忘れてはいけない
力を失い、掴んでいたものを離してしまったこの手。
かしゃん、からからから・・・
それが床を滑って行く。
苦しいものからは解放されるだろう、けれど。
忘れてはいけない、覚えておかなければ。
僕を愛してくれる人がいる、僕を必要としてくれる人がいること。
そんなことをうすぼんやりとした頭で思考していたら、鳩尾あたりを思い切り蹴られた。
でも、諦めるわけにはいかない。
忘れるわけにはいかない。
僕が死ねば、僕が愛している人の何人かはとても悲しむだろう。
僕が死ねば、僕が嫌悪する人の何人かはとても喜ぶだろう。
そんな訳には、いかない。
ずきずきする右腕に鞭打ち、僕は落としたものを拾う。
それは忘れてはいけないもの
「これで、終わらせる」
きっと僕が言ったんだろう、そんなことも満足に判別できないなんて、まったくどれだけ一方的に章魚殴りにされたことやら。
拾ったそれの照準をあいつに合わせ、撃鉄を起こす。
僕の持った銃が、あいつへと向く。
ばああああん
聞きなれた発砲音が、響く。
どさり、と何か重いものが着地する音がした。
何かなんて言うまでもなく、あいつの死体なんだけれど。
さようなら。
僕はこれから愛する人たちの下へ帰る。
お前に帰る場所はない。
お前を殺して、僕は―
fin