表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/124

山川に望し群神に徧す、つまりは引き継ぎ手順は大切に③

 趙武(ちょうぶ)は運命というものは、良い行いや憐れみへの対象に優しさを感じる、という旨を言った。もっといえば天の采配は流動的という発想である。

 が、士匄(しかい)は天は時の流れと同じく平等無情であり、舜帝(しゅんてい)に人生を示しただけ、趙氏(ちょうし)が滅びることがなかったのも、元々そう決まっていた、という反論である。

 実際、この時代において天は何かをしてくれる信仰対象ではない。ただ、人が勝手に崇めている。その上で

「天の元で行われる約定と(ちか)いこそが世の(かなめ)

 と主張したのである。それを最後まで聞いた欒黶(らんえん)が、からりと笑った。

范叔(はんしゅく)の体質も天の采配、定められたものというわけか。祖の戒めでも祟りでもなんでもなく、士氏(しし)の嗣子は雑多な()にモテモテになるよう約されるとは天もなかなか味わい深い」

 荀偃(じゅんえん)がぶっと吹きだし、笑いを堪えようとしてさらに吹きだした。趙武は堪えることなど最初から放棄し、突っ伏してひぐひぐと笑っている。言い出した欒黶は上手いこと言った、と得意げな笑みを浮かべていた。韓無忌(かんむき)だけが身じろぎしていなかったが、口はしが少々引きつっているところを見ると密かに笑っているようだった。この一族は沈着さで有名だが、彼はまだ未熟らしい。士匄は不愉快極まり無い顔でみなを睨んだ後、

「……天の(めい)であらば、死ぬまでつきあう所存であるが、胸くそ悪い。くそ笑うな、便利なのは放った矢を持ち帰ってくる()が憑いた時だけだ!」

 と忌々しそうに怒鳴った。とうとう、韓無忌さえも我慢できず、声を立てて、笑った。

「あ、あは、あはは! 范叔(はんしゅく)! あなたはとても頭の回転よく弁も立つのに、どうしてそう……脇が甘いんです、だめ無理おもろい」

 趙武がつっぷしながら床をバンバンと叩き、笑い続けるため、士匄は先達として近づき、その頭にチョップした。

「……みな、心を静かに。どのようなことでも心を荒立ててはならないという意味では良い議になったと思う。そして、范叔の言うとおり、約定と(ちか)いは大切です。国と国、人と人だけではない。山川(さんせん)、神々、土地。全てに対して我らは約定と(ちか)いをし治める責務がある。どのような細かいことに思えてもおろそかにすれば天が見放し、我らの立つ地は崩れるでしょう。そろそろ、朝政(ちょうせい)が終わり(けい)の方々が政堂から出られる時間です。公族大夫(こうぞくたいふ)の責務、お父上が卿の方々はお出迎えを。趙孟(ちょうもう)は私とともに来られよ」

 韓無忌の言葉に趙武が拝礼した。年若い趙武の後見人は韓厥である。韓厥自身は幼い頃に趙氏にて養育されていた。この二族はその意味で近い。

 寺人(じじん)がやってきて、韓無忌に杖を渡した。立ち上がる韓無忌に趙武が素早く手を沿える。彼は疾病に侵されており、そのため弱視に近い。ゆえに、会話のはしばしで遠い目をするような顔をしていたのである。

 一度立ち上がると、杖を使っているとは言え堂々と歩いて行くのは彼の研鑽なのであろう。その才、人格を評されているだけに、惜しい嗣子よ、と言われている。

 さて、士匄は欒黶を捕まえ、

欒伯(らんぱく)。このあと、わたしの邸に来ぬか。お前と弓を競いたい」

 と少し食い気味に言った。欒黶、(あざな)は欒伯はあまり頭はよろしくないが、だからといって鈍いというわけではない。

「なんだ。また憑かれまくっているのか」

 宮城と自邸を往き来するだけで変なものが寄ってきているのか、という問いである。士匄は図星をつかれ、苦い顔をしながら頷いた。

「お前といると、寄ってこないからな。いいなあ、お前は! 泥のような空気の中でもピンピンしているからな!」

「そりゃあ、俺の人徳というものだ、(なんじ)とは違う」

 人徳という言葉からほど遠い、甘やかされて育ったぼんぼんが(うそぶ)いた。

 欒黶は士匄と真逆の、全く憑かれない男であり、もっと言えば強運の人間である。士匄は運が悪いわけでは無いが、凶を呼び寄せれば多少その日の卦も悪い。他の者も士匄ほどではないが、何かしらの怪異に会わぬわけでもない。が、欒黶は違う。雑多な幽霊怪異などはじき飛ばし、不祥漂う空気も全く気づかない。

 そうして他者を守る、などがあればよかったが、雑多な霊ていどならともかく、凶悪極まり無い場など共にいれば、欒黶以外が倒れるはめになる。日常でも非日常でも、空気を全く読まぬ男であった。

 二人は父どころか祖父も卿であり、それぞれ才や真面目さで代々人望があるのだが、息子二人に重厚さも真面目さも見受けられぬ。さて。彼らがこの大国を治められるかはともかく、目下の問題は士匄がやたら霊に憑かれたり寄られる最近である。

「まじないをしても祓っても憑いてくる。祟りか呪いか知らんが、何故わたしだけだ。わたしだけ辛いのは許せん、みな同じように苦しむべきだろう」

 欒黶に後ろから覆い被さるように体重を預けその頭に顎を乗せながら口を尖らせた。士匄は背が高い。欒黶はそこそこ低い。子供の頃からの慣れか欒黶は文句を言わぬ。

「みなが苦しんでも俺は関係ないから、まあ好きにそんな祝詞でも作ってろ。さっさと行くぞ、遅れると父上はうるさい」

 ああわたしの父もうるせえな、と士匄は返し、廊下を二人で歩き出した。

次は放課後。ぶっちゃけ世界観説明&登場人物羅列編終了……。情報開示だけの話にならないように努力はした

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ