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方の外に遊ぶ者なり。途中休憩。たまには世俗をわすれてぼんやりと①

一休憩。インターミッション。閑話。

范叔(はんしゅく)を多才な方と見込みまして、お願いしたい議がございます」

 元『山神がつきまとっていた(ゆう)』で骨を休めていたときである。夕餉(ゆうげ)も終わり、一息ついたあたりで趙武(ちょうぶ)が言った。

 士匄(しかい)はいぶかしげな顔を見せ、顎をしゃくって促した。相変わらず、傲岸な態度であるが、趙武は気にせず言葉を続ける。

「実は、我が邑のひとつに不祥あり、民が苦しんでおります。巫覡(ふげき)のかたに毎回見ていただき祓うのですが、祓いきれず困っているのです。范叔に見て頂き、その識見を伺いたいのです」

 士匄はまず、いやだ、と返した。

「巫覡がたちうちできぬものを、わたしにどうしろというのだ」

「しかし、宮中で巫覡のかたはその場を祓うのみで范叔の祟りそのものを祓うことはいたしませんでした。いわゆる対症療法ですね。巫覡の方々は本来祖霊をお呼びする依り代、天からのお言葉を受けられるお役目で不祥を祓うのはついで、というところがございます。范叔は巫覡の方々とお考え違いますし、なにより教養深く邑を治める見識も深いでしょう。祓えという話では無いのです。ご覧いただきお考え伺いたい。私はまだ成人して浅い至らぬものです。ご教示いただけませんか」

 教養と見識深いという言葉に士匄は気を良くした。この青年は褒められると心が広くなるところがある。もっと言えば、浮かれる時がある。これで筋が通ってなければ撥ねのけるが、きちんと通っている。

「良いだろう。わたしは未熟であり邑を治めるも父の教導なければ満足に行えぬが、趙孟(ちょうもう)たっての願いだ、見るだけなら差し障りあるまい」

 言葉だけは慎ましく、態度は横柄に士匄は笑った。趙武が感謝を込めて拝礼した。本音で願い申し出た言葉であるが、それはそれとしてちょろい、とも思っていた。

 (ちょう)氏問題の邑は帰り道から少々ずれた場所でもあったが、大きく外れているわけではない。一行は悠々と邑に立ち寄った。

「この邑は(きび)(あわ)、あと麦を少々。不祥が無ければ、我が趙氏の倉となるのですが」

 趙武が招き入れながら、士匄に説明した。なるほど、支流と支流に挟まれ、地味はよさそうである。外から見るには、不祥の影は無い。馬車は門をくぐり邑を進んでいく。

 邑に入ればまず耕作地が見える。春先の耕した土が肥えた色味で広がっていた。趙武は肥えた土の香りに微笑みながら、世話する男たちを見る。彼らはこの時期、耕作地の真ん中の小屋で寝泊まりし、一心不乱に田畑の世話をする。土を耕すその腕はたくましい。そのうち、女どもがやってくる。飯は別居中の妻が届ける、という生活をしている。他の邑では生き生きとした風景だが、ここはどこか疲れがあった。不肖さえなければ、彼らももっと健やかであろうし、田畑もさらに広がっているだろう。趙武は領主として、そして彼らの人生を預かるものとして口惜しかった。

 馬車がとまり、邑宰が挨拶をしてくる。一人の男を連れてきていた。頷いた趙武は、馬車を降りながら士匄に声をかける。

「民はよく働くのですが、このものを見て下さい。このように腹が膨れ顔色も悪い。発疹ができてからこうなっていきます。巫覡のかたに見て貰うのですが、助かるものあればそのまま治らず衰えるものあり。私の不徳であると思いますが、何を改めてよいのかわからぬのです」

 確かに顔色悪く、腹部も膨らみ、異常が一目で分かる。とてもではないが健康体とは言えぬ様相であった。

 士匄は、その男を見ていなかった。耕作地を見て顔を引きつらせていた。おぞましいものを見る目つきそのもので、せり上がる胃液を飲み込む。えぐ、と喉奥が鳴った。趙武がいぶかしげな顔を向けた。何を見たのか、という顔でもあった。

「趙孟。邑の中を案内しろ。話はそれからだ」

 士匄の強すぎる口調に押され、趙武は頷き、それではと馬車に乗ろうとした。が、士匄がそれを押し返し馬車を降りてくる。

「徒歩でいい。たいした広さでは無かろう、あ、の、耕地を順に……うぇ……、耕地から、順に案内しろ」

 吐き気を堪えるようなしぐさをしながら、士匄が言う。いったい何なのか、と問いたかったが、元々見てくれと頼んだのは趙武である。不祥で病んだ民をねぎらったあと、邑宰(ゆうさい)に案内を命じる。質朴従順な邑宰は士匄の様子に少々怯えたが、誠実な主人に拝礼し従った。

②、③に続く

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