 熊なら、ああいう行動をするのもわかる。どこまでが、スライムの自我による行動なのだろう。取り込んだつもりが、逆に取り込まれているのか。

「注意しろ。軽い攻撃では、跳ね返されるぞ」

「だろうな」

 喰った魔物の力を、自分の力として使うかも知れない。あのスライムに限らず、そういった性質の魔物は存在するから。

 本来は柔らかい身体で、簡単につぶれる。だが、魔物を喰っているなら、防御力が上がっているはずだ。

 今は逆に、柔らかくてダメージを与えにくくなっていることも考えられる。そもそも、防御力以前にあの巨体をつぶすこと自体が難しい。

「面倒そうな奴だ……気付かれたか」

 スライムがこちらへ向かって、じわじわと動き始めた。

 目などのパーツがないので、どちらが前なのかわからないが、普通に考えて進行方向に顔があるのだろう。鼻は見えないが、人間の臭いを嗅ぎ付けたのかも知れない。

「ルナーティア、下がってろ」

「うん……。レシュウェル、どうするの」

「スルーしてもらえないなら、相手をするしかない」

「あんな巨大スライムの相手って……攻撃、通じる?」

 生半可な攻撃では、単に相手を怒らせるだけになりかねない。こちらへ近付けば攻撃されると知って、スライムが自分から引いてくれればいいのだが。

「柔らかいなら、固めてやればいい。元の身体は、水分が多いはずだからな」

 隠れているつもりだったが、スライムは間違いなくこちらへ向かって来ている。やはり侵入者を認識しているのだ。

 それにしても、どうやって状況を把握しているだろう。

「あんな身体に取り込まれるのは、ごめんだからな。先制させてもらうぞ」

 レシュウェルは、氷結の呪文を唱える。

「ニロシッマ エマテッオコ」

 茶色いスライムの表面が、白く覆われ始める。それでも、スライムは構わずに動こうとしていた。大きい分、やはり防御力が増しているのだろう。

「ニチカチッカ エマテッナ」

 レシュウェルは構わず、呪文を唱え続ける。

「こんな時に……。別口が現れたか」

 ログバーンの言葉に、ルナーティアはスライムから視線を動かす。

「うそぉ……」

 森の奥から、熊のような魔物が現れていた。その姿を見て、ルナーティアは青くなる。

 スライムと勝負しに来たのか、それとは関係なくマーキングをしにきたのか。喰われた仲間の報復、かも知れない。

 ルナーティアにとってそんなことはどうでもいいが、レシュウェルはスライムと交戦中だ。新たに現れた熊の相手までは、どうしたってやっていられない。

 つまり。

「これって……あたしが何とかしなきゃいけないってパターン?」

 一応、攻撃系の魔法は習っている。だが、火をちょっと放てるようになった、という程度のレベルだ。

 今、レシュウェルが使っている氷結魔法のような複合魔法なんて、呪文は何とか詠唱できます、という程度。

 氷が出たとしても、せいぜいタブレット菓子くらいのサイズだ。これが……謙遜ではなく、事実なのが悲しい。でも、それが現実。

 熊はたぶん、動物園で見たよりもずっと大きい。そして、熊のように見えても熊ではなく、魔物だ。よく見れば、その頭には短いながら一本の角がある。

 ルナーティアの魔法くらいであんな魔物がひるんでくれるとは……残念ながらそうは思えない。

「心配するな。私がやる」

 ログバーンがそう言いながら、すっと前へ出る。ルナーティアは「ありがとう」と言ったものの、馬が熊に勝てるのかしら、と不安になる。

 人間界の動物の世界では、馬より熊の方が強いはず。

 いざとなれば、馬だって自慢の脚力で相手を蹴り上げることもできるだろうが、そういう状況にはあまりならないだろう。

 草食獣というのは基本、逃げるのが専門であるはず。

 でも、ログバーンは火が使えるもんね。それに、魔物と魔獣じゃ、レベルが違うはずだし。

 ログバーンの後ろへ静かに移動しながら、ルナーティアはふとそばにある木を見た。

 そこにもやはり魔物の爪痕が残り、そこから樹液がにじみ出している。流れ出して時間が経っているであろう樹液は、すっかり固まっていた。

 何だか、これって濃い色をしたはちみつみたい。

「あ、そうだ」

「ルナーティア、何するの?」

「今のうちに、あたしがこの樹液の塊を取っておけばいいのよ。そうすれば、タイミングを見計らって、レシュウェルやログバーンが戦わずにこの場から逃げられるわ」

 相手がこちらを認識して近付いて来るから、仕方なく相手をしている。だが、ルナーティア達としては、できる限り余計なバトルなどしたくないのだ。

 人間界に出没すれば退治される対象の魔物だが、ここはパラレル魔界。魔物達の棲む場所だ。

 こちらが押しかけて来ているのに、命を奪われるなんてことになれば、魔物にとって理不尽すぎる話。

 ルナーティアたちがここにいるのは、魔物退治のためではないし、もちろん喰われるためでもない。魔物の生活を壊しに来た訳ではないのだ。

 ログバーンは飛べる。レシュウェルがスライムから離れ、ルナーティアと一緒に乗ってしまえば、ここから離れられるのだ。

 あのスライムや熊の魔物が、同じように飛べるとは思えない。スライムは跳ねるくらいはできそうだが、飛行ができる体型とは言えないだろう。こちらが撤退することが、誰も傷付かない方法だ。

 ルナーティアはさらなる新手が周囲にいないことを確認して、樹液の塊に手を伸ばした。

 レシュウェルの方は、何とかして動こうとするスライムを氷漬けにしていく。余程の失敗をしない限り、攻撃を外すことはないぐらいまで動きをにぶらせると、素早く別の呪文を唱える。

「ワワイイカッデ デイタモオ」

 スライムの真上からその身体と同じ大きさの岩が落下し、表面が白くなってしまっているスライムの身体が粉々になった。

 身体のかけらが周囲に散らばる。だが、レシュウェルがその前にスライムの周辺を風で作った壁で囲っていたので、スライムのかけらが飛ぶ範囲はごく小さい。

 その囲いの中で、火柱が上がった。一気に高温にさらされ、凍っていたスライムはすぐに溶ける。

 さらに、本来の身体の水分までが蒸発し、干からびた身体はそのまま燃やし尽くされた。

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