高山大川をさだむ、定められた順序を守ろうね。②
「范叔がよろしくないかと。元から雑多な鬼がついてまわりやすいご体質なのは仕方無いとはいえ、ここ数日の不祥不吉凶の卦、鬼の数は異常です。盾がわりにされた欒伯が怒るのも仕方がないでしょう。まあ、それでさぼっちゃえるあの方の神経もどうかと思いますけど」
そういうわけで翌日。出仕した士匄から子細を聞いた趙武が呆れた顔を隠さずに言った。部屋の中まで強風吹き荒れることは無いが、窓枠には黄砂が溜まっていた。
「お前一人か。韓伯はどうした」
常に先に来ている先達がおらず、士匄は座して部屋を見回した。
「韓伯はお体すぐれず、本日はお休みをいただくことにいたしました。眼病もそうですが、お体がお弱い。惜しいかたです」
趙武が少し俯き、膝の上に置いた己の指先を見ながら言った。生まれる前に親を亡くし、韓氏の世話になっている彼にとって韓無忌は兄のようなところがあるのであろう。その少し湿気た声音は、身内を慮る情が乗っていた。
「それでも成人し、次の卿と目されておられるのだ。多病才ありといい、そして案外長生きするもの。周囲がしおしおとするほうがよろしくない。わたしなど、また、変なものがついてきて、いる、が、このようにピンピンしている」
士匄は言いたいことを言っただけであるが、趙武は何やら慰められた気持ちになり微笑した。まあ、それはともかく、士匄の顔色は悪く、霊障による凶の卦が強い。近づかれただけで不幸が移りそうな様相である。
「先達に申し上げるは極めて不遜なことですが……えんがちょしてよろしいでしょうか」
しずしずとうやうやしい仕草で、趙武が両手をかかげ、双方の中指と人さし指を交差させた。そうして、えんがちょ、えんがちょ、と呟く。士匄はすばやく趙武の肩を掴み、それどころか引き寄せて肩を抱きかかえる。士匄にまとわりついた雑多な鬼の一部がそろりと趙武にも移った。
「やめてくださいいいっ、穢れ! 穢れが移る! いえ伝染るーー!」
「なああにが、えんがちょだ、ガキかお前は! 若輩だったな、じゃあガキだ!」
とてもではないが、どちらも将来国を背負う青年のやることではない。二人は未就学児以下のようなやりとりで、他のものがおらぬ控えの室で暴れ回った。
「本日も良き朝にて――……」
参内してきた荀偃が、拝礼し口を開いて止まった。そこには、趙武を羽交い締めにして押し倒す士匄がいた。見た目だけであれば、嫋々とした美少女を組み倒しているイケメンである。
「あっ。あっスミマセン! あ、いや、その、そうですね、趙孟は范叔に教えを請うご関係、やっぱり! いや、あの朝です、が! あー、スミマセン、お邪魔しましたあ!」
口早に叫び、走り去ろうとする荀偃を二人は慌てて立ち上がり素早く捕まえ、
「違う!」
「違います!」
と揃って唱和した。
※BL要素はございません。