1-13.冒険がしたかった
森を後にし、完全に蜂の羽音が聞こえなくなった所まで来ると、ログバーンは地上へ降りた。二人も一旦、ログバーンから降りる。
「エイクレッド、何もされてないな?」
レシュウェルは自分の手の中にいるエイクレッドの魔法を解き、蜂より小さな赤い竜の姿が戻る。
「うん。ほら、蜜もちゃんと拾ったよ」
拾った蜜を、自慢げに見せるエイクレッド。
「よかったぁ。気付かれたみたいで、他の蜂がこっちへ来た時はどうしようかと思ったわ」
レシュウェルの手からエイクレッドを受け取り、ルナーティアは安堵する。
これまでに何度も思ったが、小さすぎてぎゅっと抱き締められないのが本当にもどかしい。
「今回は仕方なかったけど、あんまり危ないことはしないでね」
「……うん」
おとなしく、エイクレッドがうなずく。
「エイクレッド、本当はこういうことがやりたかったんだろ」
「え、こういうことって?」
レシュウェルの言葉に、エイクレッドが首をかしげる。
「今みたいに、少し危険な状況ではあっても何かをするってこと。冒険みたいなことを、よその世界でしたかったんじゃないか?」
「……うん」
だが、何かをする前に魔力を奪われてしまった。冒険に危険は付きものだが、さすがにこんなピンチは考えていない。
「冒険がしたくて、エイクレッドは人間界へ来たの? ちょっと見るだけ、とかじゃなく?」
「男なら、やりたくなるよな。オウレンもたぶん、それがわかっているんだろ」
「え、お父さんも?」
驚いた顔で、エイクレッドはレシュウェルを見る。
「ああ。だから、自力で戻って来いって言ってただろ。勝手なことをする奴は帰って来るな、とかではなく」
レシュウェルに言われ、ルナーティアもオウレンの言葉を思い返してみる。言われてみれば、そうだったような。
戻れるようになるまで、そこにいろ。
つまり、戻れるようになるまでは、何をしようが……言い方は悪いが、オウレンの知ったことではない、ということ。
オウレンの真意がどうであれ、そう解釈するのはこちらの自由。
「親公認で、冒険できるようになったも同じだ。それなら、今を楽しんでおけよ」
「……。うんっ」
これまでになく明るい表情になり、エイクレッドは嬉しそうにうなずいた。
「今のエイクレッドなら、多少のこともすぐに冒険扱いだな」
話を聞いていたログバーンが、笑いながら言う。
「もう、危ないことはしてほしくないのに。あ、ねぇ、エイクレッド。さっき、エイクレッドの目が光ったような気がするんだけど……気のせい?」
「光らせたつもりはないけど……ルナーティア達の姿をよく見ようとしたから、かな」
「魔力とは別に、竜としての力が発動したのだろう。だから、問題ないと言ったのだ」
そのままでは隠れてわからなかったルナーティア達を見ようと、エイクレッドの力が働いたために光ったらしい。他の魔獣なら、こうもうまくいくかどうか。
今更だが、エイクレッドは本当に竜なんだなぁ、と思うルナーティアである。
「エイクレッドは無事で、蜜は手に入った。次へ行くぞ。ログバーン、ここから南東へ向かってくれ。キョーミズだ」
二人はまた馬上の人となり、ログバーンは言われた方角へと走り出した。
☆☆☆
しばらくすると、眼下に川が流れているのが見える。カモーの川だ。
「必要な素材は、あと一つね。鉄の木、だっけ。鉄なら人間界にもあるのに」
「単なる鉄なら、苦労はしない。パラレル魔界で育つ、鉄の木だからな」
「鉄なのに育つって、変よねぇ」
「この世界では何でもあり、みたいなものだからな」
人間界では東地区にある、キョーミズ。パラレル魔界ではこの地域の一角に、鉄の木が生えているエリアがある。
鈍い銀色の、いかにも鉄という見た目の木で、しかし枝も葉もしっかりあり、どこかの美術館にオブジェとして置かれていそうな代物だ。
そんな鉄の木がパラレル魔界の土地で生き、ちゃんと成長する。人間界の鉄とは成分が微妙に違うらしいが、言ってみれば「ほぼ鉄」だと本には書かれていた。
「木の近くにアリがいるって、本に載ってたけど。サビアリ、だっけ。虫が多いよねぇ」
毛嫌いする程ではないが、正直に言えば好きではない。多くの女子と同じく、ルナーティアとしてはあまり関わりたくない存在だ。
しかも、この鉄の木のそばに現れるアリというのが、酸を出すらしい。かけられたりしないか心配だ。
アリはそれを鉄の木にかけて、錆びさせる。できたそのサビをエサにしている、と書かれていた。
鉄の木にすれば、たまったものではないだろう。立っているだけなのに、痛めつけられるのだから。生殺しよりひどいかも知れない。
しかし、そんなことをされても枯れることなく成長しているのだから、大したものである。
鉄の木が生えているエリアまで来た一行。広さとしては、学校のグラウンドより少し広いくらい、だろうか。小さな鉄の林である。
地面は、普通かどうかは不明だが、見た目は土だ。他にこれと言って妙な物はないが、木が鉄製というだけなのに、なぜか不気味な気がする。
人間がいないはずのパラレル魔界で、木が人工物のように思えることに違和感があるからだろうか。
「さっきの蜂と、サイズがあんまり変わんないよぉ」
巣にこもってくれていたら、という希望は、残念ながら叶わなかった。
木の根元付近で動き回るアリを見付け、ルナーティアはげんなりとする。木と似たような色だが、やや濃いめなのでその存在はわかりやすい。
ヒーエイの森にいた蜂も人間界ではありえないサイズだったが、ここにいるアリも信じたくないサイズだ。
人間界での大きさを考えれば、こちらの方が倍率は大きい。アリがこうなら、象などはどうなるのだろう。
今は少し離れて見ているが、これで近付けば自分達のテリトリーに来た侵入者として認識されるはず。あんなものが寄って来たら、と思うと、さっきの蜂の次にぞっとする。
ざっと見ても、二十匹は超えているようだ。
「クモみたいに糸を吐かれてもいやだけど、酸なんてもっといやだなぁ。アリが出す酸だから、アリ酸?」
「何となくかわいく聞こえるのが皮肉だな」
レシュウェルはポケットから、釘の入った袋を取り出した。前日にホームセンターで買っておいたものだ。
「それ、何?」
エイクレッドは興味津津で見ている。
「鉄の釘だ。これを放って、アリの興味を一時的に俺達からそらす。その間に、木の枝を拾うんだ」
「クギ? それでアリが集まるの?」
「アリにとっては目新しく、新鮮な鉄だ。好みではなくても、木とは違う鉄に群がるらしい。匂いが違うそうだ」
本には、そう書かれていた。
それを読んだレシュウェルは、小さめの釘を用意して来ている。一袋にたくさん入っているので、ばらまきやすいからだ。
エサ、つまり釘を散らばらせることで、一本を手に入れてもまた別の一本を手に入れようとアリは動くだろう。そちらに気を取られる時間を長引かせられる、という目論見である。
今回、素材として必要なのは、三十センチ前後の木……もとい、鉄の木の枝。都合のいい枝が落ちていればいいのだが。
「やるぞ」
レシュウェルは袋から数本の釘を取り出すと、鉄の林の奥へ向かって投げた。地面に落ちると、小さな音が響く。
だが、地面を這うアリにはしっかり聞こえたようで、一斉に音がした方へと移動した。
「今のうちだ」
鉄の葉が落ちる地面を踏みながら、ルナーティア達は枝を探す。レシュウェルはさらに数本を奥へと投げて、アリの興味を釘につなげた。
「鉄の枝が、折れたり落ちたりするのかしら」
「葉がこうして落ちているんだ。生きている以上は、枝が落ちることもある。それに、なかったら術の素材として本に載らないはずだ」
「のこぎりか何かで伐った、とか」
「それならそうと、書かれているはずだろ。生木と落ちてる木では、術にもよるが効果が変わってくるからな」
「そんなに変わるものなの?」
初級の見習いではわからないことも、成績のいい先輩見習いは知識も豊富だ。
ここへ来る前に拾っておいた木の枝で、ルナーティアはイチョウにも似た鉄の葉を払いのけていく。
葉が薄いので、手で触っていては切れることもある、とログバーンに言われたからだ。
鉄の木について書かれた本には、そんな注意までは載っていなかった。どんなものかということと、ある場所くらいだ。
なので、知識のある魔獣の言葉はありがたかった。
「ないなぁ……」
短い枝なら、何度か見付けた。でも、三十センチ前後となると、なかなか落ちていない。小さい枝だと、小さい木しか作れないのだろうか。
木が小さいと、実も小さいものしかできないよね、たぶん。だとしたら、エイクレッドの魔力も、少ししか回復しないってことになるだろうし……。
「きゃっ」
薄い鉄の葉を恐る恐る踏みながら、枝を探していたルナーティア。ある木の根付近の葉を、そっと払いのけた。と、そこには釘に興味を持たずに寝ていたアリがいたのだ。
何せ拳大もあるようなアリだ、間近で見ると妙に迫力がある。虫がそう得意ではないルナーティアが、思わず悲鳴をあげてしまうのは仕方がなかった。





