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蔵を慢にすれば、盗を晦う、大切な宝が見えていると手を伸ばしてしまうもの①

割りにくく、各編少々短くなっております。

 士匄(しかい)は、宮中の内庭、人気のない場まで荀偃(じゅんえん)を引きずり連れてきたあと、ふらふらするその体を掴んで、吼えた。

「何をやっているんだ、中行伯(ちゅうこうはく)! 本当に食べているのか!」

 荀偃が、士匄の怒鳴り声にぽかんとして、やだなあ、食べていますよ、と微笑む。

「この前もおやつを共に食べたじゃないですか。(こう)が来てから、私も父上も食がすすむ。色々なものが美味しい。民の食事と思っていたけれど魚も食べました。肉じゃ足りなくなって。とてもとても、とても食べてます。たくさんたくさん」

 かすかすに枯れた声であった。吐く息は内臓の悪い者独特の臭みがある。昨日食べたのは、こんなに大きな瓜で、と骨の浮いた手で示す。それがあまりにも楽しそうだったために、士匄はとぐろを撒くような憤怒がわきあがってくる。

「その! 巫女のせいか、そうか。やはり、あなたはとんまだ、売女なんぞに惑わされ、淫祠(いんし)を祀られたとは(けい)を担う大夫として嘆かわしい、やはりわたしがおらねば()()なる、ああ許せん。そのインチキ女はどこにいる!」

 今にも倒れ飢え死にしそうな荀偃の襟元を、乱暴に掴み上げ、士匄は怒鳴った。頻出している『淫祠』とは、現代でいえばインチキ宗教詐欺、とも言えるし、正当ではない民間宗教ともいえる。どちらにせよ、教養人が祀るものではない。

 建物に囲まれた内庭特有の、じめっとした空気と腐った臭いが、かすかに漂っていた。なんとなく薄暗いような陽気の中、荀偃がのんびりした様子で首をかしげた。

「皐はきちんとした巫女です。えっと北山(ほくざん)三首(さんしゅ)のうち、第二首(にしゅ)に連なる鉤吾(こうご)の山にて研鑽した山の巫覡(ふげき)と、きちんと名乗りもございます。北山の第二首といえば、第一首恒山(こうざん)、第三首の太行(たいこう)に並ぶ北の霊山。ここからはるか遠い。すごいですよねえ。山霊(さんれい)の声を聞き、がんばっておられたのでしょうねえ。私の夢を見て、あわてて降りてこられたと、なんと律儀な」

「北山三つの山脈から、女一人が……しかもなんか乳臭そうな若い女が! 簡単に来られるか! そのまえに、そんなところで生きていけるか!」

 荀偃の言った北山は、現代で言えば山西省から河北省にかけて連なりる太行山脈(たいこうさんみゃく)の一部である。恒山でも(こう)都まで、北へ600キロメートル以上は離れている。正気か、と士匄は荀偃の両腕をつかみ、あほか! とゆさぶった。ふと荀偃の痩せた腕に違和感を覚える。木の棒のような感触以外に、ごつりとしたものがあった。でこぼことした手触りに、掴んだ腕そのままに荀偃の袖をまくり上げた。

「ぎ、」

 怖気に歯を食いしばり呻き声が士匄の喉奥から出る。荀偃の細い腕にはいくつもの石がむりやり埋め込まれていた。指先ほどの小石から、手の平サイズのものまで、皮膚を食い破るように埋められ、血を流し、または内出血で青痣ができている。栄養失調による肌の荒れ、湿疹も浮いており、無惨としか言いようがない。

「な、んだこれは! 中行伯! これは何のつもりだ」

 腕を引っ張り、見せつけるように掲げると、ぼんやりとした顔の荀偃がへやりと笑う。

「我が巫女が、私の護符として付けてくれたもので……」

 は!? と士匄は叫んだ。聞けば、手の平からはじまり今は腕、次は脇腹らしい。正気の沙汰ではない。(ぎょく)でさえそのような使い方はせぬ。だいいち、そのような儀式など、士匄は聞いたことがない。

范叔(はんしゅく)、いきなり、何を見て――……、ひっ」

 追いついてきた趙武(ちょうぶ)が、荀偃の惨状を見て小さく悲鳴をあげた。そこでようやく趙武も荀偃の異常な状況に気づく。先ほどまでなぜわからなかったのか。骨と皮ばかりにやせ、さらけ出された腕は枯れ木のようである。そこに幾つも幾つもむりやり埋め込まれた石の数々は、おぞましさしかない。

「何が巫女か。淫祠に騙されやがって。とりあえず、この石を、外せ!」

 士匄は力なくフラフラとする荀偃を羽交い締めにして、腕に埋め込まれた石をひとつ、びぃっと力任せに引きちぎった。その瞬間、ぶわり、と傷口から凄まじい瘴気(しょうき)があふれた。ぞおっと総毛立つほどの陰気が三人の間を駆け巡り、一気に包んでいく。昼と夜が逆転でもしたような暗さが、士匄たちを襲った。

②、③と続きます

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