2-06.姉と弟
「次の授業、ちゃんと集中するようにな」
予定の所まで進められなかったクフェアはそう言って、教室を出て行った。
そう言うクフェアだって、次の授業がちゃんとできるかは怪しいものだ。
職員室へ帰れば、今の顛末を話すことになるのだろう。こんな予想外すぎる出来事を、黙っている訳にはいかないだろうから。
きっとクフェア自身も、エイクレッドが来てから予想外のことが起きて戸惑うことも多いだろう。
教室のあちこちで、大小のためいきがもれた。
姿こそ人間だったが、すぐそばにエイクレッド以外の竜がいたのだ。ためいきももれる、というものだろう。
竜にだって兄弟姉妹はいるだろうが、まさか自分の目で見ることになるとは。
ウィスタリアと対峙していたルナーティアは、力が抜けてしまってイスに座り込んでいた。
エイクレッドと一緒にいるようになって、少しは竜という存在に慣れているはずなのに。父親のオウレンにも会っているのに。
ついさっきまで別の竜の存在が近くにあったことを、今更ながらに実感しているのだ。
「大丈夫、ルナーティア?」
ネーティが心配して、ルナーティアのそばへ来る。少し遅れて、カミルレも来た。
「あたし……竜にケンカを売ったのかな」
自分がウィスタリアに言ったことを思い返し、ますます脱力する。勢いとは言え、とんでもないことをしたのかも知れない。
「あー……端から見てると、そんな感じかしらねぇ」
カミルレの言葉に、ルナーティアは自己嫌悪に陥る。
やるべきはウィスタリアの挑発にのることではなく、何とかしてウィスタリアにオウレンとの橋渡し役となってもらうことなのに。
そして、エイクレッドが竜の世界へ帰れるよう、協力してもらうように話をもっていくべきだったのに。
もっとも、ウィスタリアのあの様子では、どう言いくるめようとしてもかわされてしまうような気はする。
「だけど、あちらにすれば、自分の家族の面倒をみてもらってる訳でしょ。それがああいう態度って、どうなのかしら」
ネーティの言葉に、エイクレッドがしゅんとなる。
「ごめんなさい……」
「あ、エイクレッドが謝ることじゃないわ。父親が放っておけって言ったのに、ルナーティアが世話をしてるのは……んー、言ってみれば人間側の勝手、みたいなものよ。ただ、様子を見に来るにしても、あんな形で来られたらちょっと文句の一つも言いたくなるって話よ」
ネーティの言葉に、ルナーティアも同感だった。
確かに、エイクレッドの世話をするのは、ルナーティアの勝手だ。父親に放っておかれて泣いている小さな竜を、そのままにはしておけなかったから。
誰かに頼まれたからとか、竜に礼を言われたくてしていることではない。
でも、バカにしているような態度をされるのは……ちょっと違うはず。
「ウィスタリアって、言いたいことをがまんしないタイプね。エイクレッド、いつも言い込められてるんじゃない?」
「えっと……」
カミルレの言葉に、エイクレッドは口をにごす。
「姉貴にとっては、弟なんてパシリか下僕みたいなものだからなぁ」
別のクラスメイト達が、そんなことを言って笑う。
「お前、下僕にされてるのか?」
ジュークが自称下僕のボーシュをからかう。
「似たようなもんだよ。あれをしろ、これ買って来いとか、こっちの都合も聞かずに勝手なもんだぜ」
「竜の世界でも、その関係って同じなんだな。はは、何かすっげー親近感わく」
「エイクレッド、姉貴の横暴さには泣きたくなることもあるだろうけど、お互いがんばろうな」
「う、うん……」
ボーシュの言葉に戸惑いながら、エイクレッドはうなずく。
「ちょっとお。私にも弟はいるけど、パシリになんてしてないわよ」
姉の立場であるメイクルが反論する。
「上と下じゃ、受ける感覚が違うっての」
ルナーティアにも姉がいるが、パシリにされた覚えはないので話に入り切れない。弟と妹の違い、だろうか。
「平和なクラスよねぇ」
カミルレの言葉に、ルナーティアもくすっと笑った。
人間の姿とは言っても、竜に会った。竜なんて、そうそう会えるものではないのに。
その後の話が、横暴な姉と虐げられた弟のことになっているのだから。
異常な興奮状態にならないだけ、いいのだろうか。
このクラスは、結構お気楽な生徒ばかりなのかも知れない。
☆☆☆
その日の夜。
ルナーティアはレシュウェルに連絡を入れて、今日のことを話した。
「……ってことがあったの」
(少なくとも、家族には事情を話してあるってことか。姉がそういう態度なら、母親が迎えに来る可能性は低そうだな。竜にとっての時間の感覚がわからないけど、日数が過ぎた割りに音沙汰がないし)
姉より母親の方が、先に姿を見せそうなもの。しかし、それらしい存在は現れていない。
父親と同じ考えでいるからなのか、迎えに行くことを父親から止められているからか。
「お母さんは優しいけど、怒ると怖いって」
(……どこでも同じだろ、それ)
言われてみれば、そうだった。全く怒らない母親なんて、きっと少数派だ。
「ウィスタリアが、エイクレッドが帰れるようになるのは無理だ、みたいな言い方をしたの。だから、そんなことないって、つい言い返しちゃった」
(気にするようなことじゃない)
「だけど、相手は竜でしょ」
(竜だろうが何だろうが、無理だと言われる筋合いはない。そいつが未来予知をした上で、そう言ったのならともかく。いや、たとえ予知だとしても、未来は確定していないんだから、やっぱり言われる筋合いはない)
強気の発言だ。でも、ウィスタリアが予知したようには見えなかったし、それなら何の根拠もないはず。
確かに、あんなことを言われる筋合いはないのだ。
帰れない、と言うのなら、なぜそうなのか理由を言え、くらいの反論をしてやればよかった……と、今なら思う。
「カミルレがウィスタリアのこと、言いたいことをがまんしないタイプって言ったけど、お父さんやお母さんは何も考えずにしゃべるって言ってたよ」
話にエイクレッドが加わる。
(竜の中にも、そういう性格の奴がいるんだな。人間は勝手に竜を孤高の存在みたいに思ってる部分があるが、人間と変わらない部分もあるってことか)
「うん……。だけど、やっぱりケンカを売る相手じゃないわよねぇ」
ルナーティアは、小さくためいきをつく。
「ウィスタリアが帰った後も、同じこと言ってたね。ルナーティア、ケンカを売るって何?」
「え? だから、えっと……言われたことに反論する、みたいな感じかな。挑発するとか」
どちらかと言えば、挑発したのはウィスタリアの方だったようにも思えるが。
「ウィスタリアにできないって言われて、できるってあたしは強く言い返したでしょ」
「それがケンカなの?」
(エイクレッドの言う通りだ。ルナーティア、そんなのはケンカのうちに入らないぞ)
「そ、そうかなぁ」
あの挑戦的な目で見られたせいか、言い返したことが「ケンカを売った」と同義になるような気がしてしまう。
(自然回復ではなく、俺達がしようとしていることでエイクレッドが竜の世界へ帰れるか帰れないか、を言い合った訳だろ? だったら、魔珠鏡の魔法を成功させれば済む話だ)
「済む話って……」
あまりに軽く言われ、ルナーティアは絶句する。
エイクレッドは「帰れる」とあの場の勢いでウィスタリアに言っていたが、今のレシュウェルは勢いで言ったのではない。当然のように話している。
(フルにはならないにしても、エイクレッドが竜の世界へ帰れるだけの魔力が回復すればいい訳だろ? 完全復活は竜の世界でするとして、今の場合は帰れたらいいだけなんだから、そんなに時間はかからないはずだ。あまり魔力がない、とみなされているエイクレッドが人間界へ来られたんだから、量はそんなに深く考えることはないと俺は思ってる)
人間がパラレル魔界へ行く時、道を開く時に多少の魔力が必要にはなるが、そんなに大量ではない。それの竜バージョンだ。
「レシュウェル、前向きよねぇ」
「じゃあ、ルナーティアが前向きになれない理由は何だ?」
「え……」
逆に言われて、ルナーティアは言葉に詰まる。
はっきり言って、まだ何もやっていない。魔果を作っただけだ。メインとなる魔珠鏡の魔法はこれから。
それなのに、できるだろうか、みたいな後ろ向きの気分になっていた。ウィスタリアに竜の魔力量について「無知だ」と言われたから、だろうか。
でも、魔珠鏡の魔法はルナーティアが「やる」と決めたのだ。後ろ向きになっている場合ではなかった。
(これから作る魔珠や鏡が消耗品でなければ、エイクレッドに必要な力が一度で戻らない時は何度でも術を繰り返せばいい。一度しか使えないものなら、また素材を集めればいいだけだ。大学部の教授が二人もついているし、エイクレッドのことはキョウートの中ではほぼ全員が知っているだろうから、何かあれば協力を求めればいい。ルナーティア一人が背負い込む話じゃないんだ。後ろ向きになる必要なんて、どこにもない)
「そ、そっか……」





