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南山の寿の如く騫けず崩れず、命が大切、長く生きていたいよね②

「図を見せろ。お前はどう思う」

 士匄(しかい)趙武(ちょうぶ)の肩に手を置き、問うた。じんわりと穢れが呼気にまざる。

「この祖霊を祀る社は古いものなだけに、今より単純な作りです。でも、きちんと門がありお眠りになるところを想定したもの。えっと。山神には我らが問う門の、この場所はいりますが、こちらの祖の、お眠りの儀は必要ないです」

 趙武が図に書いた社の一部を削るように(はく)の枝で消した。そうして再び口を開く。

「ここを壊してしまいましょう。少なくとも、祖霊の祀りでなくなります」

「……祀りを穢されたと怒るぞ」

 士匄の指摘に趙武が一旦黙ったが

「そこから祀りなおすことはできませんか」

 と問い返してきた。士匄はこめかみを二、三度指で叩いて黙った。祖霊ではないと否定した上で、落ち着いてくださいと願う。(ゆう)を受けわたす儀としての贄は既に貰っているのであるから、後は過程の補強、という意味では間違っていない。ただ、落ち着かせる暇があるのか、というのはある。ず、という音と共に土が流れ、またも豪快に土石流が真横に発生し勢いよく木々をなぎ倒していった。社の両脇を少しずつ削るように近づいている。

「いちかばちか、か。趣味ではない」

 言いながら士匄は箱を開け、柏の挿し木を一本と小さな玉璧(ぎょくへき)をひとつ、趙武に示した。

「お前が持て。私はもうかなり穢れている。箱を持つくらいなら良いが、手に取ればそれも穢れる」

 趙武がおそるおそる小さな挿し木と玉璧をとった。手の中に収まるほどのそれは、柏の枝を持つ邪魔にはならない。

「古かろうが土でかため石を重ねた社だ、そう簡単に崩れぬ。ゆえ、お前は少しだけでも良い、欠けさせる程度で良いから形を変えろ。土に穴が開く、小さな石がこぼれ落ちる、その程度で良いから壊せ。そうしたら地に(ぎょく)を埋め柏を上から挿せ。壊す、埋める、挿す。それだけ考えろ、それ以外考えるな。何が起きてもそれだけを考えろ」

 士匄は社を指さし言った。小さな社である。屋根もなく、ただ木の周囲に土と石を盛ったような、粗末なものでもある。が、様式にも則ったものであった。趙武が唾を飲み込むと息を吐いた。

「あなたは」

「わたしは言上(ごんじょう)言祝(ことほ)ぎをする。即興だ、お前にこれはできんだろう」

 士匄の言葉に趙武が頷いた。その目に怯えはあったが、怖じた様子は無い。士匄が横柄な動きで顎で促すと、趙武がそろそろと歩き出す。周囲の崩れた土砂の影響で、走れば足を取られかねなかった。それを一瞬だけ見送りながら、士匄は姿勢を正してぬかずいた。その所作は威風あり美しい。身にまとわりつく祟り不祥も感じさせず、山津波への怯えも見えぬ。

「この度、邑の祀りを承った士氏の嗣子(しし)(いみな)(かい)と申す。この匄の祖は(ぎょう)にて王の同族にて()陶唐(とうとう)氏であり、()の世をそのまま、()の世には御龍(ごりょう)氏となり、商にて豕韋(しい)氏、(しゅう)にて唐杜(とうと)氏でございました。周より(しん)へ渡り士氏を名乗り范邑(はんゆう)を頂いておりますので(はん)家を称しております。祁姓の我らに譲られた邑にてあなたさまからの贄いただき、ありがたく儀を執り行いました旨、改めて言上つかまつる」

 ――山は地に近く(いん)多く(よう)少なきといえど、あなたさまは必要以上に陰をお持ちであらせられる、わたしといたしましてはご苦労も多いのでは無いかと愚考した次第、我が財より陽をおひとつ捧げたてまつりたいと思う所存、つきましてはあなたさまのお家にございます陰多き場を浄め除くことが肝要――

 地滑りの音にも負けず響く士匄の声を背に、趙武は目当ての場所を見つけて蹴った。が、石はもちろん土塀にヒビも入らぬ。趙武は柏の枝を己の奥襟に挿し、玉と挿し木を袖の中へ入れると、落ちていた石を持ち、小さな土壁に幾度も打ち付けた。背後で、ど、という音がする。そちらを見てはならぬ、と趙武はガチガチに固まった土や並べられた石だけを見て、必死に打ち付け、時には素手で穴が開いてないかと指でほじった。指先の皮がすり切れ、中指の爪が割れたがそれどころではない。ど、という音が、おおあ、という響きになった時、

「その背に(とど)まりて、その身を()ず。その庭に行きて、その人を見ず。(とが)なし」

 と、士匄の大声が響き、背後の圧迫が一瞬散った。どざ、と()()()()()()泥が、両脇を流れていく。趙武は、ヒッと喉奥から悲鳴をあげたあと、ひたすら土壁を削るべく石で打ち続けた。恐怖で勝手に涙が溢れていく。もし失敗すれば黄河の氾濫で溺れるよりも酷い死が待っている。口から臓腑まで泥を流し込まれながら体中を土砂に打たれ折られ、誰にも見つけられることなく山の一部となる。祀られることなく死後も無惨な泥まみれの姿で彷徨う。何故来たのかと吐きそうであった。そのくせ、士匄のせいで、という発想はなかった。己が連れて行けといったのである、と歯を食いしばる。

 さて、士匄といえば、一瞬血が逆流したような激痛を覚え、やはり歯を食いしばっていた。痛みに叫ぶなどというみっともないことができるか、と悲鳴を飲み込む。むりやり文言を挿入したために山神から強烈なゆさぶりが来たのである。確かに、相手からすれば必死に呼びかけてきてくれていると喜んでいたところに、その背はここにあらず避けていけ、と気をそらされたのである。拗ねたようなものであった。士匄は口に溜まった唾を作法どおり布で拭った。見ると、唾ではなく血糊であった。士匄は舌打ちしたいのをこらえて、再び言上を続けた。

 そうして士匄の言上が続いていく。それはよどみ無いが、そろそろ時間が無いことに趙武は気づいていた。似た文言、美しいが中身のない修辞が交じりはじめたのである。趙武がことを終わらせねば、士匄が先に進められないことを示している。趙武はすでにやみくもに打つことをやめ、石が粗めの場所を注意深く削り打っていた。なんとなく、一部の小石が緩くたわんだ、ように思えた。

 ――ままよ

③に続く

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