故を刑するに小とするなし。どんなに小さくとも罪は罪ってわかってやったんだろうがよ②
「私は父の顔を知らず、その不孝に思い悩んでおりました。しかし、私に父の面影を見てくださった。これから己の顔を見るたびに父への祀りを思うことができましょう。しかし、母を慰めるにあなた個人が行うは僭越というものでした。趙氏の正室、君公の娘です。傍系のあなたが判断し行い、責が取れなかったからこそ、あなたは我が趙氏より追放となったのです。その後、粛々と受け入れ晋を出たことは立場をわきまえておられます。祖国と別れを告げ、祖霊とも縁を切り、新たな国へ身を寄せたあなたに私は罪を問いません。新たな嬴姓趙氏の門出を祝おうと思います。両家の繁栄を共に祈りましょう。私は卿の一族です。お困りのことがあればお力になりましょう、不便あればご相談つかまつりますので遠慮無く仰って下さい。常にみなさまとの和を尊ぶお姿は私も見習いたいものでございます。また、斉は東国の雄でございますれば、我らも学ぶこと多いものです、ぜひご教導願います。これからも互いの祀りを大切にいたしましょう」
ゆっくりとした趙武の声は、弁の下手な彼が必死に考えた、精一杯であった。大叔父の顔が若干たじろいだ。彼は、趙武のゆっくりとした――士匄から見れば鈍い――弁に余裕と圧迫を勝手に感じたのである。
一人隠され育てられる趙武を援助することなどせず、未亡人に通じた大叔父である。趙武など、世間知らずの青二才と思っていたし、もっといえばどうでも良かった。追放され過去に生きている彼にとって、趙武は甥と愛人の写し身でしかない。その、どうでもよい青年から余裕ある態度で、
『お前は追放されるべくして追放された』
『こちらが格上、分をわきまえて言うことを聞け』
『斉の情報をきちんと報告すべし』
と言外に告げられたのである。大叔父は黙り込み、介添えの斉人へ視線を移した。斉人はその視線に頷き促すようにそっと手を動かした。その様子に、そこそこだ、と士匄は思った。とりあえず頷け。常識的な発想である。いまだ卿ではない青年の言葉など、政治のテーブルに届くことはないという態度も見えた。まあ、今はそうである。士匄はこの斉人と絶対に昵懇になろうと考えた。良い蔓になりそうな、小賢しさとまぬけさが気に入った。しゃぶりつくし、使い倒してやろうと口角をあげた。
「趙孟におかれましては、我が家の祀りと繁栄を言祝ぎいただき、恐悦でございます。未だ小者の私です。河に浮かぶ小舟のような心許なさでございますれば、絶えずあなたの徳あるお言葉をよすがにいたしましょう」
大叔父が静かに拝礼した。大叔父と又甥ではなく、晋の大族と斉の小者であること、その上で趙氏の出先機関になることを彼は受け入れたに近い。
趙武は静かに息をついた。大叔父という得体の知れない存在が、心の中でゆるゆると小さくなっていく。このハンサムな男は、趙武の父ではないのだ、という確信があった。趙武を懐かしいと言ったことも本当であろうし、父を家族と見ていたことも、母をいたわって慰めたいと考えたのも、本当であろう。しかし、それ以上に浅さがあった。その場その場を情に流され動く小心者にも思えた。氏族の長が生きているときに正室に秋波を向けるような、脂っこさを趙武は感じなかった。勘であり、願望かもしれぬが、この男は己の父ではないと、趙武は染みいるように思った。何より、父や母に愛惜あるこの男は、趙武へひとかけらも愛情を向けていない。仕込んだ心当たりあれば、何らかの情があったろう。
つまり、趙武の血縁に、趙武のことを考えてくれる人間がいないということだった。
2024年1月1日。今年もよろしくお願い申し上げます




