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第4話 出会った頃は

 七瀬と宗吾が出会ったのは、今からおよそ二年前、夏のことだ。

 大学卒業後に渡ったインドから帰国し、夏休みに大学時代の友人たちからバーベキューに誘われたことがきっかけだ。


 男女半々の総勢十二名、七瀬は聞いていなかったのだが、その集まりはバーベキューでの合コンだったのだ。

 女性陣は全員が友人だ。しかし、大学時代は七瀬以外はみんな彼氏がいたので、それが合コンだなんてまったく思わなかった。社会に出てみんな学生時代のお付き合いは終わりになったらしい。


 高校時代からダンスにヨガにと走り回っていた七瀬は、色恋とはまるで縁のない生活をしていたので、男性とお付き合いはしたことがなく、興味もなかった。

 それゆえ、数合わせに呼ばれたというわけだ。


 男性陣もお互い同窓らしく、有名私大卒の二学年上だった。新卒の自分たちとは違い、社会人の先輩として、どこか大人の余裕のようなものがうかがえた。

 その中でも、宗吾は率先して指示を出し、てきぱきとバーベキューの準備を進めている姿が印象的だった。

 かなり都会的な洗練された男性で、青山にある大手IT企業勤務、しかも彼の実家は松濤にあり、父親は銀行のの支店長という筋金入りのエリートらしい。


 他のメンバーも、似たり寄ったりのいわゆるハイスぺ男子と呼ばれるメンツで、友人たちの気合の入れようはただごとではなかった。


 七瀬はそもそも合コンだと思ってなかったので、友人たちの浮かれ騒ぎにはまったく興味がなく、(この川原でアーサナをしたら気持ちいいだろうな~)などと考えながら、夢中になって食材を切って串に刺しまくっていた。


 すると、宗吾が隣で食材を串に刺すのを手伝ってくれる。

 それを見た周りのメンバーも、我先にと準備を進めてくれたので、お腹が空く頃には料理にありつくことができた。

 一緒に作業をしている間に、宗吾にこんなことを聞かれた。


「七瀬さんは、よく浮いてるって言われるでしょう?」


 ふいにそんなことを言われ、七瀬は目を丸くする。


「やっぱり浮いてますか?」


「やっぱりと言うところをみると、自覚はあるんだ? 察するところ、今日は数合わせで呼ばれたクチでしょう?」


「なんでもお見通しですね! 合コンだってことも、ここに来るまで知りませんでした」


「僕は欠員の穴埋めだったので」


 こうして補欠同士で会話が弾み、これをきっかけにお付き合いがはじまったのだ。翌春には同棲する仲になっていた。

 学年はふたつ違いだが、三月生まれの七瀬に対し、宗吾は四月生まれ。年齢ではほとんど三つ年上になるので、七瀬にとってはかなり大人の印象だ。


 次の春には、同棲をはじめて三年が経つ。まだ結婚について具体的な話はしていないが、宗吾が言葉の端々に「結婚するつもり」と言ってくるから、七瀬もなんとなくその気ではいるのだが……。

 元々男女のあれこれには興味が薄く、学生時代から生活はほぼヨガに全振りしている。その生活スタイルは、宗吾とのお付き合いの中でもほとんど変化していない。結婚願望も大して持っていない。


 当初は、宗吾もそれを理解してくれていたのだが、なぜかこの一年くらいは七瀬の仕事で揉めることが増えた。

 揉めると言っても、早朝や遠方に七瀬が仕事に向かうと、宗吾が一方的に不機嫌になるだけなのだ。七瀬は自分から不満をぶちまけたり、相手の行動を非難したりはしないから。

 仕事を否定されると悲しくなるので、なるべく理解を得ようと立ち回っているのだが、あまりうまくいっていない。


 陣と別れた帰り道、宗吾とのやりとりを思い返し、七瀬は首を傾げた。

 あの物言い、まるで七瀬に専業主婦になれと言っているように聞こえたが……。


 そのとき、コートのポケットに入れていたスマホに着信があった。宗吾かもしれないとあわててスマホを取り出のだが、『シャンティ』のスタッフからだ。


『七瀬先生、夜分に申し訳ありません。今、お話しても大丈夫ですか?』


「大丈夫ですよ。どうかしました?」


『それが、エミ先生がインフルになってしまったそうで……。明日の早朝クラス、池袋スタジオなんですが、七瀬先生、代行で入れませんか? もう時間が時間なので、休講の連絡も間に合わなくて』


「えっ、インフル大丈夫なんですか? 一昨日お会いしたときは元気そうだったのに……わかりました、入れます。エミ先生にはご心配なくとお伝えください」


 ヨガインストラクターはある意味、人気商売でもある。

 七瀬はまだ若く、講師としての経歴は浅い。生徒の新規開拓ができる機会があれば断る手はないのだ。

 代行でもクラスを持たせてもらえるのはうれしいので、ほとんど反射的に承諾してしまったが、二つ返事でオーケーしてから宗吾の顔を思い浮かべ、ずんと気分が落ち込んだ。

 週に二度の早朝出勤もあまりいい顔をされないのに、今朝に続いて明日もとなったら――。


(でも、仕事をすることに罪悪感を抱くのって、ちょっとヘンだよね?)


 何も悪いことなどしていないのに。

 悶々と考えながら、恐る恐る恵比寿の自宅に戻ったのが、二十三時前。


「おかえり」


 もうシャワーを浴びてパジャマに着替えていた宗吾が、そっけなくも迎えてくれた。

 普段は宗吾が一度へそを曲げると、機嫌が直るまで数日かかることが多く、同じ家の中で無視されたり冷たく当たられたりするのだが、今日は声をかけてもらえた。

 でも、カフェバーでのことを蒸し返すと、この平穏な空気が壊れてしまうかもしれない。ほっとしつつも、薄氷を踏む思いで七瀬は笑顔を作った。


「ただいま」


「七瀬さ、明日からもう弁当は作らなくていいよ」


「え?」


 嫌みで言われたのだろうかと用心したが、彼の表情をじっと観察していたらそうでもなさそうだ。ひとりで先に帰って、冷静に考えてくれたのかもしれない。


「毎日、朝早いのに大変だもんな。会社の近くにキッチンカーも来るし、割と安い弁当屋もできたから、そっちで済ませるよ。たまには社内の人間とランチに行ってコミュニケーションを図るのも大事だし。これでも、プロジェクトマネージャーだから」


「宗吾さん、マネージャーさんだものね! 負担はかけちゃうけど、でも必要なときは言ってね、できるだけ作るようにするから」


 負担が軽くなることはもちろんうれしいが、宗吾が七瀬の仕事のことを前向きに捉えてくれたことがうれしかった。


「うん、ありがとう」


 ありがとうという言葉の尊さを、改めて噛み締める。お互いに労り合えれば、結婚しても困難を乗り越えていけるだろうと思えるから。


 宗吾とはどきどき意見が噛み合わず、その度にモヤッとしてしまう自分の気持ちを平らに保つことに意識を傾けてきた。

 でも、人間が二人以上集まれば、意見の衝突や習慣の違いからぶつかることもあるだろう。それでも、宗吾は縁あって一緒に暮らすようになった人だ。

 七瀬は人の縁をなにより大事にしたいと思っている。


(私、現金かな……)


 自分ではそれほどわがままを言っているつもりはないのだが、ヨガを中心とした生活で宗吾のことが二の次になってしまっているのは確かだ。

 この辺のバランスをどう考えるか、七瀬一人で答えが出せる問題ではない気がしている。


「必要なときは言ってくれたら作るね。それと明日、池袋の早朝クラスに代行で入ることになったから……」


 恐々と伝えたら、宗吾の顔が一瞬むっとしたような表情になったが、「わかった」と寝室に行ってしまった。

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