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飲食を貪り、貨賄を冒り、侵欲崇侈して、盈猒すべからず。飽食も贅沢もしつくし足りず強奪しても乾き飢え、満足したためしなし②

 女。巫女。(こう)は、邸の中で荀偃(じゅんえん)のにおいがあやふやになったことに焦っていた。()氏の巫覡(ふげき)がすぐさま手を打ち、護りを固めたため、知覚が負けたのである。しらみつぶしに探さねばならぬと、周囲を伺いながら歩いていた。己の神域ごと乗り込んだというのに、この邸は抵抗しやがる、と苛立たしさがつのる。人ごとき、氏族の邸、祖霊の端末ごときに、おのが神域が押されるなど、不快であった。

 皐がその仮面で表情を消し、異界のヒトとして、士匄(しかい)たちに向き直る。士匄は、粗末な葛衣(くずい)、簡易な面、そして面妖な体の模様に嘲りの目を向けた。淫祠(いんし)。天、地、祖の正当性のない、土着信仰を貴族はそう蔑む。その侮蔑が正しいかはともかく、今、これが迷惑なのは間違い無い。

 士匄は、威儀正しく、所作美しく座し、すっと息を吸った。趙武(ちょうぶ)が金色に磨かれた小刀や、異常な空気に怯え身をすくむ生け贄どもを引き寄せ用意し、横に控える。

「……()姓の流れ、晋にて大司空の権能いただき法の尊ぶ士氏嗣子である(かい)が申し上げる。荀氏への言祝ぎに北山(ほくざん)二首(にしゅ)の元から鉤吾(こうご)の山霊が巫女を伴いお越し頂いたこと、まことに恐縮なれど、先触れなく我らには満足なご饗応さしあげることかないませぬ。恐れながら、こたびの儀にあなたさまの主である北山二首山霊がご存じか否かお許しか、伺いご教示たまわることお許しいただきたい。おおよそ八卦(はっけ)にて山は(ごん)、北は(かん)としております。(かん)はあなたがたも大切な水を司っておられる。前に水、後ろに山あらば、我ら進むことも退くこともできず困難に人は立ちゆかず」

 士匄が目で趙武を促す。趙武が頷き、すかさず儀に則り雄鶏を出し押さえつけて、首をゴトリと落とすと、返す刀で股の間に刃を刺し抜いた。血が飛び散り、趙武の衣は汚れたが、二人とも顔色一つ変えない。

 ほんの少し、空気が流れる。澱みに変化が起きる。

「お、お前えぇ! (はく)さまを、かどかわし、て、その上、その上無礼! 小賢しい!図々しいいいいいっ!」

 高位の山霊で圧してこようという気配を察し、皐がおのが山霊、神獣に祈る。その神獣は、士匄たちから見れば凶獣でしかない。狍鴞(ほうきょう)の影がわきでて、社と化した堂へ襲いかかった。狗の護符が動き、大きな吠え声でそれを散らす。ひるんだ皐を尻目に、士匄は趙武にもう一度目配せしたあと、言上を続けた。

「前に坎、後ろに昆。すなわち(けん)は、大人(たいじん)を見るに利あり、(ただ)しくして吉。我ら小人にはこの困難越えることあたわず大いなる山霊の助けを求め善処し待つことしかあたわず」

 趙武が猪の子の首を刺し完全に動きを止めた後、耳を切って皿に載せた、血の中に耳が添えられているようであった。士匄がすかさず、玉璧(ぎょくへき)玉珪(ぎょくけい)を堂から投げ捨てる。それは、皐の方向へ飛んで落ちた。

「雄鶏ひとつ、猪子(いのこ)ひとつ人の育てし贄と山で生まれた贄を喜ぶ公平さ、玉璧(ぎょくへき)玉珪(ぎょくけい)を手ずからでなく受け止める度量、穀をいらぬという謙虚。まさに北山二首の主にふさわしき神霊山神のお方、あなたさまの従者へのおもてなしのためにも、我らにお力添え願いたい。我ら(けい)である。すなわち大きなことできず、小さき知恵のみが祝いの道。(けい)とは(そむ)くなり、(そむ)けば必ず難あり。故にこれを受くるに(けい)をもってす」

 天子の前でもここまでできまい、というほどの見事にぬかずくと、士匄は目を閉じた。()()()()、という確信があった。

③に続きます

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