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4.公女、継子に完敗する。

  Ψ  Ψ  Ψ



城の礼拝堂で、結婚の宣誓をした。


立会人はカトランの部下と、わたしの侍女ザザだけ。


紙一枚。わたしが家族になる許可証。



「16……」


「あ、はい……」



カトランが、わたしの年齢に絶句した。


雑な追い出され方をしたものだと、自分でも思う。


雑に扱っているのは、わたしに対してもだけど、子爵家やカトランにもだ。


途方もない家格の差があるとはいえ、母女大公の傲慢なふる舞いをお詫びしたい気持ちでいっぱいだ。


だけど、



「ん~っ、まあ……、そっとしといた方がいいんじゃない? 謝られた方が傷付くってこともあるしね」



という、ザザのアドバイスに従い、余計なことは言わないでおくことにした。


ザザは8つ年上のお姉さん。


身分を隠して通った路地裏の雑貨屋で、わたしに良くしてくれて、身分を明かしたら腹を抱えて爆笑された。


誰とでも打ち解けられて、城の兵士たちともすぐに仲良くなった。



「おっ! 侍女さん、今日もいいケツしてんな!?」


「バ~カッ、子爵様に言い付けるぞ?」


「……それは勘弁してください。姐さん」



男の人しかいないカトランの城で、ザザがいなかったら、わたしは戸惑うばかりだっただろう。


手先が器用で、わたしの着替えもすぐに覚えてくれた。


夫になったカトランはいつも領地の巡察に出かけ、城に不在なことが多い。ザザとふたり、城のなかを見て回る。



「まあ……、アデールも、無理して夫人ぶらなくてもいいんじゃない?」


「うん……」



結局、学問を教わるパトリスの横に座っているのが日課になった。



「まったく、腰も脚もほっそいっていうのに……、ねっ!」


「うっ……」


「……息、出来る?」


「な、なんと……か……」


「……ちょっと、緩めるわね」


「ぷはっ」



わたしは、人より少しだけお胸が大きい。


自慢できるほどでない。ほんの少しだけ。


謹厳な家風が行き渡っているのか、夫人として尊重してくれているのか、話しぶりは粗野な兵士たちの視線が、わたしの胸に落ちることはマレ。不快なほどではない。


だけど、6歳のパトリスはチラチラ見る。


最初は早熟なのかと思った。


だけど、これは単純に、女性を見慣れていないだけだと気が付いた。物珍しいのだ。


母とは戦乱で生き別れになり、本能的に求めるものがあるのかもしれない。姉と違って、その方面に詳しくはないのだけど。


とはいえ、パトリスに刺激が強すぎてもいけないと、ザザに締め上げてもらう。


ドレスも、落ち着いたデザインのものを選ぶよう心掛けた。ただ、派手なのを持っている訳でもない。


わたしとザザの努力の成果か、単に見飽きたのか、パトリスは手元の学問に集中できるようになり、教授役の兵士の話を真面目に聞いている。



「うわっ! ……すっごい、楽」


「へへ~っ。いい出来でしょ?」



ザザが〈ちいさく見える下着〉を縫ってくれて、生活が楽になった。



「……息、しやすいわぁ~」


「私も朝イチの力仕事から解放されるし、お互い楽して生きなきゃね」



ふたりでチミチミお裁縫。下着の替えを量産した。



「ぷぷっ。……下着縫う公女」


「なによぉ……。縫うわよ。ひと通り家政は学んだし、自分で身に付けるものだし。ザザひとりにやらせるのも悪いし」



不思議と、惨めさは感じなかった。


カトランが帰城している晩は、パトリスも交えて3人で晩餐。


会話はない。


けれど、それは家風だ。関係が冷え切っているとか、そういうことではないのだと思う。


晩餐のあと、お茶の時間には、パトリスが学問の進捗をカトランに報告する。


パトリスの表情はいつも暗い。わたしはもちろん、養父との関係にも、まだ慣れていないのだろう。


空気はピンと張り詰め、危うさも感じる。



「うむ。学問に励むように」


「はい……、養父上」



親子が交わす会話はこれだけで、わたしが割り込む余地はない。


カトランはわたしを丁重に扱ってくれるけれど、私的な会話は続かない。



「雪! ……わたし、見るの初めて」


「……そのうち積もる」


「うわぁ……」



と、小雪の舞う景色に見惚れるうちに、どこかに行ってしまった。足音もなく。


視線は冷たい。けれど、拒絶されているようでもない。


関係が冷えている? ……本当に冷えた関係を知ってるわたしからすると、そうとも思えない。



「なんて言うか……、軍隊っぽい? ……のよね」



と、ザザが言った。


食堂からせしめて来たラム酒を、ひとりで飲んでいる。



「それは、ザザ……。だって、子爵家は武門のお家柄だし……、つい先日まで戦っていた訳だし……」


「別に、私はそれが悪いって言ってるんじゃないよ?」


「……そうよね」


「ゆっくり合わせていけばいいんじゃない? ……自分の色に染めてやる! って、タイプでもないでしょ? アデールは」



ケラケラ笑ってご機嫌なザザに、心を軽くしてもらって、頷いた。



  Ψ



カトランは28歳。実はパトリスの方が、わたしと歳が近い。


なんとか距離を近付けられないかと、一緒に学問に耳を傾ける。


教授役の兵士は、痩せぎすで厳格そうな男性だけど、わたしに出て行けとは言わない。淡々と、パトリスに教授している。


6歳で何を教わっているのかと、よく話を聞いていたら、兵法だった。



「和約を結んだとはいえ、またいつ敵国が攻めて来るやもしれません」


「……はい」



兵士に素直な返事をするパトリスだけど、やっぱり表情は暗い。


きれいな緑がかった金髪の頭を俯き加減に、グリーンの瞳を泳がせていた。



「次期子爵であるパトリス様にとって大事なのは、まずは兵法です」


「……はい」



パトリスの暗い表情は、この城の落城を思い出しているのかもしれない。


王都で、まがりなりにも公女として育ったわたしは、当然、兵法など学んでいない。


せめて、パトリスと一緒に学ぶところから始めようと、真剣に耳を傾ける。


しばらくして、学問の時間の終わりに、兵士に頼み込んだ。



「……すこし、わたしとパトリスに、復習の時間をいただいてもいいかしら?」


「ええ……。別に構いませんが」



怪訝な表情を浮かべる兵士に礼を言い、パトリスの机に、紙を広げる。


そして、駒を置いていく。



「……なに? ……なんですか? これ」



パトリスの声が、ほんの少しだけ明るく響いたように聞こえた。



「わたしに敬語を使わなくていいですよ? 家族なんですから。……あれ? わたしが使ってた?」


「……ふ、……ふふっ」


「ぷぷぷっ」



わたしに釣られて、パトリスがクスリと笑ってくれた。


丸い駒をひとつ摘まんで、パトリスに見せる。



「はい。何が描いてありますか?」


「……え? ……え、笑顔?」


「はい、正解。この丸い駒は、パトリスの〈ニコニコ軍〉よ」


「ニコニコ軍……?」


「で、こっちの三角の駒。はい、何が描いてありますか?」


「う~ん……、怒ってる?」


「またまた正解。こっちは、わたしの〈プンプン軍〉ね」


「え……」


「なに?」


「……そのまんま」


「ふふっ。分かりやすいでしょ?」


「あ、……うん」



パトリスは戸惑っている様子だけど、表情はいつもより柔らかい。


紙の上に丸と三角の駒を並べる。



「いい、パトリス? この線がお城。今からわたしの〈プンプン軍〉が攻めるから、パトリスの〈ニコニコ軍〉が守り切ったら、パトリスの勝ちよ?」


「……ゲ、ゲームってこと?」


「そう! 賢いわねぇ、パトリス。いま教わってる攻城戦をゲームにしてみました」


「へぇ~」



と、パトリスが目を輝かせた。


兵士が「ほう……」と、声を漏らす。



「図上演習ですな」


「あ、そんな名前が……」


「ははっ。復習にもなりますし、男子には楽しくてたまらないゲームです」



わたしとザザが、チミチミと木の枝を削って作った駒に、パトリスは目を釘付けにしてくれていた。


城には、パトリスのほかに子どもはいない。


いや。わたしだけだ。


謹厳な家風に合わせ、学問に沿って一緒に遊べるゲームを考えてみたつもりだった。


わたしとザザで考えたルールを、兵士が手直ししてくれて、ゲームスタート。


手加減なしに、パトリスに完敗。


0勝5敗。



「……ボ、ボクの駒。半分にしてもいいよ?」



と、実に控え目な、実に礼儀正しい、実に奥ゆかしい得意顔を見せてくれ、わたしの顔がほころぶ。



「言ったなぁ~!?」



完敗。


とても、盛り上がった。


パトリスが、初めて子どもらしい笑顔を、ほんの少しだけ見せてくれたような気がした。



「ふ、ふふふ……」



それから、少しずつ駒の種類を増やしたり、ルールを見直したりしながら、学問の時間の終わりに、パトリスとゲームをして遊ぶようになった。


パトリスは無駄口を叩かないけれど、目を輝かせてくれる。


すこしだけ、距離が近付いたかな? と、思ってる頃だった。


部屋いっぱいにフィールドを広げたゲームで対戦して、バランスを崩したパトリスがわたしにぶつかった。



「なにをしている」



冷えた声が、部屋に響いた。


わたしに抱きつくような格好になっていたパトリスが、ビクッと身体を強張らせる。


声のした方に顔を向けると、カトランが真っ赤な瞳を怒気に染め、立っていた。



「ふしだらなことは、やめてもらおう」


「……ふ、ふしだら……?」


「ここは、大公家ではない」



というカトランの言葉で、否応なく、自分がどういう目で見られていたのか、気付かされてしまう。


だけど、



――そうでは、ありません。



という、ひと言がどうしても喉から出てくれない。


今の状況と直接結びつく訳でもないのに、



『お父様と仲良くして』



と、わたしが言ったときの母の顔が、カトランの顔に重なって、離れない。



「やはり、支城を……」



カトランがこれからしようとしている話の言い出しだけで、



――わたしを追い出そうとしてる……、



と、分かってしまった。


手が小刻みに震え、母に城から追い出された日のことを思っていた。

本日の更新は以上になります。

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