霜履みて堅冰至る。しょうもないことでも間違いなくおおごとになるものよ。③
邑を出るとやはり荒野が広がる。枯れた草、朽ちた木、乾いた大地を寒風が駆け抜けていく。うっすらと、道がわかるのが奇跡というものであった。
西へ、と向かっていると二股の道に出た。士匄はどちらに行くべきか考え足を止めた。趙武が寒そうな顔で見上げてくる。
ホウホウ
一瞬、聞こえてきた鳴き声に士匄は眉をしかめた。
「ミミズク?」
思わず言うと、趙武が首をかしげた。
「どうかしたのですか?」
「……ミミズクの鳴き声がしなかったか」
「今は昼です。ミミズクは夜の鳥でしょう。本当に、どうなさったのですか」
趙武の困惑した声に、士匄は道を見た。ミミズクは廟の上にいる。殯をする時にも屋根の上で鳴いている。死を見守る鳥である。人々の哭礼を見ている。道の向こうには誰の殯――通夜をしているのであろうか。
「范叔! いかがなされたのですか!」
趙武が体を掴み強くゆさぶってきた。我に返り、士匄はめまいを散らすように首を振った。空を見上げれば、重そうな雲の合間に冬の陽光が眩しい。荒野には強い風が吹き荒れ、ミミズクどころかどんな鳥の声も聞こえない。そうだ、ミミズクの鳴き声など聞こえなかった。
「なんでもない、趙孟。行くぞ」
不安そうな趙武を尻目に、士匄はどこまでも続く一本道を歩きだした。
痛いほどの寒風の中、二人は歩き続ける。まるで空気が薄いように苦しく、手足が痺れるように痛かった。
「申し訳ございません。あなたを巻き込んだ」
趙武が枯れた声で謝りながら倒れた。まるで風にへし折られたようでもあった。
「これは私の責です、あなたは一人で行ってください。私は邪魔です」
そう言い残して失神した趙武を担ぎ上げ、士匄は怒りの形相で歩き続けた。士匄は趙武を連れ戻すと決めているのだ。邪魔であるが、放り出せるわけがない。
「こ、の程度。わたしができぬと思うなよ」
周囲が夕闇に溶けかけるころ、士匄は小さな小屋にたどりついた。あばら屋かと思ったその小屋は、人の住んでいた形跡があり、火も起こすことができた。ただ、扉が無かったため、適当な板でふさいだ。
翌朝、朝日に照らされた小屋の周辺は、バッタの死骸だらけであった。
「蝗害か。気持ちの良い眺めではないな。捨てられた邑ということか」
士匄は吐き捨てると、嫌々井戸の水をくみ上げた。蝗害のおそろしさは、草木のたぐいは全て食われることである。穀物はもちろん、それが家屋であろうとも。井戸の傍には木があり、それを支柱としててこの原理でくみ上げる。全てが食われた中、奇跡のように立っている木であった。
起き上がってきた趙武も、蝗害の惨状に眉をひそめた。
「最近、周で蝗害が起きたのでしょうか」
干害、水害と並ぶ凶悪な災害である。本来なら、各国に知らせている。
「私も周都の近くで蝗害が起きたとは聞いていない。我が晋と周は接している、他の東国もだ、起きていれば影響がある。つまり小規模に終わり、冬になって収まった」
士匄の言葉に趙武が、ほ、と安堵の息をつく。
「被害が少ないまま終わったなら、安心ですね」
「――アホか。夏に大きい蝗害がくるということだ」
士匄は苦い顔をして吐き捨てた。趙武が蒼白な顔をして、俯く。――その直後、
――キョウキョウ
甲高い声が聞こえ、士匄と趙武は同時に振り向いた。捨てた犰狳が、一途に追いかけてきたらしい。趙武がかけより、その珍獣を抱え上げた。
「范叔。食糧が来てくれましたね!」
士匄は、趙武の発想に少々ドン引きしたが、屠るのも調理も全て任せ、肉にありついた。珍獣の肉はそれなりに食える味であった。
水を確保し、餓えをしのいだ二人は、邑をあとにした。
冬の陽光は鉛のような雲の合間で漏れ、時折眩しい。枯れた草や朽ちた木々の間、冷たく硬い土の上を寒風が駆け抜けていった。
次話明日。みんな大好きループ。




