蘀や蘀や、風其れ汝を吹かん。枯れ葉が風に舞ってふきつけるように、貴方が誘ってくれれば私はあなたの元へ①
士匄や趙武たちの『モラトリアム』にはあまり関係無いのだが、出てきてしまったので一応解説しよう。
晋公である。
文字通り、晋国の君主であり、周王室から爵位を受けた諸侯のことを言う。
現晋公の名は州蒲といい、思考が浅く政見狭く、享楽的でそそっかしい青年である。国君と思えば極めて頼りなく心もとない彼であるが、二十才そこそこの若者と思えば、遊び仲間にちょうどよい。彼の尊い血筋、代々の晋公については割愛する。まあ、ご先祖さまが頑張ったので、彼は中原、つまりは黄河流域の盟主として君臨しながら、日々フラフラ遊び、楽しい人生を過ごしている。州蒲は別になんの苦労も努力もしていない。そのせいか、同じく軽佻浮薄なボンボンの欒黶と気が合っている。そして正卿である欒書――欒黶の父は苦い顔をしている日々であった。
重臣たち六卿という、うるさいオヤジどもに辟易しながらも、州蒲は小知恵を働かせ、若い女官を増やした。現状の人数で支障は無いため、民から見れば無駄遣いである。が、そんなことは州蒲も、声をかけられた欒黶もどうでもいい。
「昼に酒宴をすると、儀だなんだと、うるさいやつらがくる」
州蒲が士匄や欒黶を見回しながら口を尖らせた。朝政が終わり、州蒲の私室である。といっても、彼の私室は宮殿の内側、膨大なそれぞれの堂ほとんどを示す。今、彼らはその一室、私的な応接間にいると思えば良い。
「僕大夫がすっ飛んで来るでしょうな」
士匄は肩をすくめながら言う。『僕大夫』とは現代で言う侍従長のことで、韓無忌の父である。幾度か前述しているが、名を韓厥と言い、趙武の後見人でもあった。謹厳実直、冷静沈着、そして長らく軍に携わっていたため、壮年となっても威風あり。州蒲はうええ、と苦い顔で呻いた。まともな宴席というものは、出てくる料理ひとつひとつを祀りながら、決まった手順で決まった食べ方をする、極めて煩雑なものである。
「余はかたっくるしい宴席なんぞやりたくもない。何か考えろ」
州蒲が脇息にもたれかかってため息をつく。欒黶が
「范叔、何かあるだろう」
と軽薄に投げた。士匄は考えるそぶりもしなかった。このようなこと、特別奇をてらっても仕方がない。
「日が傾くまで時間を潰すことですな。まあ、無難なところで弓か詩でしょう。我が君は体を動かすと、頭を動かすはどちらがお好みで?」
「頭は嫌だ」
州蒲の消去法で、決まった。
この、弓遊びに関して、詳細を記する意味はない。あえて言うなら、集中力の無い欒黶はよく的を外し、そそっかしく注意力の無い晋公州蒲も的を外しまくった。士匄の一人勝ちだった、ていどであろうか。
射場にいても、高い青空を鱗のような雲が彩り、赤や金に染まった紅葉の木々と相まって目を楽しませる。菊も盛りであるといわんばかりに、爽やかな香りがただよっていた。
「今年はとみに菊の香りが良いことで。菊の世話に長けた女官でも入れましたか、君公」
そろそろ日も傾いたころ、士匄は州蒲に問うた。
「まあ、頭の良いものがきた。それやもしれん。そうだな、酒に菊でもいれるか」
州蒲が感慨もなさげに答える。彼は細かいことまでいちいち覚えておらぬ。
「俺は酒が飲めん。菊茶も用意してください」
欒黶がもう終わり、と弓を投げだして言った。州蒲は、かまわん、と度量の広い君主づらをして言う。
「……菊茶といえば。韓伯が、女官から菊茶を馳走されたそうです。菊の残り香を隠しもせず、ふりまきながら出仕なされましたよ。あのカタブツも隅に置けない」
士匄は侍っていた寺人たちに弓や矢を片付けるよう命じながら、州蒲に笑みを向けた。いじくそ悪い笑顔であった。州蒲が、吹きだし、腹を抱えて笑う。
「は!? 無忌が!? あ、の、僕大夫のコピーペーストみたいな! 無忌が!? 匄よ、余を謀っているのではないだろうな? 嘘だろそれ、いや、あはは、あははははは! どの女官だ、絶対見つけ出してやる!」
州蒲は早口でわめきたてながら、笑い続けた。士匄はよもやここまでウけるとは思わず、どれだけ韓厥でストレス溜めてるんだ、と君主を哀れんだ。誤解の無いように記すが、州蒲は韓厥を嫌っているわけではない。ただ、謹厳で重厚なおじさんがお目付役なのだ。軽薄な若者としては圧倒され縮こまってしまうものであった。そのおじさんそっくりの息子の、色っぽいネタである。州蒲はどうもツボにはまってしまったらしい。笑いをおさめても、すぐに笑い出す。
「しかし、君公の財産です、いかがなされます?」
士匄は内心哀れみながら小馬鹿にしつつ、指摘した。
「余は吝嗇ではない。無忌がどうしてもその女官を欲しいと言うなら、元値の三倍で許してやろう。晋公の女官だ、少々価値があがってしまうものだ」
再び、度量の広い君主づらをして州蒲が得意げにのたまった。欒黶が、せこい、我が君せこい、と手を打って笑った。この、とんでもない不敬な態度を咎められないのは、やはり欒黶の不思議な愛嬌なのだろう。
②に続く