↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春怪異譚〜傲岸不遜な公族大夫の日常  作者: はに丸
因果応報、春の祟り
PR
27/124

よく終わり有るすくなし、終わりよければ全て良し①

 汚れた身を清め服を改め、問題の邑(ゆう)へと帰り着いた士匄(しかい)と趙武(ちょうぶ)は、その周辺の異常にすぐ気づいた。

「軍?」

 士匄は思わず呟く。趙武も己の馬車から異様を見る。邑を威圧するように、軍用馬車――兵車(へいしゃ)――と、軍服と言える戎服(じゅうふく)を着たものが整列している。その先頭にいるのは、荀罃(じゅんおう)であった。彼も戎服を着ていた。士匄たちに気づいたらしく、笑みを浮かべると兵車から降り、出迎えてくる。

「戎服にて立礼(りつれい)を詫びる。そのお姿を見るに、全て差配終え、儀を執り行ったご様子、お疲れ様です。私はあなたがたを教導する身としてこの度はお力になれませんでしたが、若輩ながら立派に取り仕切られたこと、この晋(しん)の先を治めるに相応しいと言えるでしょう。もし、卿(けい)としてお立ちになられたあかつきには、私は従い道を掃き清めて参ります」

 礼に威あり、儀に美しさあり。しかし野卑なく穏やか。甲(よろい)はなめされた革がつやつやとしており、身につけるさまに紐のほころびも一つも無い。壮年の男盛りは、戸惑う若者たちに柔らかく笑んだ。

 士匄や趙武も合わせて立ったまま返礼する。趙武は少々拙くなったが、士匄はさすがすらすらと返した。が、闊達とは言いがたい表情であった。そのまま口を開く。

「恐れ入ります、知伯(ちはく)。一軍とは言えませぬがかなりの手勢をお連れになられているご様子。山にて神事を行っていたわたしは、俗世に疎くなってしまいました。ご理由を伺いたい。……立ったままの会話など戦場でなければ大夫(たいふ)のやることではない。我が邑にて歓待つかまつります」

 士匄の言葉に荀罃は手で制し、

「私は汝(なんじ)らが帰ってこれば邑に入らぬ、とこちらの邑宰(ゆうさい)に誓いを立てた。帰ってきたのだ、私は兵を引き上げ帰るのみ。范叔(はんしゅく)が誘うからといって邑に立ち入れば私の軽重が問われ、また誓いを破る愚か者となる。約定は守るべき、というのは范叔も言っていたろう」

 と、穏やかに言った。士匄はそれで意味がわかりだまりこんだが、傍らの趙武はわからない。

「どういうことですか、范叔」

 と、士匄に聞いた。荀罃に問わなかったのは僭越になるからである。士匄は困惑した顔を隠さず口を開いた。

「知伯は我が邑を囲み攻めるおつもりであった。ということだ」

 士匄の言葉に趙武が目を見開き、荀罃を凝視した。士匄も内心、驚愕と困惑が強い。何故そこまでするのか。このあたり、趙武はもちろん、士匄の認識は甘すぎた。

「……あなたが独断でお考えになるはずがない、父上の考えですか。何故」

 荀罃をまっすぐ見て士匄は問うた。

 正直、この柔和な笑みを浮かべる壮年はやはり怖い。柔和な笑みに嘘は無い。彼は人を圧迫することを考えない人間である。しかし根底は、砂塵巻き血肉引き飛び屍体転がる戦場の男なのである。

「本来、己のことでなければ范叔も気づいたであろうが、汝にとっては未だ私事であったか。仕方無し。趙孟(ちょうもう)も同じく私事とお思いであろう。さて、私は公事として承ると言った。ゆえに、公事として范叔のお父上である上軍(じょうぐん)の佐(さ)とお話し、手遅れになるまえに邑にまつわる凶事を防がねばならぬ、ということとなった。ゆえに、邑を攻め、邑宰以下、祀りに関わるもの全て奴隷とし他の邑へ移す。むろん、反抗したものはかわいそうだが殺さねばならない。邑を完全に滅ぼし、祭祀無い領地を公室直下の『県(けん)』として新たな名を与える。そのために私はここで差配していたのだ。邑宰には全てお話しているため、お覚悟は決めておられるであろう。私が入るは邑の滅び、去るは繁栄と誓った。汝らがきちんと戻ったため、人が死なずにすんだ、善きことだ」

 士匄と趙武はひきつり、ひっ、と小さく喉奥で悲鳴をあげた。この先達は、士匄たちが戻ってくるまで待っていたわけではあるまい。決めていた刻限までに、たまたま士匄たちが帰ってきただけなのだ。

「あ、えっと。いや、知伯も父上も、お、大げさでは」

 なんとかそれだけを口からねじりだし、士匄は荀罃を窺い見た。一瞬、鷹の目のような視線が貫いてきて、士匄は背を震わせた。

「范叔。私は公事とすると、言った。もし、汝が己で范卿(はんけい)に相談なされていたらどこまでも士(し)氏のお話であり、汝が教導している趙孟が見聞を広げるためについてきている、私事で終わった。しかし、私に口添え頼んだ以上は公事とする。そして公事とはこういうことだ。どのような小石ひとつでも、国の歩みに邪魔となれば取り除く。その小石がおのが子であろうが忠心の家臣であろうが、同じ。わかったら、私事を軽々(けいけい)と公事にせぬよう心がけなさい」

 ――私の立場で范卿に申し上げるということは私事ではなく公事となる。その覚悟はよろしいか――

 その言葉の意味に今さら気づき、士匄はほおを引きつらせた。公族大夫としてその見識を誇る士匄であり、趙武にえらそうな講釈まで垂れた。しかし、国事の重さが全く分かっていなかった己にようやく気付いたのである。


②に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。