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方の外に遊ぶ者なり。途中休憩。たまには世俗をわすれてぼんやりと②

 倉、つまりは税が多くとれる地を目指すだけに、丁寧に耕され作られた田畑が広がっている。常に率先して前を行こうとする士匄が、そっと趙武の後ろを手勢と共について歩いていた。どんどん、顔が蒼白になっていく。が、霊障というわけではないらしい。趙武もそのていどは感じられる。

「あの、何かお加減悪いのでしょうか。それなら邑宰の邸でお休みの差配をいたしますが」

 趙武のいたわりの言葉であったが、士匄は、いらん、と払いのけた。

「わたしのことは気にするな。不祥に当てられているわけではない。あとで言う。それより、あの耕地の水は川から引いているのか?」

 そのような細かいことを趙武が知るわけがない。邑宰に答えを促す。

「我が主につつしんでお答えいたします。すでに地に川の水が沁みておりますから、そうそう乾きません。川の水を引けば逆に穀物が腐ります。土が乾きすぎましたら、井戸の水を使う程度でございます」

 趙武はその言葉をくり返すことなく、このようです、とだけ言った。士匄が頷き

「その井戸を見せろ。井戸は耕地だけで使っているのか」

 と言った。邑宰は、農民の飲食にも使っております、とやはり趙武に向けて言った。

 邑には農民が耕作込みで使う井戸と、邑宰など支配階級が使う井戸で分かれていた。まあ、順当であろう。その、農耕兼用で使う井戸にたどりついたとき、士匄の顔色は最高潮に悪くなった。この青年は体中に鳥肌を立てていた。総毛立つ、というのはこのことである。

「お、あ」

 呻き、一歩下がる士匄に、趙武が首をかしげる。

「范叔? あの、あなたは、何を見て――」

「今は、聞くな!」

 趙武の言葉を遮って、士匄が叫んだ。

「お前がわたしの見識、教養、そして才を信じ頼んだのが本心であれば、これから言うことを全て聞け。理由など聞くな、とにかく頷け」

 まるで趙武に脅しをかけるように乗り出し、士匄がむちゃくちゃを言う。趙武は首を振った。

「あなたを信じて頼みましたが、とにかく頷けとおっしゃられても承伏できかねます。私はこの邑の主です。邑に害なすことかどうか、見きわめないと頷けません」

 ゆえに、わけをおっしゃってください。趙武は当然の言葉でしめて、士匄を見上げた。士匄が目をそらして、くそ、と小さく呟いた。が、首を振って身をかがめると趙武の耳元に口を寄せる。

「いや、今は言えん。お前は理由を聞いて納得するであろうが、そこの邑宰は耐えられん。下手すれば乱心する。お前がわたしに見ろといい助言を求めた。わたしが責を持つ、とにかく頷け」

 小さく、こそこそと耳打ちしてくるその声は、士匄には珍しくいたわりがあり、そして切羽詰まっていた。趙武は即断をするタイプではない。やはり迷った。しかし、一旦断った士匄に頼み込んだのは己である。

「わかりました。あなたに従いますが、少しでも害なすものと思えば、趙氏の長として、訴えること、肝に銘じて下さい」

 ここでは邪魔をしないが、ことと次第によっては公事にする、という宣言である。士匄はうろたえる様子なく、よかろう、と頷いた。

「では、趙孟の言葉を信じよう。まず先に言っておく。保障はする。士氏の領以外に、わたし個人として邑を持っている。その邑の財、穀で全て補填する。また、人も貸して協力する。口約束だと思うなら誓ってもいい」

 そう言うと、士匄が身につけていた小さな玉璧(ぎょくへき)を趙武に示した。玉璧を使う誓いは、極めて重い。趙武は喉を鳴らした。

「河になされますか?」

「……いや、今すぐとりかかりたい。地に埋める。地だけでは足りぬと思われては癪だ、わたしの血も使う」

 河に玉璧を捧げるか、という趙武の問いを即座に断り、士匄は己の親指を歯で噛み切った。淡く流れる血を玉璧に塗りつけると、地に穴を掘り、埋める。

「少々浅い穴だが、わたしはさっさと終わらせたい。誓いは地に成された。魂も体も地がつくりたもうたもの」

「違えれば、范叔の終わりはよくないでしょう。では、我が領地をお守りくださるというお言葉を信じましょう。何をされるので?」

 趙武が静かに促すと、士匄は井戸を睨み付け、怒鳴った。

「その井戸を潰せ! 完全に封じ、潰して地に埋めろ。そして、全ての耕地に火を放て!」

③へ続く

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