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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第二話 木(もく)の魔珠

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2-09.さらなる要求

「少なくとも、目の前にエサがある時点では、俺達に手を出して来ないだろう。問題は、取引の後だ。ルナーティア、そいつがどういう動きをするかわからないから、気を付けろよ。弱そうに見えても、パラレル魔界の魔物だ」

「うん、わかった」

 レシュウェルは池にいる魔物が現れるよう、呼びかけの呪文を唱えた。

「イサダクンメゴ カッマテイカレダ」

 しばらくすると、池の水面が揺れて何かが顔を出す。こちらへ近付くに従って、身体が水から現れた。

 何となくの予想はしていたが、半魚人のような姿をしている。

 全身はうろこに覆われていた。そのうろこは池の水の色に染まったのか、と言いたくなるような、緑色。水面から顔を出した時は細かった目が、陸へ上がるにつれてぎょろっと大きくなった。

 顔の横には大きなヒレがあり、シルエットだけなら個別包装されたキャンディみたいだ。あくまでも、顔の形だけ、なら。

 魔物って……やっぱりかわいいって言葉からは遠いなぁ。

 水かきのある足で歩き、その身長はルナーティアの腰にも届かない。小さければかわいいと思える生き物が多いが、魔物にその定義はあてはまらないようだ。

「人間が何の用だ?」

 美声とは言い難い低音で、魔物がレシュウェルを見る。

 それから、値踏みでもするかのように、ルナーティアやログバーンにも視線を走らせた。

 こちらから呼び出しておいて何だが、こういう視線を向けられるのはやはり気分がよくない。

「この池にある巻き藻がほしい。この肉と交換で、取って来てくれないか」

 レシュウェルがスーパーの袋から透明のビニール袋に入った鶏肉を取り出し、魔物に見せる。

 一番安く、さらに特売のささみだが、魔物にどの部位かはわからないだろう。肉であることがわかればいい。

「巻き藻、か。あんな腹の足しにもならない草がほしいのか?」

「そうだ。どうする? 断るなら、別の奴に頼む」

「……いいぜ、持って来てやる。ちょっと待ってな」

 目の前にはっきりした報酬があるので、その気になったらしい。

 魔物は池の中へと戻った。

「しゃべれる魔物って、本当にいるのね」

 魔物と一括(ひとくく)りにされたりもするが、その中でも高い魔力と知性を持った存在が魔性と呼ばれる。常に獣姿、もしくは人間の姿になれないなら魔獣だ。

 その逆が魔力、知性、体力などの低い魔物。悪い言い方をすれば、雑魚魔物だ。それらは、言葉を持たない。

 その中間にいるのが、さっき現れたような魔物だ。魔力は高くもないが、低くもない。個体差があるが、普通に話ができる魔物もいれば、片言がせいぜいという魔物もいる。

 ルナーティアも魔物についての勉強をしているし、ログバーンのように強い魔力を持った魔獣が話せることは知っている。

 だが、魔性程にレベルが高くないのに話ができる、というのが不思議な気がしていた。

 しかし、ああして実際にいるのだ。ちゃんと意思疎通できる魔物が。

 クフェアが授業で「一番力が上がるのは、実戦だ」と話していたが、確かにそうだと思える。

「ぼく達の世界にいる魔物は、みんな話せるよ」

「え、竜の世界にも魔物がいるの?」

「うん、たくさんいるよ」

 竜の世界には竜しかいない、と勝手に思っていた。

 人間の世界には人間以外の動物が存在するように、竜の世界には竜以外の動物が存在する、ということのようだ。

「そっか。せっかくエイクレッドがそばにいるんだもん、竜の世界のこと、もっと勉強したいな。教えてくれる?」

「いいよ。……でも、何を話せばいいの?」

「俺達が聞きたいと思うことを聞くから、エイクレッドが話せる範囲で教えてくれればいいんだ。竜の世界にタブーがないなら、ありがたいけど」

 これは竜の秘密だ、ということをエイクレッドが「知らないで話してしまう」なんてことはないだろうか。

 余計な真相を知ってしまうことで、竜に記憶やへたしたら存在まで消されてしまう……となっては困るのだが。

「んー、言っちゃダメってことはない……と思うけど」

 子どもだからわからない、ということは大いにある。

 気軽に「教えて」とは言ったが、深く尋ねるのは危険な気がしてきた。突っ込んで聞くのはやめた方がいい……かも知れない。

「あ、そう言えばルナーティア。さっき、木の実が当たったところ、大丈夫か?」

「うん、もう平気。当たった時はびっくりしたし、痛かったけど。スーパーボールが当たったみたいな感じだった。ふいうちって感じだったし」

「そうか。とんでもない伏兵だったな」

 言いながら、レシュウェルの大きな手がルナーティアの頭をなでる。それだけで、なかったことにできる気がした。

 自分でも単純だなぁ、と思うが、こうして心配してもらえればやはり嬉しい。

「エイクレッドは当たらなかったか?」

「うん。何度か危ないって思う時はあったけど」

 かろうじて逃げられたし、ルナーティアもうまくよけていたので無事だった。いくら竜でも、今のエイクレッドに当たったら多少のダメージはあるだろう。

 そんなことを話していると、再び池の水面が揺れた。

 見ていると、あの魔物が現れる。水から出て来た魔物の手には、水草の塊のようなものがあった。

「ほらよ。これが巻き藻だ」

 ルナーティア達の前まで来ると、魔物はその水草を見せた。

「じゃあ、この肉と交換だ。俺は肉をこちらに置くから、そちらの石の上に巻き藻を置いてくれ」

 レシュウェルは自分の右手側にある、人間の頭くらいありそうなサイズの石に、鶏肉の入った袋を置いた。魔物には、左側にある似たようなサイズの石に、巻き藻を置くように指し示す。

 直接交換しようとすると、相手が何か仕掛けてくるかも知れない、という警戒のためだ。それは、魔物にとっても同じだろう。

 交換だ、と言っておいてただ働きさせられるのでは、くらいは考えているかも知れない。失礼ながら、あまり賢そうには見えないものの、それくらいは予想できる程度の知能があるはずだ。

 魔物は言われるまま、持っていた巻き藻を石の上に置いた。それを見て、レシュウェルとルナーティアは魔物の動きに注意しながら、そちらへ動く。

 同じようにして、魔物も鶏肉が置かれた石の方へ移動した。

 ログバーンは、少し離れた所でその様子を見ている。自分はこの取引に参加していないからだが、魔物が何か仕掛けようとしないか、監視していた。

 石の上に置かれていたものをレシュウェルが確認すると、確かに本で見た巻き藻だ。絡んだ毛糸を無理にまとめて、玉にしたような藻の塊。

 騙されることを懸念していたレシュウェルだが、魔物はちゃんと仕事をしたようだ。ひとまず、ここまでの段取りは順調と言える。

 レシュウェルはジッパー付きのビニール袋にそれを入れ、念のために持って来ていたもう一枚のビニール袋にそれを放り込む。

 さらに、魔物に渡した肉が入っていたスーパーの袋に入れ、袋の口をしっかり縛った。水の中から得る物なので、濡れないための備えだ。

「レシュウェル、リュックに入れて。そんなの持ってたら、動きにくいでしょ」

「いいのか? 臭うかも知れないぞ」

「普通の藻じゃないもんねぇ。いいわ、帰ったら消臭剤をかけて何とかする。ダメなら……マロージャ先生かテンプール先生に、何か方法がないか聞いてみる」

 さすがにスーパーの袋を手にした状態でパラレル魔界をうろうろするのは……誰も見ていないが、格好悪い気がする。

 ルナーティアのリュックは素材を入れるために持っているのだし、手に荷物があったら何かあった時に対処しにくいだろう。

 それに、パラレル魔界へ持って来ているのだ、何のきっかけでリュックが壊れるかも知れない、というのは覚悟している。

 そのために、持っているリュックの中で一番古いものを選んでいるのだ。汚れても壊れても構わない、というものを。

 ルナーティアに言われ、レシュウェルは手に入った素材を彼女のリュックに入れた。

 その間に、魔物はレシュウェルが置いた肉をあっさり平らげてしまう。ちゃんと噛んだのか、と聞きたいくらい、早かった。

 そして、その目は巻き藻をリュックに入れている人間達へ向けられる。

「レシュウェル……」

 その視線に気付いたエイクレッドが、レシュウェルを呼ぶ。その声に気付いた二人が、魔物を見た。

「これだけじゃ、足りない。もっとよこせ」

「交換する物は、先にしっかり見せただろう。それを承知した上で、お前も行動を起こしたはずだ」

「うるせぇ。この池には、面倒な魚もいるんだぞ。危険な中を泳いで、お前の欲しい物を持って来てやったんだ。その分をよこせ」

 魔物が言っているのは、恐らくあの巨大魚のことだろう。もしくは、他にも危ない魚がいるのかも知れない。

 だが、それはこちらの知ったことではない話。だったら、なぜそんな危険な場所に棲んでいるのか、と言い返したい。

 取引はちゃんとした。レシュウェルはあれしか持っていなかったので、交渉されても出せないが、それならそれで「報酬が少ないから」と断ればいいだけ。

 欲しければ、ここでの行動は危険が伴うからもっとくれ、と先に言うべきだったのだ。

 こうして交換が終了しているのに、さらなる要求をされても、こちらは聞くつもりなどない。

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