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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第一話 魔力を失った竜

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1-14.判断

 ルナーティアの声に、寝ていたアリが目を覚まし……と言っても、まぶたがないので起きているかどうかもよくわからない。

 とにかく、突然現れた生き物……ルナーティアを敵と認識したようだ。

 アリと目が合った、ような気がする。

 シャーという威嚇音のようなものが聞こえたかと思うと、次の瞬間にアリが酸を吐き出した。

「きゃあっ」

 鉄の木にかければアリの食料となるサビができるが、それ以外にかければ十分に攻撃手段となる。

 その酸がマントにかかった。ルナーティアの肩付近だ。

 しかし、防御のマントはその攻撃をしっかり跳ね返す。ルナーティアには、何の影響もなかった。

 だが、少しずれていれば、顔に酸がかかっていただろう。このマントは、そこまで防いでくれるだろうか。

 酸がかかった時、わずかだがシュンッという音も聞こえたような。

 もしもを思って、ルナーティアはぞっとする。

 次は顔にかかるかも知れない。その前に攻撃した方がいいのか、逃げた方がいいのか。逃げたとして、逃げ切れるのか。

 酸をかけられたら、とある程度は予測していたはずなのに。

 いざ、本当にそうなると判断に迷い……と言うより、パニックになりかかってしまい、ルナーティアはその場を動けない。

「ルナーティア、走れっ。すぐにここから出ろっ」

 状況を悟ったレシュウェルの声が飛び、ルナーティアはびくっとなる。

 ルナーティアは、優等生ではない。魔法実技の成績が中レベルの見習い魔法使いが、ここで魔物のアリと戦っても勝率は高くないだろう。むしろ、今度こそダメージを負う確率の方が高い。

 あたしにできるのは、言われた通りにすること。

 そう考えたルナーティアは、鉄の林から出るべく走り出した。いつもより足の動きが悪い気がしたが、これが今できる精一杯。

 その後ろで、火が弾けた。ルナーティアの後を追うアリを、レシュウェルが火で攻撃したのだ。

 ルナーティアが振り返ると、アリはのけぞり、ひっくり返っていた。

 しかし、この攻撃で他のアリ達も侵入者に気付いてしまう。アリが鉄の葉の上を歩くカシャカシャという音が、ひどく不気味に聞こえた。

「くそっ。全部の相手は無理だな」

 枝を探す前に見たアリは、二十匹を越えたくらい。今は釘に寄って来たのか、倍近くまで増えている。

 別方向に目を向けさせるためにばらまいた釘だったが、その場にいなかったアリまで呼び寄せてしまったらしい。この方法は、こんなリスクもはらんでいたのだ。

 残っていたわずかな釘を、レシュウェルはばらまいた。その鉄に惹かれてアリ達もまた散らばるが、エサより侵入者をより意識したアリが数匹、レシュウェルやルナーティアへ向かって移動する。

 最初に釘へ群がった時も思ったが、アリ達の移動スピードが思ったより速い。

「ログバーン、そっちを頼む」

 自分に向かって来るアリに火で応戦しながら、レシュウェルはログバーンに応援を頼んだ。

 そんなに奥へ入っていなかったルナーティアは、鉄の木があるエリアをどうにか抜け出す。

 その彼女を追って来るアリに向かって、ログバーンが大きく首を振った。途端に、たてがみから火が飛び出す。

 それらは複数の火の弾となって、アリ達を攻撃した。弾が命中すると、文字通りアリ達は弾き飛ばされる。

 レシュウェルもどうにかアリを攻撃し、次が来る前にその場から逃げ出した。

 鉄の木のない場所まで来ると、そこはテリトリー外になるのか、アリも追っては来ない。何とか安全地帯まで来られたようだ。

「今日はもう無理だな。釘は全部投げたし、残っていたとしても警戒される。同じ手は通用しないだろうな」

 テリトリーから出て来る様子はないが、アリ達はまた敵が来ないかとこちらを見張っているようだ。

 レシュウェルが言うように、少なくとも今日はこれ以上「釘作戦」を使えない。

「ああ、やめておいた方がいいだろう。一掃してからゆっくり探すのが一番いいだろうが、巣の中にどれだけの数が残っているかわからない。外へ出ているのは、ほんの一部だからな」

 アリの数が増えたのは、巣から出て来た分のようだ。よくあの数で済んだものである。

「レシュウェル……大丈夫?」

「ルナーティアこそ、ケガはしていないか。まともに攻撃を食らっただろう」

 こちらへ来たルナーティアを、レシュウェルはどこも溶かされたりしていないか確かめた。

 顔や首、髪など、直接触れてみたが、幸いなことに傷らしいものはどこにもない。

 それがわかり、レシュウェルはほっとする。

 最初の悲鳴でレシュウェルがルナーティアの方を向き、その直後に酸を吐きかけられ……それを見て血の気が引いた。

 顔をケガするなど、最悪の状況を考えたが、ダメージによる悲鳴は彼女から聞こえない。

 ただ、ルナーティアがその場に立ち尽くしてしまったのを見て、とにかく逃げるように叫んだ。

「マントにも、傷はないようだな」

「うん。こういうマントって、魔法の防御に特化してるものなんじゃないの?」

「ああ。直接攻撃にはあまり強くない」

「奴らの酸には、多少なりとも魔力が含まれている。それで、うまく防御が働いたのではないか?」

「ああ、そういうことか」

 防御の効果があった理由が何であれ、このマントがなければ、今頃ルナーティアはかなり大変なことになっているところだ。

 パフィオがこれを貸してくれたことに、ひたすら感謝である。

「ケガはしてないけど……怖かった」

「ああ。近くだったとは言え、離れるべきじゃなかったな」

 泣きそうな顔のルナーティアをレシュウェルが優しく抱き締め、落ち着かせるように頭をなでる。

 だが、突然二人はお互いの顔を見た。

「エイクレッドはっ?」

 声が揃うが、エイクレッドの姿はない。

 鉄の林へ入る時は、ルナーティアの肩にいたはずなのに。ルナーティアの服のどこかに引っ掛かっている、ということもなく。

 ルナーティアがアリに酸を吐きかけられたのは、右の肩。エイクレッドは左の肩にいたが、攻撃された時の動きで落ちてしまったらしい。

「まさか、今も鉄の林の中にいるの?」

 ルナーティアは真っ青になった。二人とログバーンは、慌てて周囲を見回す。

 アリはまだ、こちらを見張っていた。これではエイクレッドがあそこにいても、かなり出にくいだろう。かと言って、こちらから助けに行くことも難しい。

「……ここだよ」

 小さな声がした。

 誰もが声の出所を探していると、そばにある岩の陰から小さな赤い身体が現れる。

「エイクレッド! よかった、無事だったのね」

「先にこちらへ出ていたのか」

「うん。ルナーティアがアリにペッてされてから、すぐ」

 ルナーティアが攻撃された時、やはりエイクレッドは落ちてしまったらしい。ケガはしなかったが、一方でルナーティアはどうすればいいのかわからないでいる様子。

 今の彼女に、落ちてしまった自分を見付け、拾い上げてくれる余裕はない、とエイクレッドは判断した。

 幸い、近くに他のアリはいない。今、自分に出せるスピードで、エイクレッドは鉄の木のエリアを走り出た。

「ごめんね、エイクレッド。放って行って」

 ルナーティアがそばへ駆け寄る。

「ううん。ぼくもルナーティアが危ないってわかっていたけど、先に逃げたんだ。ごめんね。レシュウェルやログバーンが、何とかしてくれるって思って」

「ああ、その判断は正しい。実際、エイクレッドまで手が回らなかったからな」

 下手にエイクレッドがルナーティアを助けようとしていたら、どちらも危ない目に遭っていたかも知れない。

 エイクレッドの判断は適切だ。自分のできることをしたから。

「それでね」

 振り返って何かごそごそしていると思ったら、エイクレッドは何かをくわえた。

 鈍い銀色の棒。鉄の木の枝だ。しかも、必要な長さがある。

 細いが、確かに三十センチはある枝だ。

「エイクレッド、それって……」

「見付けていたのか。どこにあったんだ?」

「ルナーティアにペッてしたアリがいた所だよ」

 ルナーティアが攻撃されて落ちてから、探しているものにちょうどいい枝を見付けた。すぐにそれをくわえてその場から逃げると、彼らが戻って来るまで隠れていた……というのが、エイクレッドの一連の動きのようだ。

「すっごーい。エイクレッド、あんな状況でよく見付けたね。偉いわ」

「えへ……」

 自分だけが逃げたことに、どこか引け目を感じていたエイクレッド。だが、ルナーティアは本気でほめてくれているようなので、ちょっと気恥ずかしい。

 同時に、役に立てたことが嬉しかった。

「よし、これで素材は全部揃った。戻るぞ」

「……」

「どうした、ログバーン?」

 別方向を気にしているらしい炎馬に、レシュウェルが声をかける。

「ああ、いや……見られているような気がした」

「見られている? 魔物か?」

「わからない。だが、悪意は感じないし、動く様子もないようだから、今は問題ないだろう」

 正体不明というのは不気味だが、気配に敏感な魔獣なら何かが襲って来てもすぐに対処はできるだろう。

「じゃあ、問題が起きないうちに帰るか」

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