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嫌われ公女が継母になった結果  作者: 三矢さくら


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19/33

19.公女、手をつなぐ。

胸はバクバク言ってるけど、できるだけ柔らかな視線を心がけた。


パトリスも、わたしから目を逸らすことなく、透んだグリーンの瞳でまっすぐに見詰め返してくれている。


側にはザザとギオもいる。



――裏切られた、……と、思われてるだろうか……?



瞳の奥までのぞき込むような気持ちで見詰めるけれど、心の揺らぎを認めることは出来ない。



「わたし……、弱いのよ」


「う……、うん」


「攻城戦ゲームでも、雪合戦でもパトリスには勝てないわ」



お話する順番を、丁寧に考え、そっと言葉をパトリスの心に置いていく心持ちだ。


悪いことを考えてるんじゃないのよ?


と、声の響きに託す。


パトリスを傷付けたいんじゃないの。


と、眼差しに乗せる。



「でもね、パトリス。わたし、我慢強さなら、ちょっと自信があるの」


「……我慢?」


「そう。だからね、わたしがパトリスを抱っこして、パトリスが『もう、いいよ』って言うまで放さないゲーム」


「ゲーム……?」


「うん。わたし、絶対放さないんだから。絶対絶対、パトリスが『まいった』するまで放さないでいられる自信があるわ!」


「絶対……?」


「そう、絶対。わたしは、抱っこしたパトリスを絶対放したりしないわ」



ここまで、パトリスがわたしの話を聞いてくれたと少し安堵する。


自分を抱き締めた母親から、山奥の森の中で投げ捨てられた記憶が、パトリスを苛んでいる。


それは、理屈や論理ではなくて、ただ恐い出来事だったのだ。


じっくり話を聞いて、絡まった心のアヤを解きほぐすようなことは、きっと、わたしには出来ない。余計に絡まらせてしまうような気がする。


ただ、今は、



――わたしは、絶対放さない。



とだけ、伝えたかった。



『そんなゲーム、つまらない』



と、拒否されてもいい。


わたしから目を逸らさないパトリスを、柔らかく見詰め続けた。



「もし、わたしから放しちゃったら、パトリスがわたしを〈お尻ペンペン〉するの」


「……お尻?」



うん。そういう単語に反応するところは、しっかり6歳児だ。


なぜだか、すこしホッとする。



「……ボ、ボクが『まいった』したら、どうなるの?」


「そ、そうねぇ~」



考えてなかった。


グルグルと考える。なにか、当たり障りのない罰ゲーム……。



「くすぐっちゃおうかな?」


「……くすぐる?」


「こちょこちょ……、って」


「なんだ、そんなの?」


「あ~っ、わたし上手よ? きっと」



と、両手をワキワキさせると、パトリスがクスリと笑ってくれた。



「いいよ……。ゲーム、しても」



い、いいんだ……。


という言葉を、グッと呑み込んだ。


椅子に腰を降ろして、両腕を広げる。



「さあ、パトリス? ……パトリスが、わたしの膝に座ったらゲームスタートね」


「うん。わかった」



パトリスは、女性の身体と接触する瞬間まで、その恐怖を忘れているところがある。


乗った瞬間に身体を強張らせてしまったらどうしよう……、と思いつつ、柔らかく微笑んで、パトリスを待った。


少しはにかみながらパトリスが立ち上がって、ゆっくりと近付く。



「負けないわよ?」


「ボクだって」



と、パトリスがピョンと、わたしの膝の上に飛び乗った。


よじ登ってくると思っていたわたしは、驚いて、思わずギュッと抱き締めた。


クルッと回転していたのか、パトリスの背中が胸にあたり、緑がかった金髪がわたしの目の前にあった。


すこしだけ、身体を強張らせたように感じた。



「……絶対、絶対、放さないわよ?」



出来るだけゆっくりと柔らかく喉から言葉を押し出していき、腕の力を緩めた。



「う……、うん」



パトリスがぎこちなく頷き、……ゴングは鳴らされた。



  Ψ



テーブルの上に紙とペンを持ってきてもらい、わたしの膝に座るパトリスがお絵かきを始める。


キツくならないように気を付けながら、後ろから抱っこしている。



「それは、何を描いてるの?」


「養父上と……、アデール」


「そっか」


「……と、ボク」



歪んだ丸と四角で描かれる、わたしたち家族。クシュクシュっと塗られたのは髪の毛だろう。


なんだか、とても……、満たされた。


出だしからこんなに嬉しくなって大丈夫だろうかと思いながら、パトリスの手先を見詰める。


それから、朝食にする。


わたしは両手がふさがっているので、ザザに食べさせてもらい、



「……あ、あ~ん」



と、パトリスも、フォークに刺した燻製肉の蒸し焼きを口元に運んでくれた。



「……美味しい?」


「うん。柔らかく戻ってるわね」



これならパトリスも食べやすいだろうと、給仕役の心遣いに感謝する。


食事を終えたら、パトリスを抱っこしたままで、すこしお散歩。


しっかりとしがみついてくれていて、なんだか嬉しい。ただし、わたしには重い。


ザザに肩からコートを羽織らせてもらい、一面の銀世界を眺めて歩く。



「あら。仲のよろしいことですわね」



と、温泉に向かわれるソランジュ殿下と若い侍女に出くわす。


わたしが軽く頭をさげて会釈すると、胸の中でパトリスが手を振った。


ふたりの背中を見送っていると、パトリスがモゾモゾっと動いた。



「アデール……」


「なあに?」


「……おしっこ」



来たか。この時が。来ないはずがないとは思っていたけど、やっぱり来たか。


トイレで後ろから抱き締めて、ギュッと目を瞑る。


もちろん、わたしにも来てしまう。


膝に後ろ向きで座らせ、耳を塞がせる。



「……耳?」


「お……、音を聞かれたくないの」


「ふ~ん……」


「ギュッとね。ギュッと」


「ふふふっ。分かった!」



小さな手で耳をギュウッと押さえ込んで、首まで下げている。


仕草はとても可愛らしい。


世界がどんなに広くても、わたし一人だろう。トイレに子どもを連れ込む公女。


小声で歌を歌いながら済ませた。



「粘るねえ~」



ザザが下着を上げてくれながら笑った。



「ふふっ。絶対、わたしからは放さないんだから」


「え~っ!? ほんとかなぁ?」



と、パトリスが笑いながら、わたしの顔を見上げた。


すっかりリラックスしてくれている。


この信頼を裏切りたくない。


ニコリと笑って、キュッと腕に力を込めた。


夜。わたしのベッドで横になった。


わたしの左腕をパトリスの枕に、右腕を身体に回して左手首をつかんでいる。


部屋の扉は少し開けて、ザザとギオにもソファで休んでもらう。



「へっへ。野営を思い出しますな」



と、ギオの話に皆で耳を傾けた。


ギオは、数千の手下を抱える盗賊の頭目だったそうだ。



「……カトラン様に、まあ……、惚れ込んだんですな」



盗賊団を解散させ、希望する手下と共に、カトランに帰順した。


手下だった者たちとも平等に、一兵卒から始め、やはり一軍を率いる将へと取り立てられた。


血なまぐさい話は避け、ワクワクするお話に仕立ててパトリスに聞かせてくれた。



「おお……、ジイさん。ただ者じゃないとは思ってたけど、そんなにか?」


「へっへ。そんな儂らに慕われるザザの姐さんの方が、よっぽどですよ」


「はははっ。ただ話を聞いてただけなんだけどな」


「……美味い酒を飲ませてくれる。男でも女でも、それ以上の人間はいませんわな」



ギオとザザの掛け合いも軽妙で、聞き心地が良かった。


やがて、わたしの腕の中で、パトリスの身体からスウッと力が抜けていく。



「しぃ~っ」



と、ザザとギオに声をかけると、ふたりとも微笑ましげに目をほそめた。


カトランが視察から戻れば報告しないといけない。今晩はふたりにも、わたしの部屋で休んでもらうことにして、ランプを消した。


寝ている間に放してしまっては大変だと、両手を握り合わせる。


ウトッとしては、手の平の感触が緩んで、目が覚める。


パトリスとふたりの布団の中は、すこし蒸した。けれど、すうすうという、パトリスの寝息を聞くと心が安らぐ。


ふと、パトリスの手が、わたしの服をつかんだ。



――起こしちゃったかな……?



と、顔をのぞき込むと、よく眠っている。


あくびをひとつして、すこし眠ろうと枕に頭を預けたとき。



「ははうえ……」



パトリスの声がした。


あとには静寂。


胸の中から、パトリスの寝息が微かに響くばかり。


パトリスの見ている夢が、いい夢であることを祈りながら、わたしもまどろみの中に落ちていった。


ムニュ。という感触で、目が覚める。


明るい。


ハッとして、自分の手の平の感触を確かめる。放してはいない。


ただ、目はこすれない。


ホッとしながら、腕のなかに視線を向けると、パトリスが顔を真っ赤にしていた。



「……お、おはよう。パトリス」


「ご……、ごめん。アデール」


「ん? なにかした?」


「……触っちゃった」


「え?」


「……アデールの、おっぱい」


「ああ……」



苦笑いして、もう一度、パトリスをよく見るとモジモジしていた。



「……カトランには内緒にしとこうね?」


「うん……」


「当たっちゃった?」


「ううん……、暑くて」


「あら? ……ひょっとして降参かな?」


「だって……」


「うん」


「……アデール、ちっとも放してくれないんだもん」


「ふふっ。……絶対、放さないって言ったでしょう?」


「……うん」



そのとき。パトリスが、ギュッとわたしに抱き付いてくれた。



「……ありがとう、アデール」


「ふふっ。なにがかしら?」



と、わたしが腕の力を緩めると、パトリスは飛び起きた。



「よおし! 温泉に行こうか? パトリス」


「うん!」



パトリスはわたしに、曇りのない晴れやかな笑顔で応えてくれた。


手をつないで歩く。


これで全部が解決したとも思わないけど、ひとつ前に進めたような気がする。


ひと晩、パトリスの枕になって痺れきった左腕をザザが優しくマッサージしてくれた。


そして、カトランが視察から帰ってきた。


わたしたちに顔を見せることもなく、温泉に向かったという。


時間が傷を癒やしてくれるとは限らない。


大公家がバラバラになっていくとき、幼いわたしにはなす術がなかった。



――お父様と仲良くして。



わたしのひと言は母の勘気を被り、我が家はますますバラバラになった。


もう、あんな思いはしたくなかった。


しゃがんで膝を抱き、パトリスと視線を合わせる。



「……養父上のために、パトリスも協力してくれない?」


「養父上のため?」


「そう。……養父上にも、他人に言いたくない、しんど~い、ことがあるのよ」


「養父上にも……?」



わたしが頷くと、しばらくパトリスは考え込んでいた。


そして、まっすぐにわたしを見て、



「……いいよ」



と、肯いた。


オーレリアンからわたしを守ろうとしてくれたときと同じ、ハッキリとした意志の感じられる伸びやかな声で。

本日の更新は以上になります。

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