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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第一話 魔力を失った竜

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1-15.魔果の木

 ログバーンにカラスーマまで送ってもらい、ルナーティア達はそこから人間界へ戻った。

 学校のすぐ近くにも、パラレル異世界へ続く道があるのだ。そこから人間界へ戻って、学校へ向かう。

「マロージャ先生、今日もいるのかな」

「話はしてあるから、学会だとかの用事が入ってなければ、いるはずだ。資料の整理がたまってるって話だったから。それは、今日に限ったことじゃないけどな」

 学校へ来ると、二人はリクリスの研究室へ向かった。

 今日パラレル魔界へ行くことは話してあるし、素材を収集して戻って来たら報告する、と言ってある。もしいなければ、伝達()を飛ばすように、と言われたから、それをすれば何かしらの指示はしてくれるだろう。

 話したのは昨日だから、覚えてくれている……はず。

「ああ、無事だったね。おかえり」

 二人の顔を見ると、リクリスはいつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。さすがに、気にしてくれていたようだ。

「冒険譚については、後でゆっくり聞かせてもらうとして。どこで木を育てるか、決めてあるのかい?」

「はい。高等部の花壇の一角に。ガーデニング部の副部長がクラスメイトで、話をしてあるんです」

 ガーデニング部は文字通り、ガーデニングをする部だ。

 しかし、魔法学校という場所柄、育てる植物は普通ではない。

 わずかながら、普通に観賞用となる植物もあるが、魔法薬や道具を作るための魔法植物が多く植えられているのだ。

 ここが魔力の強い土地柄だから、できること。

 そして、ルナーティア達が今からやろうとしているのは、魔法の植物を作り出すことだ。種をまいたり、苗を植えるのではなく、素材と魔法で作り出す。

 しかし、ただ作り出せばいいだけではなく、その後でしっかり根を張り、育ってくれなければならない。

 そのために、魔力を含む花壇に目を付けたのだ。

 幸い、エイクレッドのことはクラスメイトが認知してくれているし、ルナーティアがこの話をすると、協力してくれることになった。

 この花壇なら、プランターを使って家で育てるより、ずっとうまくいくはずだ。

 それに、エイクレッドが力を取り戻して必要なくなった時も、そこにあれば後々使うことができる。

 術を行うところを見守る、ということで、リクリスも同伴で高等部の花壇へ向かった。

 一見するだけでは、よくわからない植物が植えられている花壇。

 その隅に、何も植えられていない部分がある。ガーデニング部から、魔果の木を植える許可をもらったエリアだ。

 そんなに大きくならない木なので、三十センチ四方の空き地をもらっている。

「もう立て札があるのか」

 そこには「魔果の木」と書かれた、十センチ程の小さな木の立て札が立てられている。幅もあまりないので、小学生が作る「金魚のお墓」みたいな立て札みたいだ。これは、ルナーティアが差しておいたもの。

「間違って別の空いてるエリアに植えたりしたら、迷惑になっちゃうでしょ」

 言いながら、ルナーティアは持っていたリュックを下ろす。その中から、ついさっきパラレル魔界で入手した素材を、順に取り出した。

「先生、これで足りてますか? 他の素材に比べて、蜜が少し小さいかなって。でも、これだけを手に入れるのも大変だったし。エイクレッドが危ない目に遭いながら、取ってくれたんです」

「そうか、エイクレッドもがんばったんだね。大丈夫だよ、ルナーティア。素材さえ揃えば、問題ない。あとは術を行う時の魔力、実を大きくするための魔力で、いくらでも補正は可能だからね」

 リクリスの言葉にほっとした反面、プレッシャーがかかる。

 木を作り出す魔法は今からレシュウェルがしてくれるが、その木に水をやる魔法はルナーティアがすることになっているのだ。

 大したことのない魔法だと、実がしょぼくなるということ。結果がしっかり目に見えるのが怖い。

「レシュウェル、お願いします」

 ルナーティアは、レシュウェルに今集めて来た素材を渡した。

 レシュウェルは木が植えられるべき場所に「鉄の木の枝」を差し、その両横に残りの二つを置く。今回、一番楽だった「純白の羽」と、エイクレッドががんばって運んだ「蜜の塊」だ。

「ノクリョマ ノツジカ レーナニキ」

 木の枝に手をかざしながら、レシュウェルが呪文を唱える。すると、羽と蜜が液体のようになって枝に絡み、その枝は上へと伸び始めた。

 わ……鉄なのに、大きくなっていく。

 植物が育つ映像を、早送りで見ているみたいだ。枝だったものは、どんどん幹らしくなっていく。さらには、枝が何本か現れて。

 やがて、ルナーティアの胸辺りの高さまで来て「鉄の木の枝」は伸びるのをやめた。そんなに大きくはないが、確かに木だ。

 幹の直径は、五センチくらいだろうか。ルナーティアが両手の親指と人差し指で輪を作り、ぎりぎり掴める太さ。一センチあるかどうかの細い枝だったのに、ずいぶん太くなったものだ。

 表面は羽の白を取り込んだためか、白っぽいグレーの樹皮。それと同じ色の葉が、十枚程出て来た。

 一緒に融合した「蜜の塊」は見える部分に現れてはいないが、実の甘みに還元されていくのだろう。

 これで「魔果の木」の完成だ。

「うん、いい感じだね。後は魔法で水をかければ、明日には実ができるよ」

 レシュウェルがちゃんとした木に仕上げてくれたのに、水をあげるだけのあたしが失敗してられないわよね。

 ルナーティアはできたばかりの木に、魔法で水をかけた。枝の先や葉から、しずくがしたたる。

「これで……おしまい?」

 確認するように、ルナーティアはリクリスの顔を見る。

 素材を集めるのは大変だったのに、木になるのはあっという間だ。

「そう、おしまい。二人とも、お疲れ様。あとは、明日のお楽しみだよ」

 にっこり笑って「お楽しみ」と言われても、ルナーティアとしては緊張感が抜けない。でも、できることはやったのだ。

 リクリスの研究室で少し休憩させてもらってから、ルナーティア達は帰った。

 次の日。

 いつもより一本早い電車で学校へ向かったルナーティアは、駅を出てから花壇まで走る。まるで遅刻寸前の生徒みたいだ。

「あ、レシュウェル」

 木の前には、すでにレシュウェルが来ていた。ルナーティアより、さらに早い電車で来たらしい。

「できてるぞ、小さい魔果が」

「ほんとっ?」

 レシュウェルが指差す部分を見る。

 木のほぼ中央の高さにある枝に、みかんサイズの実ができていた。色はみかんと言うよりリンゴに近いが、とにかく実だ。

 リクリスに聞いていた通りの実が、確かになっている。

「これ、ぼくが食べるの?」

「エイクレッドの身体の色に近いわね。これを毎日食べていれば、魔力の回復が早くなるよ」

 ルナーティアは実をもぎ取ると、肩にいるエイクレッドに差し出す。

「今のエイクレッドのサイズだと、実が大きすぎるか。実だけを見ていたら、小さいと思っていたんだが」

 エイクレッドは十センチ程。魔果は五センチくらい。身体の半分もあるサイズの食べ物なんて、人間にはまず食べられない。

「無理して全部食べなくていいよ。水をあげれば、一日に一個できるはずだから」

「うん、でも……ルナーティアとレシュウェルが作ってくれた実だもん」

 エイクレッドは実をかじった。しゃくっといい音がする。

「味はどうかな」

「少しすっぱい……」

「甘酸っぱいって話だったけどな。水を与える時の量や強さによって、味が変わるのかも知れない。しばらくは試行錯誤だな」

「うん。じゃあ、今日は昨日より少したくさんあげてみるね」

 今日の分の水やりとして、ルナーティアは昨日より多めの水を出した。結果は明日だ。

 これでうまくいけば、今と同じ調子でやらなければならないから、感覚を覚えておかなくては。

「これでおいしくなるといいなー。……あの、レシュウェル」

「何だ」

「この前テンプール先生が言ってた、魔力を回復させる方法なんだけど……」

「ああ、先生に詳しい話を聞きに行かないとな。珠も鏡も、この木みたいに素材がいるって話だったから、何がどこで入手できるか調べる必要がある。平日はお互い授業があって難しいから、パラレル魔界へ向かうのは土日に集中、だな」

 レシュウェルの言葉に、ルナーティアは彼の顔を見た。

「レシュウェル、一緒にやってくれるの?」

「パラレル魔界へ行くことになるなら、ルナーティアだけじゃ危険だ。アリに酸をかけられるくらいじゃ済まないぞ」

「うん……うん、ありがと、レシュウェル」

 勢いで魔珠鏡の術をする、と決めてしまった。その後で「これ」という方法は他に見付かっていない。

 だが、昨日パラレル魔界へ行ったことで、自分だけでは非常に厳しい状況になるということが、いやという程にわかった。

 レシュウェルが一緒に来てもらわないと絶対に無理だ、と。

 自分が勝手に決めたことに、彼がどこまでついて来てくれるか不安だったが、最初からレシュウェルは一緒に来るつもりでいてくれる。

「ありがとう、ルナーティア、レシュウェル」

 食べかけの魔果を抱えながら、エイクレッドが礼を言う。

「エイクレッド、運がよかったな」

「え?」

「ルナーティアが見付けてなきゃ、今頃もみじに埋もれながら泣いているところだぞ」

「あ……うん、そうだね」

 そう言って、エイクレッドはまた赤い果実を一口かじった。

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