1-02.もみじの中に
もう一度、彼に会えたら。
そんな希望を抱いたルナーティアだったが、同じ学校でも高校と大学ではエリアが違うし、学舎もかなり離れている。
図書館や食堂は共同だが、時間が合わないのか、彼を見掛けることはなかった。
「そんなにうまくはいかないかぁ」と、希望は一旦胸の底にしまっておくことにする。
それから、およそ三週間後。
「かわいい……けど、どうしよう……」
ダンボールに入れられた、三匹のやせた茶色い子犬を見付けたルナーティア。
柴犬にも見えるが、たぶんミックスだろう。目が開いて間もないくらい……に思われる。
奇しくも、ロック鳥のひなを見付けた桜の木の下だ。
来るつもりなんてなかったのに、いつの間にかこちらへ来ていた。
明日から始まる連休。その間にやるように出された課題のことを、あれこれ考えながら歩いていたせいだ。
ここへ来たのは、あの日以来。今は花も全て散り、美しい青葉が茂っている。
ルナーティアとしてはこの子達を連れて帰りたいが、一度に三匹はさすがに家族もいい顔はしないだろう。特に父親は犬が苦手だから、なおさらだ。
でも、目が合ってしまっては、素通りできない。
それに、つい子犬の前でしゃがみ込んでしまったから、今この場面を見た人がいたら「ルナーティアが捨てた」と思われてしまいそうだ。
もっとも、今は人通りがほとんどない。
「今度は、何を見付けたんだ」
思い切って今すぐこの場を走り去ろうか、と思っていたところに後ろから声をかけられ、色々な意味でどきっとする。
突然だったことや、聞き覚えのある声だったことで。
振り返ると、やはり半月前に会った先輩だ。
「あの、子犬が捨てられていて……」
「こんなひどいことをする奴、まだいるんだな」
言いながらルナーティアの隣にしゃがみ、彼は子犬の首元をなでる。子犬は気持ちよさそうに鳴いた。
「こういうこと、よくあるのか?」
「こういうこと?」
「迷子や、捨てられた奴を見付けること」
「えーと……たぶん、他の人よりは多い、かも」
言いながら、ルナーティアは苦笑する。
自分が友達とはぐれて困ってる時に、迷子を見付けて一緒に親を捜したことがあった。後で友達から「そんな場合じゃないでしょっ」と怒られたが。
捨てられた犬やねこも、何度か保護した。里親を探すのが大変だから、見付けても連れて帰って来ないで、と家族から言われている。
確かに、何度も知り合いに「飼い主になってくれる人を探してほしい」と頼んだが、もう人脈も限界に近いだろう。多頭飼いをしてくれる知り合いなんて、そうそういない。
「保護団体に知り合いがいるから、連絡してみる」
そう言うと、彼はルナーティアが頼みもしていないのに電話をかけ始めた。そう長くはない会話が終わると、子犬たちが入っているダンボールを持ち上げる。
「連れて行くけど、来る?」
もちろん、ルナーティアは彼と同行した。
☆☆☆
こんな感じで、ルナーティア・ヤーブリッジはレシュウェル・コートノーブルと出会い、それから一年半近くが経った。
子犬を拾ってから里親が見付かるまで関わったおかげで、ルナーティアとレシュウェルは急速に近付き、今では恋人になっている。
出会いのきっかけを聞いた友達からは「子犬と一緒に、ルナーティアも拾ってもらったのね」などと言われた。自分でも、そんな気がしないでもない。
十一月に入ったこの日、二人はケフトの北地区にある寺院エーカンドゥ周辺で、紅葉狩りデートをしていた。
もっとも、紅葉狩りなんていうのはほとんど口実で、目先の変わった場所で二人一緒にいられたらそれでいいのだ。
恋人なんて、そんなもの。
秋も半ばになり、紅葉を売りにしている観光地は人だらけだ。
観光名所が多いこの時期のケフトは、よその国から来る人の数がピークになる、と聞いたことがある。
よくこれだけ集まったな、と思うくらい、どちらを向いても人、人、人。
だが、二人は地元なので気楽に行けるし、ちょっとした穴場も知っているので、人込みにうんざりすることはほとんどなかった。
今も、地元民しか知らないエリアで秋を満喫中である。この辺りは、人影もかなりまばらだ。
今年は例年より冷え込むのが早かったせいか、すでに葉は美しい赤に色づいている。
「赤がすっごくきれい。何枚か持って帰って、栞にしよっかな」
ベージュの薄手のコートの裾をひるがえしながら、ルナーティアは汚れのない葉っぱを探し始めた。
彼女のかぶる薄茶のベレーに赤い葉がひらひら舞いながら載り、レシュウェルがそれを取ってルナーティアに差し出す。ルナーティアは嬉しそうに受け取った。
「木の根元近くの方が、いいんじゃないか? 人が少ないと言っても、この辺りだと踏まれてる葉が多いだろう」
「うん、そうね。あまり人が歩いてない所っと」
「黄色は?」
「んー、黄色だと、少しの汚れも目立っちゃうしなぁ。あ、この辺りにあるのは他よりきれいな感じ」
そんな会話をしながら、ルナーティアはとある一本の木の根元に近付いた。しゃがんで地面に落ちた葉を数枚拾っては吟味する、ということを繰り返す。
「レシュウェル……」
「どうした?」
しばらくすると固まったように動きを止め、ルナーティアがレシュウェルを呼んだ。でも、顔を彼の方へは向けず、地面を見たまま。
妙に思ったレシュウェルが、ルナーティアのそばへ寄る。
「あの……これ、何かな」
レシュウェルは隣に立ち、ルナーティアの手元を覗き込む。
ルナーティアは、両手のひらに赤いものを乗せていた。だが、もみじなどの葉にしては形が妙で、レシュウェルは確かめるように彼女の手のひらの中にある物を見る。
鮮やかな赤。きっと、他のどの葉よりも赤い。
小さなドーナツのように丸くて、中央に直径二センチくらいの穴があいている。
……いや、そうではない。
穴があいているのではなく、幅が二センチくらいで、伸ばせば長さ十センチくらいになるであろう細長いものが、輪になっているのだ。
片方の先の両端には、短く黒っぽい筋が二本。虫でもついているのか、と思ったが、それならルナーティアが自分の手に乗せるはずはない。
きれいな葉を探しているのに、わざわざ虫付きの葉を拾ったりはしないだろう。
よく見れば、頭らしきものがある。だとしたら「トカゲか」と思ったが、ちょっと違うような。
「え……それって……もしかして、竜、か?」
身体を丸めているのは、竜だ。黒い筋と思ったものは、竜の角。
竜の形を認識すれば、顔はトカゲとも違うし、短いがちゃんと四肢があるのもわかった。短いが、ひげもある。
「や、やっぱり? でもね、これって、おもちゃとかじゃないみたいで……」
困惑した顔で、ルナーティアはレシュウェルを見る。
最初はルナーティアも、おもちゃかな、と思ったのだ。おもちゃ、もしくはバッグチャームみたいなもの。
それを、軽い好奇心で拾い上げた。落とし物かな、と思いながら。
でも、見た目よりも妙に重みがあり、あれ? と思っていると、手のひらがほのかに温かいように感じ始める。
地面の上から拾い上げたのだから、素材が何であれ、おもちゃならもう少し冷たく感じるはずだ。
なのに、温かいということは……生きている?
ここにいたって、ルナーティアは「何かおかしい」と思ってレシュウェルを呼んだのである。
「生きてるのか?」
「少し温かいから、たぶん。でも……眠ってるみたい」
目が存在するであろう位置には、わずかな筋が見えるだけ。何色かわからない瞳は、閉じられたままだ。
おもちゃでないなら、ルナーティアが持ち上げた時点で、もしくはこうして二人で話をしている間に目を覚ましそうなもの。
だが、おもちゃのような竜は、まるで目を覚ます様子がなかった。
レシュウェルが手を出し、ルナーティアは竜の小さな身体をそっと彼の手に乗せる。移動させられても、やはり竜は目覚めない。
レシュウェルも確かに、わずかな温かさを感じた。
「竜って、こんな所にもいるもの?」
「いや、普通はいない。いたとしても、こんな状態でいるはずはないし。色で判断するなら、これは紅竜だな」
丸まっていた身体を、レシュウェルはそっと伸ばした。やはり十センチ程の長さで、短い四肢にはちゃんと指も爪もある。赤い身体は、うろこに覆われて。
「あたし、まだ竜のことについてはちゃんと習ってないの」
「ああ、しっかり習うのは来年だな」
「だけど、ここにいるのはおかしい、のよね?」
「明らかにな」
竜は魔法使いだけでなく、一般人にも認知はされている。だが、人の多い所にはあまり姿を現さないので、誰であれ本物を見た人は少ないだろう。
魔力が非常に強いため、神格化する人もいて、宗教のようになっていたりすることもある。
とは言っても、本当の神様ではないので、竜が人間の願いを叶える、ということはまずない。
個人的に親しくなれば助けてくれることがある、という話はあるが、あくまでもその程度だし、それも非常にまれなこと。
「だいたい、サイズからしておかしい。こいつが大人だとしたら、本来なら少なくとも三十メートル以上はあると聞くからな」